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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
25/3486

0025.軍の初動対応

 警察署の食堂も大破した。

 テロリストは、コートの内側に大量のダイナマイトを巻いていた。厨房に侵入して自爆。夕飯の仕込みをする遅番の調理師たちが巻き添えになった。【耐火】で火災にこそならなかったが、食材も調理器具も使用不能だ。


 「武器の略奪じゃなくて、イヤがらせかよ」

 遺失物の係官が吐き捨てた。停電中だが、水道はまだ生きている。水だけ飲んで、凄惨(せいさん)な爆発現場を後にした。

 無線で断続的に入る報告を繋ぎ合せると、事態は単独の「事件」や単発の「テロ」の域を遥かに越えていた。


 ……やれやれ、また戦争かよ。


 暗い少年時代を思い出し、遺失物係は溜め息を()きながら、署長室へ向かった。


 ゼルノー市当局はテロの一報を受け、(ただ)ちに治安部隊に出動要請を出した。ネモラリス共和国の中央政府にも自治区民の蜂起を報告し、市民の救助を要請した。

 軍は検問所の突破を把握しており、要請から一時間足らずで動いた。その時、既にテロリストは市の中心部にまで食い込み、東の沿岸部は火の海だった。


 ラキュス湖畔のグリャージ区、スカラー区、ジェリェーゾ区には、力なき陸の民が比較的多い。貿易港のグリャージ港があり、輸送の関係で工場が集中する為だ。

 漁港のジェリェーゾ港には湖の民が多く、漁船や【跳躍】の術で自主避難した。

 自治区に近いグリャージ区、スカラー区からの避難民が到達する頃には、既に大半が避難を終えていた。

 留まって消火に当たる者や、テロリストに対抗する者もあったが、多勢に無勢。あっという間に戦線が北と西へ拡大し、泣く泣く退避したと言う報告が入った。


 避難する車列で主要道が(ふさ)がり、脇道は炎と瓦礫が壁となり、そうでない道は徒歩で避難する者で埋まって通行不能。緊急車両も現場に近付けなかった。

 治安部隊はやむを得ず、最小限の装備を(たずさ)え、複数の小隊に分かれて【跳躍】で戦闘区域……ラキュス湖畔の地区に浸入した。


 ネモラリス正規軍の軍服は、魔法使い用の【鎧】だ。【耐衝撃】【耐火】【魔除け】などの術が常時発動する。

 機関銃程度ならゼロ距離から撃たれても問題ない。多少、炎に巻かれても火傷しない。有毒ガスを吸いさえしなければ、火災の現場にも耐えられる仕様だ。



 水浸しの地面に累々と死体が転がる。

 焼け焦げ、人種どころか性別すら判然としない。


 まず、湖水で消火活動を始める。

 「なんだこれはッ?」

 【操水】で起ち上げた湖水が、市街地に入った途端、制御を失って地に落ちた。

 何らかの方法で術が打ち消されたか、それとも、水に纏わせた魔力を奪われたのか。火勢が強く、原因の究明も除去もままならない。


 「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)

  敵を(のが)さぬ蜂角鷹の眼 (つまび)らかにせよ」

 赤毛の兵が【索敵】の呪文を唱え、知覚を拡大する。

 彼の胸で【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の徽章(きしょう)が炎を受けて赤く輝いた。


 挿絵(By みてみん)


 残りの魔装兵が、周囲を警戒しながら疑問を口にする。

 「この大量の武器、弾薬は一体、どこから手に入れたんだ?」

 「自治区の輸出入は、厳しく監視されてるんじゃなかったのか」

 「そんなモンよりもっと食いモン輸入してやりゃ、餓死者なんて出ねぇのに」

 「密輸の監視は税関と警察の仕事だ。我々の任務ではない。現場に集中せよ」

 隊長の言葉で、隊員が口を(つぐ)む。


 「おいッ! 気を付けろッ!」

 【索敵】を使った兵が、警告を発した。

 「何だッ? 敵かッ?」

 隊長に問われ、【索敵】を使った兵が報告する。

 「違います。【消魔符(しょうまふ)】と……何か石盤……恐らく【吸魔符(きゅうまふ)】と【充魔符(じゅうまふ)】の効果を持たせた物だと思われます」

 「どこだ?」

 知覚を拡大した兵が、西の方角を指差す。

 国道は炎と黒煙に遮られ、他の兵には状況がわからない。


 「トラック……荷台に武装集団が乗っています。その荷台に積んであります。マンホールの蓋より大きい石盤です。呪符は、武装集団が手に持っています」

 「何だとッ?」

 部隊に驚愕と動揺が広がる。

 「キルクルス教徒の奴らが、魔法の道具を使ってるってのか?」

 「信仰を捨てるようなもんじゃないか」

 「俺に言うなよ。現に……多分、あれのせいで住民の【操水】が失効して、消火できないんだ」

 「いや、ちょっと待てよ。【吸魔符】ってのは、接触している間だけ、魔力を吸収するもんだ。トラックに石盤って……」

 「【索敵】では、道具の仕組みはわからん。それより、どうするかだ」


 この現場には、術理解析を行う【舞い降りる白鳥】学派の術者は居ない。仕組みがわからなければ、対策の立てようがない。

 このまま突っ込んでも、消火用の【操水】同様、術が打ち消されるだろう。住民の救助も消火も、テロリストへの攻撃も、捕縛も不可能に思えた。

 最悪、魔力を奪われ、魔力不足で【鎧】の術を発動できなくなり、焼け死んでしまう。


 この地域は、力なき陸の民が多いとは言え、魔法使いも少なからず住んでいる。それで、この惨状なのだ。

 住民らも治安部隊同様、最初は火災を鎮圧しようと、【操水】で湖水を起ち上げただろう。それが不可能と(さと)り、命からがら【跳躍】で避難したことは、想像に(かた)くない。

 魔力を奪われ、【跳躍】できなくなった者も居るかもしれない。


 炎の西側から、爆発音と機関銃の音、住民の悲鳴が聞こえる。

 「見捨てるワケにはいかん。おい、ルベル。大至急、本部へ戻り、報告せよ」

 「しかし……」

 隊長の命令に、ルベルと呼ばれた兵が戸惑う。【索敵】が使えるのは、この部隊ではルベルだけだ。こんな状況で不意打ちを食らうような事態は、極力避けたい。


 「構わん。行け。他は、湖水を建てろ。なるべく大きく高い壁を作る」

 「壁……ですか? 術の【真水(さみず)(かべ)】ではなく、物理で、ですか?」

 「そうだ。奴らの妨害の圏外から、水を浴びせて消火する」

 隊長の号令で、隊員たちが燃え盛る住宅の脇を抜け、湖の沿岸へ向かう。

 ルベルが頷き【跳躍】すると、隊長も湖へ向かった。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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