0025.軍の初動対応
警察署の食堂も大破した。
テロリストは、コートの内側に大量のダイナマイトを巻いていた。厨房に侵入して自爆。夕飯の仕込みをする遅番の調理師たちが巻き添えになった。【耐火】で火災にこそならなかったが、食材も調理器具も使用不能だ。
「武器の略奪じゃなくて、イヤがらせかよ」
遺失物の係官が吐き捨てた。停電中だが、水道はまだ生きている。水だけ飲んで、凄惨な爆発現場を後にした。
無線で断続的に入る報告を繋ぎ合せると、事態は単独の「事件」や単発の「テロ」の域を遥かに越えていた。
……やれやれ、また戦争かよ。
暗い少年時代を思い出し、遺失物係は溜め息を吐きながら、署長室へ向かった。
ゼルノー市当局はテロの一報を受け、直ちに治安部隊に出動要請を出した。ネモラリス共和国の中央政府にも自治区民の蜂起を報告し、市民の救助を要請した。
軍は検問所の突破を把握しており、要請から一時間足らずで動いた。その時、既にテロリストは市の中心部にまで食い込み、東の沿岸部は火の海だった。
ラキュス湖畔のグリャージ区、スカラー区、ジェリェーゾ区には、力なき陸の民が比較的多い。貿易港のグリャージ港があり、輸送の関係で工場が集中する為だ。
漁港のジェリェーゾ港には湖の民が多く、漁船や【跳躍】の術で自主避難した。
自治区に近いグリャージ区、スカラー区からの避難民が到達する頃には、既に大半が避難を終えていた。
留まって消火に当たる者や、テロリストに対抗する者もあったが、多勢に無勢。あっという間に戦線が北と西へ拡大し、泣く泣く退避したと言う報告が入った。
避難する車列で主要道が塞がり、脇道は炎と瓦礫が壁となり、そうでない道は徒歩で避難する者で埋まって通行不能。緊急車両も現場に近付けなかった。
治安部隊はやむを得ず、最小限の装備を携え、複数の小隊に分かれて【跳躍】で戦闘区域……ラキュス湖畔の地区に浸入した。
ネモラリス正規軍の軍服は、魔法使い用の【鎧】だ。【耐衝撃】【耐火】【魔除け】などの術が常時発動する。
機関銃程度ならゼロ距離から撃たれても問題ない。多少、炎に巻かれても火傷しない。有毒ガスを吸いさえしなければ、火災の現場にも耐えられる仕様だ。
水浸しの地面に累々と死体が転がる。
焼け焦げ、人種どころか性別すら判然としない。
まず、湖水で消火活動を始める。
「なんだこれはッ?」
【操水】で起ち上げた湖水が、市街地に入った途端、制御を失って地に落ちた。
何らかの方法で術が打ち消されたか、それとも、水に纏わせた魔力を奪われたのか。火勢が強く、原因の究明も除去もままならない。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
赤毛の兵が【索敵】の呪文を唱え、知覚を拡大する。
彼の胸で【飛翔する蜂角鷹】学派の徽章が炎を受けて赤く輝いた。
残りの魔装兵が、周囲を警戒しながら疑問を口にする。
「この大量の武器、弾薬は一体、どこから手に入れたんだ?」
「自治区の輸出入は、厳しく監視されてるんじゃなかったのか」
「そんなモンよりもっと食いモン輸入してやりゃ、餓死者なんて出ねぇのに」
「密輸の監視は税関と警察の仕事だ。我々の任務ではない。現場に集中せよ」
隊長の言葉で、隊員が口を噤む。
「おいッ! 気を付けろッ!」
【索敵】を使った兵が、警告を発した。
「何だッ? 敵かッ?」
隊長に問われ、【索敵】を使った兵が報告する。
「違います。【消魔符】と……何か石盤……恐らく【吸魔符】と【充魔符】の効果を持たせた物だと思われます」
「どこだ?」
知覚を拡大した兵が、西の方角を指差す。
国道は炎と黒煙に遮られ、他の兵には状況がわからない。
「トラック……荷台に武装集団が乗っています。その荷台に積んであります。マンホールの蓋より大きい石盤です。呪符は、武装集団が手に持っています」
「何だとッ?」
部隊に驚愕と動揺が広がる。
「キルクルス教徒の奴らが、魔法の道具を使ってるってのか?」
「信仰を捨てるようなもんじゃないか」
「俺に言うなよ。現に……多分、あれのせいで住民の【操水】が失効して、消火できないんだ」
「いや、ちょっと待てよ。【吸魔符】ってのは、接触している間だけ、魔力を吸収するもんだ。トラックに石盤って……」
「【索敵】では、道具の仕組みはわからん。それより、どうするかだ」
この現場には、術理解析を行う【舞い降りる白鳥】学派の術者は居ない。仕組みがわからなければ、対策の立てようがない。
このまま突っ込んでも、消火用の【操水】同様、術が打ち消されるだろう。住民の救助も消火も、テロリストへの攻撃も、捕縛も不可能に思えた。
最悪、魔力を奪われ、魔力不足で【鎧】の術を発動できなくなり、焼け死んでしまう。
この地域は、力なき陸の民が多いとは言え、魔法使いも少なからず住んでいる。それで、この惨状なのだ。
住民らも治安部隊同様、最初は火災を鎮圧しようと、【操水】で湖水を起ち上げただろう。それが不可能と覚り、命からがら【跳躍】で避難したことは、想像に難くない。
魔力を奪われ、【跳躍】できなくなった者も居るかもしれない。
炎の西側から、爆発音と機関銃の音、住民の悲鳴が聞こえる。
「見捨てるワケにはいかん。おい、ルベル。大至急、本部へ戻り、報告せよ」
「しかし……」
隊長の命令に、ルベルと呼ばれた兵が戸惑う。【索敵】が使えるのは、この部隊ではルベルだけだ。こんな状況で不意打ちを食らうような事態は、極力避けたい。
「構わん。行け。他は、湖水を建てろ。なるべく大きく高い壁を作る」
「壁……ですか? 術の【真水の壁】ではなく、物理で、ですか?」
「そうだ。奴らの妨害の圏外から、水を浴びせて消火する」
隊長の号令で、隊員たちが燃え盛る住宅の脇を抜け、湖の沿岸へ向かう。
ルベルが頷き【跳躍】すると、隊長も湖へ向かった。




