0246.部屋割の相談
「お一方ずつ、お部屋をご用意致しております」
廊下の先に立って案内するアウセラートルの言葉で、アマナとエランティスが、それぞれの兄にしがみついた。
レノ店長が申し訳なさそうに言う。
「あのー、せっかくなんですけど、家族は同じ部屋の方が有難いんですが……」
アウセラートルが立ち止まり、移動販売店見落とされた者の一行に向き直る。有力者の親戚は、特に気分を害した様子はなさそうだ。穏やかな声で質問が返った。
「左様でございますか。それでは手配し直します。どなたとどなたが、ご家族でいらっしゃいますか?」
レノとピナティフィダとエランティス、クルィーロとアマナが手を繋いで一塊になる。
メドヴェージがモーフの肩を掴んで抱き寄せる。他人だが、モーフは逆らわなかった。
ローク、ファーキル、そしてアミエーラは勿論、赤の他人なので余ったが、途端に心細くなった。
冬枯れの山中を歩いた時や、朽ち果てた山小屋で眠った時よりも、この屋敷で独りになるのが怖いのは、何故だろう。
「あ、あのっ、えっと、今までずっと、みんな一緒だったんで、その、急に一人はちょっと」
「どう致しましょう?」
「もし、できるなら、あの、えっと、あ、アウェッラーナさんと同じお部屋が嬉しいんですけど……あっ、勿論、アウェッラーナさんがヤだって言ったら、無理にとは言いませんッ!」
アミエーラは、しどろもどろの早口で捲し立てた。
ここに居ない緑髪の薬師に少し引け目を感じたが、背に腹は代えられない。
ロークも便乗して言い募る。
「はい! 俺! 俺も、えっと、ファーキル君と一緒がイイですッ! なッ?」
勢いよく同意を求められ、ファーキルは首振り人形のように何度も頷いた。
「蔓草の責任者は昨日、どこで寝てたんですかい?」
メドヴェージが聞くと、アウセラートルは怪訝な顔をした。
モーフも肩を組む運転手を見上げる。
「一人だけ除けモンってのもどうかと思うんでな。蔓草の係で一部屋じゃ具合悪いかい?」
「いえ、こちらは別に……ですが、よろしいのですか?」
「あぁ。こちとら焼け出されてからこっち、身ィ寄せ合って焼け野原で野宿もしたんだ。屋根と壁があンなら物置だって御の字だ」
メドヴェージが胸を張って答える。
アウセラートルは眉尻を下げ、小さく吐息を漏らした。
「皆様、苦労なさったのですね。承知致しました。それでは部屋割はそのようにさせていただきます」
主の言葉を受け、傍らに控える使用人が一礼して、小走りに廊下の奥へ消えた。
アウセラートルは少し考え、にっこり微笑んだ。
「お疲れでしょうし、お部屋が整いますまで、お茶とお菓子でお寛ぎ下さい」
プラエテルミッサの一行は、食堂とは別の部屋に通された。
豪奢な調度品に囲まれた部屋で、アミエーラは目も眩むような心地だ。
メドヴェージとモーフも呆然と首を巡らせ、眼を丸くして部屋を眺める。
「絵本のお城みたい……」
エランティスが呟くと、アマナが頷き、二人で飾棚を覗いて回る。
レノ店長が小学生二人に釘を刺した。
「ティス、アマナちゃん。その辺の物、勝手に触るなよ。壊したら大事だ」
「うん。絶対、触らない」
二人は、きらびやかな雑貨に目を奪われたまま頷く。
この部屋の全てが、仕立屋の店長宅より上等だ。アミエーラにも一目でわかる質のよさで、思わず溜息が洩れた。
若い使用人が、ワゴンを押して入って来た。
爽やかな香りは、仕立屋の店長の家で飲ませてもらったのと同じ香草茶だ。
使用人は優雅な手つきで、花柄のカップに香草茶を注ぎ淹れる。最後に焼菓子を盛った大皿を置くと、一礼して出て行った。
焼菓子は花の形で、レノ店長たちが作るクッキーよりやわらかそうだ。
「お昼ご飯の前におやつ食べるのは……」
ピナティフィダは、それだけ言って香草茶を啜った。
モーフは遠慮なく頬張る。ひとつ目を飲み下し、みんなを見回した。
「いらねぇんなら、もらっとくぞ」
「甘ぇな、これ」
メドヴェージもひとつ摘まんで舌鼓を打つ。
「俺は一個でいいや」
レノ店長は立ったままひとつ手に取り、角度を変えて矯めつ眇めつ、じっくり観察して一口齧った。
クルィーロが店長に聞く。
「どうだ?」
「うん。美味い。小麦粉とアーモンドの粉と卵と砂糖とバター。蜂蜜もちょっと入ってるかな?」
レノ店長がすらすら材料を言うと、モーフが驚いて声を上げた。
「スゲェ! 一口だけで、何でできてるかわかンのかよッ?」
「えっ? あ、あぁ、まぁ、よく知ってる素材だから……でも、これ、凄い技術だな」
店長は何でもないことのように答え、もう一口齧った。
「何がどうスゲェんだ?」
「うん。卵の泡立てが凄くキメ細かくて滑らかだから、焼き上がりがふわっふわで、口に入れただけでもホロッと溶けて消えるだろ?」
「おっ、おうっ」
レノ店長の説明で、モーフとメドヴェージが、食べかけの焼菓子を同時に見た。
アミエーラとロークもひとつ手に取る。
「これ、手作業でやろうと思ったら、相当、練習しなきゃいけないし、体力も要るんだ。泡を潰さないように粉類を混ぜなきゃなんないし……」
「へぇー……こいつぁそんなスゲェもんなのかい」
メドヴェージが感心し、隣のモーフに神妙な顔で言って聞かせた。
「聞いたか、坊主? よーく味わって食えよ。こいつが、プロ中のプロが作ったスゲェ美味ぇモンって奴だ」
「おっ……おう」
モーフは言われた通り、ゆっくり噛み締めて味わう。
女の子二人がちょこんと椅子に腰を降ろした。
「お兄ちゃん、私ももらっていい?」
「うーん、今おやつ食べたら、お昼、入んなくなるからなぁ。ティスちゃんと半分コしろよ」
アマナはクルィーロの返事に瞳を輝かせ、ひとつの菓子を友達と分け合う。
……友達……か。
アミエーラは二人を微笑ましく思ったが、同時に、仲の良かった子を思い出し、胸の奥に苦いものがこみ上げた。
小学生の頃、仲の良かった子たちは、魔物や流行病で姿を消した。或いは、モーフ同様、家計を助ける為に働きに出て、学校に来なくなった。
中学まで同級生でいられたのは、半分くらいだ。
女の子たちは、中学を卒業する頃には殆ど居なくなった。
魔物と病気に加え、どこかへ売られたり、バラック街でも比較的収入のいい人のところへ、早々に嫁がされたからだ。
リストヴァー自治区生まれで中学を卒業できるのは、男女合わせて五分の一にも満たない。
卒業後はそれぞれが暮らしに追われ、近所でも滅多に顔を合わせなくなる。
あの日、バラック街を焼き尽くした大火から、何人が生き残れただろう。
アミエーラは幸運だった。
幼い頃は祖母に守られ、子供の頃は父の収入がそこそこあった。蔓草細工を家計の足しにしたが、一日中働きに出なくてもよかった。
卒業後は、祖母の友人の店で手伝いを始め、あの禍の日まで、正式な店員として働かせてもらえた。
……この子たちは、何事もなければ、普通に卒業できたんでしょうね。
空襲後、この子たちの同級生は何人生き残れたのか。誰にも確認できない。
アミエーラは香草茶を一口啜り、暗い思いを頭から追い出した。
これから二カ月、どう過ごせばいいか考える。
……まずは、破れたお布団を繕って、それから……?
材料がある内は蔓草細工。それがなくなったら、服を仕立て直して商品を増やそうか。交換品でもらった中には、誰にも着られないサイズの服が二着あった。
でも、そんな作業が二か月も続けられるとは思えない。
あんな状態では、作った物を広場へ売りに行けなかった。
☆冬枯れの山中を歩いた時……「0099.山中の魔除け」~「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」参照
☆朽ち果てた山小屋で眠った時……「0134.山道に降る雨」「0141.山小屋の一夜」参照
☆バラック街を焼き尽くした大火/あの禍の日……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」「0212.自治区の様子」~「0214.老いた姉と弟」参照
☆破れたお布団……「0238.荷台の片付け」参照
☆あんな状態……「0235.薬師は居ない」「0236.迫りくる群衆」参照




