0247.紛糾する議論
あの記事は、誤報ではない。
ラクエウス議員は確信し、膝が震えた。足許から言い知れぬ恐怖が這い上がる。
……そんな……バカな……
どんな手段で兵器化し、従わせたのか。キルクルス教徒のラクエウスには全くわからない。
その魔法生物が、三界の魔物のように軍の支配を振り解き、暴走しない保証はあるのか。
事情を知るらしい与党議員が、同じ党の別派閥の議員から糾弾される。
「だからやめとけって言ったのにあんたたち老害が強行するからッ!」
「今はそんなことを言っている場合ではない。落ち着きなさい」
若手議員が激昂して立ち上がる。糾弾された派閥の者たちは、座したまま静かな声でそれを窘めた。
あたかも、若手議員が感情に任せて暴言を吐くかのような構図だ。だが、状況と話の内容に注意すれば、若手の言葉にこそ道理があるとわかる。
「あんたたちは、いつからあんなモノを開発……」
「君の発言こそ、責任逃れではないか」
「せめてみんなに説明……」
「もっと建設的な意見をどうぞ」
与党議員たちが、仲間である筈の若手議員の発言を遮る。
若手は早口に怒鳴った。
「三界の魔物の惨禍を知らないワケじゃないでしょう! 万が一、【使い魔の契約】をした魔装兵が戦死したら、制御を離れ……」
「心配ない」
「安全な位置に居る」
「今、議論すべきはそんなことではない。大局を見なさい」
口々に叫ぶ中、野党の党首が席を蹴って立ち上がった。若手議員の傍らに歩み寄り、議場に響き渡る大音声で一喝する。
「黙れッ!」
騒然とした場が、気魄に呑まれて静まり返った。
野党党首が、呆然と自分を見る若手議員の肩を叩き、低く落ち着いた声で促す。
「続けて下さい。我々は情報不足で、何故こんな時間に集められたのかさえ、わからないのです」
……そうだ。何故、事情も知らぬ儂らまで呼ばれたのだ?
駐アミトスチグマ大使が、既に「魔法生物ではない」と否定した。彼が稼いだ時間を使い、魔法生物の兵器利用を強行した者たちだけで、国外向けの声明を作ればいいようなものだ。
今、議場に集められたのは、首都クレーヴェルの宿舎に居た議員だけだ。地元で活動中の議員の姿はない。
「あ、えっと、はい。情報。……【魔哮砲】のことですよね?」
「そうです。どうか教えて下さい」
野党党首は、若手議員にやさしく言った顔を上げ、与党の議員席を睨みつけた。
「記録官もマスコミも居ません。完全なオフレコです。皆さん大人ですから、この場の発言を外部に漏らしていいものか、おわかりですね?」
不敵な笑みで議場を見回す。
何人かの議員が頷いた。
「さぁ、教えて下さい」
「えっと、資料はその場で回覧だけだったので、自分で色々調べたんです」
若手議員は注目を浴び、当惑した表情で語り始めた。
与党最大派閥の者たちは、若手に厳しい視線を向けたが、何も言わない。
半世紀の内乱終結直後、ネモラリス島を横断するウーガリ山脈の遺跡から、古文書と壺が発見された。
術で保護されており、昨日書いたばかりのような保存状態だ。記された日付は七百年余り前で、その時代を知る長命人種の学者が密かに集められた。
結論から言うと、古文書は、魔法生物の仕様書だ。
「その写しを見せられましたが、手元にはありません」
「どこかに残っている可能性は?」
若手の言葉に野党党首は、与党の議席と壁際に控える魔装兵に目を向けた。彼らは何の反応も示さず、やりとりを静観する。
「わかりません。だから……当時、解読と鑑定に関わった学者さんを捜して、話を聞きに行ったんです」
学者は、若者が与党議員だからか、包み隠さず教えてくれた。
若手は「説明を聞いたけど、よくわからなかったので、わかりやすく教えて下さい」と言う体で質問し、情報を引き出した。
帰り際、「他の人たちにバレたら、バカにされて色々やり難くなっちゃうんで、僕が来たことは内緒にして下さい」と口止めもした。
老学者は、約束を守ってくれたようだ。
その魔法生物は、雑妖を「掃除」する為に作られたものだ。
どんな隙間にも入り込める柔軟で不定形な体。雑妖を喰らい、魔力に変えて身の内に蓄える。規制に従い、【使い魔の契約】を結ぶまで目覚めず、繁殖力も付与されなかった。
雑妖を魔力に変換する為、その維持には、従来の魔法生物のように莫大な魔力を必要としない。力ある民なら、誰でも気軽に使える画期的な個体だった。
「雑妖を始末する魔法生物? そんなモノでどうやって、アーテルの戦闘機を撃ち落としてるんですか?」
「おなかいっぱいになり過ぎると、吐いちゃうんだそうです」
「吐く?」
「魔力を一気に吐き出して、半分くらいにすると落ち着くみたいです」
若手と野党党首の遣り取りで、ラクエウスは、食べ過ぎて餌を吐く猫を連想したが、本当にそのイメージで正しいか、わからなかった。
☆あの記事……「0241.未明の議場で」参照
☆三界の魔物……「0013.星の道義勇軍」「0118.ひとりぼっち」「0234.老議員の休日」参照
☆駐アミトスチグマ大使が、既に「魔法生物ではない」と否定……「0239.間接的な報道」「0241.未明の議場で」参照
☆アーテルの戦闘機を撃ち落としてる……「0136.守備隊の兵士」参照




