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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0246.部屋割の相談

 「お一方ずつ、お部屋をご用意致しております」

 廊下の先に立って案内するアウセラートルの言葉で、アマナとエランティスが、それぞれの兄にしがみついた。

 レノ店長が申し訳なさそうに言う。

 「あのー、せっかくなんですけど、家族は同じ部屋の方が有難いんですが……」


 アウセラートルが立ち止まり、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行に向き直る。有力者の親戚は、特に気分を害した様子はなさそうだ。穏やかな声で質問が返った。

 「左様でございますか。それでは手配し直します。どなたとどなたが、ご家族でいらっしゃいますか?」

 レノとピナティフィダとエランティス、クルィーロとアマナが手を繋いで一塊になる。

 メドヴェージがモーフの肩を掴んで抱き寄せる。他人だが、モーフは逆らわなかった。


 ローク、ファーキル、そしてアミエーラは勿論(もちろん)、赤の他人なので余ったが、途端に心細くなった。

 冬枯れの山中を歩いた時や、朽ち果てた山小屋で眠った時よりも、この屋敷で独りになるのが怖いのは、何故だろう。


 「あ、あのっ、えっと、今までずっと、みんな一緒だったんで、その、急に一人はちょっと」

 「どう致しましょう?」

 「もし、できるなら、あの、えっと、あ、アウェッラーナさんと同じお部屋が嬉しいんですけど……あっ、勿論(もちろん)、アウェッラーナさんがヤだって言ったら、無理にとは言いませんッ!」

 アミエーラは、しどろもどろの早口で捲し立てた。

 ここに居ない緑髪の薬師(くすし)に少し引け目を感じたが、背に腹は代えられない。


 ロークも便乗して言い募る。

 「はい! 俺! 俺も、えっと、ファーキル君と一緒がイイですッ! なッ?」

 勢いよく同意を求められ、ファーキルは首振り人形のように何度も(うなず)いた。



 「蔓草(つるくさ)の責任者は昨日、どこで寝てたんですかい?」

 メドヴェージが聞くと、アウセラートルは怪訝(けげん)な顔をした。

 モーフも肩を組む運転手を見上げる。

 「一人だけ()けモンってのもどうかと思うんでな。蔓草の係で一部屋じゃ具合悪いかい?」

 「いえ、こちらは別に……ですが、よろしいのですか?」

 「あぁ。こちとら焼け出されてからこっち、身ィ寄せ合って焼け野原で野宿もしたんだ。屋根と壁があンなら物置だって(おん)の字だ」

 メドヴェージが胸を張って答える。


 アウセラートルは眉尻を下げ、小さく吐息を漏らした。

 「皆様、苦労なさったのですね。承知致しました。それでは部屋割はそのようにさせていただきます」

 (あるじ)の言葉を受け、傍らに控える使用人が一礼して、小走りに廊下の奥へ消えた。


 アウセラートルは少し考え、にっこり微笑んだ。

 「お疲れでしょうし、お部屋が整いますまで、お茶とお菓子でお(くつろ)ぎ下さい」



 プラエテルミッサの一行は、食堂とは別の部屋に通された。

 豪奢な調度品に囲まれた部屋で、アミエーラは目も(くら)むような心地だ。

 メドヴェージとモーフも呆然と首を巡らせ、眼を丸くして部屋を眺める。


 「絵本のお城みたい……」

 エランティスが呟くと、アマナが頷き、二人で飾棚(かざりだな)を覗いて回る。

 レノ店長が小学生二人に釘を刺した。

 「ティス、アマナちゃん。その辺の物、勝手に触るなよ。壊したら大事(おおごと)だ」

 「うん。絶対、触らない」

 二人は、きらびやかな雑貨に目を奪われたまま頷く。

 この部屋の全てが、仕立屋の店長宅より上等だ。アミエーラにも一目でわかる質のよさで、思わず溜息が洩れた。



 若い使用人が、ワゴンを押して入って来た。

 爽やかな香りは、仕立屋の店長の家で飲ませてもらったのと同じ香草茶だ。

 使用人は優雅な手つきで、花柄のカップに香草茶を注ぎ淹れる。最後に焼菓子を盛った大皿を置くと、一礼して出て行った。


 焼菓子は花の形で、レノ店長たちが作るクッキーよりやわらかそうだ。


 「お昼ご飯の前におやつ食べるのは……」

 ピナティフィダは、それだけ言って香草茶を啜った。

 モーフは遠慮なく頬張る。ひとつ目を飲み下し、みんなを見回した。

 「いらねぇんなら、もらっとくぞ」

 「甘ぇな、これ」

 メドヴェージもひとつ()まんで舌鼓(したつづみ)を打つ。


 「俺は一個でいいや」

 レノ店長は立ったままひとつ手に取り、角度を変えて()めつ(すが)めつ、じっくり観察して一口齧った。

 クルィーロが店長に聞く。

 「どうだ?」

 「うん。美味い。小麦粉とアーモンドの粉と卵と砂糖とバター。蜂蜜もちょっと入ってるかな?」

 レノ店長がすらすら材料を言うと、モーフが驚いて声を上げた。

 「スゲェ! 一口だけで、何でできてるかわかンのかよッ?」

 「えっ? あ、あぁ、まぁ、よく知ってる素材だから……でも、これ、凄い技術だな」

 店長は何でもないことのように答え、もう一口齧った。


 「何がどうスゲェんだ?」

 「うん。卵の泡立てが凄くキメ細かくて滑らかだから、焼き上がりがふわっふわで、口に入れただけでもホロッと溶けて消えるだろ?」

 「おっ、おうっ」

 レノ店長の説明で、モーフとメドヴェージが、食べかけの焼菓子を同時に見た。

 アミエーラとロークもひとつ手に取る。


 「これ、手作業でやろうと思ったら、相当、練習しなきゃいけないし、体力も要るんだ。泡を潰さないように粉類を混ぜなきゃなんないし……」

 「へぇー……こいつぁそんなスゲェもんなのかい」

 メドヴェージが感心し、隣のモーフに神妙な顔で言って聞かせた。

 「聞いたか、坊主? よーく味わって食えよ。こいつが、プロ中のプロが作ったスゲェ美味ぇモンって奴だ」

 「おっ……おう」

 モーフは言われた通り、ゆっくり噛み締めて味わう。


 女の子二人がちょこんと椅子に腰を降ろした。

 「お兄ちゃん、私ももらっていい?」

 「うーん、今おやつ食べたら、お昼、入んなくなるからなぁ。ティスちゃんと半分コしろよ」

 アマナはクルィーロの返事に瞳を輝かせ、ひとつの菓子を友達と分け合う。


 ……友達……か。


 アミエーラは二人を微笑ましく思ったが、同時に、仲の良かった子を思い出し、胸の奥に苦いものがこみ上げた。



 小学生の頃、仲の良かった子たちは、魔物や流行病(はやりやまい)で姿を消した。或いは、モーフ同様、家計を助ける為に働きに出て、学校に来なくなった。

 中学まで同級生でいられたのは、半分くらいだ。

 女の子たちは、中学を卒業する頃には(ほとん)ど居なくなった。

 魔物と病気に加え、どこかへ売られたり、バラック街でも比較的収入のいい人のところへ、早々に(とつ)がされたからだ。


 リストヴァー自治区生まれで中学を卒業できるのは、男女合わせて五分の一にも満たない。

 卒業後はそれぞれが暮らしに追われ、近所でも滅多に顔を合わせなくなる。


 あの日、バラック街を焼き尽くした大火から、何人が生き残れただろう。


 アミエーラは幸運だった。

 幼い頃は祖母に守られ、子供の頃は父の収入がそこそこあった。蔓草(つるくさ)細工を家計の足しにしたが、一日中働きに出なくてもよかった。

 卒業後は、祖母の友人の店で手伝いを始め、あの(わざわい)の日まで、正式な店員として働かせてもらえた。


 ……この子たちは、何事もなければ、普通に卒業できたんでしょうね。


 空襲後、この子たちの同級生は何人生き残れたのか。誰にも確認できない。



 アミエーラは香草茶を一口啜り、暗い思いを頭から追い出した。

 これから二カ月、どう過ごせばいいか考える。


 ……まずは、破れたお布団を(つくろ)って、それから……?


 材料がある内は蔓草細工。それがなくなったら、服を仕立て直して商品を増やそうか。交換品でもらった中には、誰にも着られないサイズの服が二着あった。

 でも、そんな作業が二か月も続けられるとは思えない。

 あんな状態では、作った物を広場へ売りに行けなかった。

☆冬枯れの山中を歩いた時……「0099.山中の魔除け」~「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」参照

☆朽ち果てた山小屋で眠った時……「0134.山道に降る雨」「0141.山小屋の一夜」参照

☆バラック街を焼き尽くした大火/あの禍の日……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」「0212.自治区の様子」~「0214.老いた姉と弟」参照

☆破れたお布団……「0238.荷台の片付け」参照

☆あんな状態……「0235.薬師は居ない」「0236.迫りくる群衆」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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