0248.継続か廃止か
一緒にみつかった別の古文書は、当時の研究日誌だ。
魔哮砲の開発当時も、【魔力の水晶】などに余剰魔力を吸収させるなど、対策を試みたが、上手くゆかなかった。
数年で見切りを付け、【舞い降りる白鳥】学派の術者が、【使い魔の契約】を強制解除し、休眠状態にして封じた。
残った記録によると、大きな被害が出る前に片付けられてよかったが、迂闊に殺せばもっと大変なことになる。勿体ないが、封じる他なかったとある。
最後のページには、契約者以外の者でもこの魔法生物を鎮静化させ、休眠状態にできる呪文が走り書きされた。
日誌は「二度と目覚めませんように……」との言葉で終わる。
「で、あの人たちは、三十年近く研究させてたんです」
若手議員が、与党の古参議員たちを指差す。古参は不快感を露わにしたが、否定も肯定もしなかった。
野党党首が小さく顎を引き、続きを促す。
「それで、吐くまでに溜められる魔力の量とか、魔力を吐かせるタイミングの制御方法とか、確立させたワケです。僕が知ってるのは、ここまでです」
若手が説明を終えると、初めて事情を耳にした議員たちは、困惑した顔を見合わせ、近くの者たちと小声で話し始めた。
小さな話し合いが漣となって議場に広がる。
……対策も何も……
ネモラリス軍が、魔法生物を兵器利用するのは事実だ。
国際的な孤立を避ける為、アーテルの発表を批難する声明を正式に出し、【魔哮砲】を再び封印して代わりの兵器を用意してから、査察を受け容れる他ない。
魔道士の国際機関はふたつある。
査察は、「蒼い薔薇の森」にさせた方がいいだろう。
歴史が浅く、科学文明国寄りで、力なき民でも加入できる。大きな力を持つ術者は加盟しない。
もう一方の「霊性の翼団」は、ラキュス湖北地方に本部があり、術を使えば、こちらが準備を整える前に到着してしまう。
しかも、こちらの言い分に耳を傾けず、【鵠しき燭台】などの強力な魔法の道具を用いて、簡単に真実を暴くだろう。
議員たちの反応は割れた。
「今の話は本当なんですか?」
「ほんの七百年前にダメだったことが、今になってできるとは思えん」
「その古文書の【魔力の水晶】での回収はダメだと言うのは、どうダメだったんだ?」
「資料を……詳しい資料を見んことにはわからん」
「だが、安全対策を確立できたなら、このまま使用を継続して構わんのでは?」
「ダメだダメだッ! 断じてならんッ!」
若手の話だけでは、情報の裏付けが取れず、何とも判断し難い。
与党最大派閥の古参議員たちは、他党の議員から更なる説明を求められても、若手の話を否定も肯定もしなかった。
「アーテルの狙いが、【魔哮砲】を使用させないことにあるのは明らかです」
「策に乗れば、直ちに空襲を再開するでしょう」
「批難する国が、我々を守ってくれるワケではありません」
アーテルが仕掛けた戦争は継続中だ。
今、目の前にある脅威を如何にして取り除き、国民を守るべきか。
「繁殖しないなら、三界の魔物のようにはならん。大丈夫だろう」
「あの威力だ。契約者に万一のことがあって制御を離れたら……」
「契約者は、相当な力を持つ魔装兵です。そう簡単には……」
事情を知る与党議員が、必死に安全を口にし、正当化する。
ラクエウス議員はふと気になり、壁際の兵士たちに向かって声を張り上げた。
「軍は【魔哮砲】を緊急停止させる呪文を使えるようにしてあるのかねッ?」
議員たちが口を閉ざし、老議員と、居並ぶ魔装兵に眼を向ける。
ラクエウスは、軍人から与党最大派閥のリーダーに視線を移した。
彼は徐に立ち上がり、議論が中断した議場に響き渡る声で提案する。
「時間がありません。決を採りましょう。【魔哮砲】の使用継続に賛成の方は、議長席右手側。反対の方は左手側にお集まり下さい」
「承認します。移動して下さい」
議長の宣言で、議員たちは腰を上げた。その面には当惑が広がる。
ラクエウスも立ち上がり、左手側へ移動した。
与党最大派閥だけでなく、野党議員の半数近くが「賛成」、先程の若手議員を含む与党非主流派の一部と、野党の残りが「反対」に分かれる。
数名の議員が席に残った。
「移動して下さい」
「判断するには、あまりにも情報が不足しています」
「少なくとも、その研究日誌の写しを見るまでは……」
「時間がありません。移動して下さい」
議長に拒否され、席に残った議員たちは顔を見合わせた。
彼らの言い分は尤もだが、時間がないのも事実だ。
声明の発表が遅れれば遅れる程、ネモラリス共和国の国際的な立場が悪くなる。
外交官の独断による否定発言の後、政府が沈黙を続ければ、魔法生物の兵器利用を認めたと看做されてしまう。
それだけは、何としてでも避けねばならなかった。
「それでは、諸君らは『保留』とさせていただきますが、よろしいですね?」
議長に言われ、残った議員たちは、ぎこちなく頷いた。
☆外交官の独断による否定発言……「0239.間接的な報道」「0241.未明の議場で」参照




