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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0245.膨大な作業量

 薬師(くすし)アウェッラーナは、朝食後から、ひたすら薬を作り続ける。


 ドーシチ市商工組合長ラトゥーニは、私邸に専用の作業部屋を用意した。

 机上には製剤に必要な機材の他、中間素材の瓶も所狭しと並ぶ。

 大きな作業台の脇には、完成した魔法薬の容器と木箱。反対側には、薬草が種類別に詰められた麻袋、植物油などの壺、乾燥させた地虫や虫綿、鉱物、木の実、キノコなどの瓶詰や袋が積み上がる。


 全て、この二カ月で作る薬の素材だ。


 椅子の横には、満々と水を(たた)えた立派な水瓶がみっつある。

 アウェッラーナは【操水】の術でその清水を起ち上げた。


 もうひとつの作業台では、ソルニャーク隊長が、乳鉢と乳棒で地虫をすり潰す。

 乳鉢に粉末が溜まると、横に置いた白い大皿に移し、次の地虫を追加する。大皿には茶色い粉が山盛りだが、地虫袋の膨らみは、まだまだ大きい。

 隊長は、いつ終わるともしれない単純作業を黙々とこなす。



 「身の内に 忍びし毒を (から)め取り ()(ほぐ)す手は忍冬(スイカズラ)

  金銀の花 常に(あお) 赤き血潮の毒を去り 清め流せよ

  清き水 清き(しずく)を今ここに」



 薬師アウェッラーナが唱える力ある言葉に従い、手にした薬草が清水と霊的に結合する。

 薬草は形を失い、清水に溶け込んで薄緑色の液体になった。毒消しの薬が、生き物のようにするりとガラス瓶に収まる。


 毒消しは、素材にする薬草の種類を変えれば、同じ呪文で何種類も出来る。

 今作ったのは、蜂や百足(ムカデ)などの【虫刺され用の毒消し】だ。


 ソルニャーク隊長が、薬の完成に気付いてこちらへ来る。

 湖の民アウェッラーナは、薬草の束を手に取り、再び同じ呪文を唱えた。


 隊長が、ガラス瓶にきっちり蓋をして木箱に片付けた。既に一リットル入りの瓶が八本収まる。

 木箱と瓶には「毒消し 虫さされ用」のラベルが貼られ、一箱十二本入りだ。部屋の隅に完成品を四箱、置いてある。



 薬師の作業机には【魔力の水晶】が入った小袋がある。

 魔力を使い果たし、光を失った【水晶】が、(かたわ)らの小さな籠で休む。契約で、一日一回、魔力を補充してもらえる。

 アウェッラーナ自身は休まず、同じ呪文を唱えた。


 【水晶】は、親指くらいの大きさが二十四個。魔法薬を期限までに全て作り終えれば、全て報酬としてもらえる契約だ。

 これだけあれば、力なき民のみんなにも【簡易結界】などを手伝ってもらえる。

 キルクルス教徒の四人に強要する気はないが、後の七人だけでも充分、心強い。レノ店長には、クルィーロとファーキルから呪文を教えてもらうよう、頼んであった。


 ……薬草は、嵩が高いから、たくさんあるように見えるだけよ。


 緑髪の薬師は自分を励まし、未処理の薬草の山をなるべく見ないで薬を作る。



 昨夜、商業組合長ラトゥーニとその片腕アウセラートルを相手取り、レノ店長とソルニャーク隊長、アウェッラーナは頑張って交渉した。

 魔法薬を作るノルマは却って増えてしまったが、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の生活の保障と、二カ月後には必ずこのドーシチ市から出す約束は取りつけた。



 この一箱が終われば、次は地虫で熱冷ましだ。

 薄緑の液体をガラス瓶に注ぎ、手の中の【水晶】を籠に置いた。小さく息を吐いて、袋から新しい【魔力の水晶】を取る。


 不意に「この大空をみつめて」の旋律が流れた。【水晶】を机に置いて耳を澄ます。いつもの天気予報のBGMに続いて、単一楽器の演奏も聞こえた。


 ……あぁ、あのレコード。


 発電機の駆動音は聞こえないが、音源は近くにあるようだ。

 広場で待たせたみんなが無事に来られたとわかり、ホッとして【魔力の水晶】を手に取った。歌を聴きながら力ある言葉を詠じたが、すぐ術に集中し、何も耳に入らなくなる。

 少しでも早く契約を果たし、自分たちの売り物を作りたかった。



 やっと、虫さされ用の毒消し五箱分が完成した。

 使い切った【水晶】は十個。こんな調子では先が思いやられるが、昼食を食べて少し休めば、まだ大丈夫だろう。


 ソルニャーク隊長がすり潰してくれた地虫の粉末は、相当な量になった。

 窓の外からホイッスルが響き、一呼吸置いて軽快な曲が流れる。隊長が、薬の瓶を詰めた木箱を部屋の隅へ運びながら呟いた。

 「国民健康体操だな」


 アウェッラーナは窓辺に立った。

 この窓からはトラックが見えない。諦めて作業台に戻ったが、懐かしい曲を聴けたお陰か、幾分か気持ちが軽くなった。

 机の抽斗(ひきだし)から薬匙(やくさじ)を出し、床に積まれた包みのひとつを机に上げる。薬包紙(やくほうし)だ。


 熱冷ましを作る術自体は簡単だが、粉薬を一回分ずつ包むのは大変な手間だ。

 しかも、熱冷まし一回分に必要な地虫は三十匹。これだけ集めるのに、気が遠くなる程の労力が掛かったのだ。一匹たりとも無駄にできない。


 机に空の大皿と深皿を置いて、ソルニャーク隊長に声を掛ける。

 「みんな着いたみたいですね」

 「そのようだな」

 隊長は、地虫をすり潰す手を休めずに答えた。


 アウェッラーナは、今から取り掛かる作業を()(つま)んで説明した。

 「熱冷ましを作るのは簡単なんですけど、一回分ずつ包むのが大変なんですよ」

 「そうか」

 隊長に地虫をゴリゴリすり潰しながら返事をされ、思い切って提案した。

 「隊長さんとか、蔓草(つるくさ)細工のできる方にはそれをしていただいて、作り方を知らない人に、これを手伝っていただくのはどうでしょう?」

 「蔓草細工と薬作り……? 薬師(くすし)はあなた一人だろう?」

 「勿論(もちろん)、魔法薬は私が作りますけど、今、隊長さんがなさってる作業とか、何人かで分担したら、効率いいと思います」


 「そうだな。では、取敢えず、これはそちらに置こう」

 ソルニャーク隊長が、乳棒を置いて腰を浮かす。同時に薬師も立ち上がり、二人掛かりで大皿を運んだ。机に置いた振動で粉末が揺れ、裾野が広がって頂上が低くなる。隊長が空の大皿を手にして、持ち場へ戻る。

 「ありがとうございます」


 ……キルクルス教徒なのに、魔法薬を作るお手伝いをさせて、ごめんなさい。


 言外に申し訳なさを(にじ)ませ、礼を言う。

 星の道義勇軍のソルニャーク隊長は軽く流した。

 「なに、構わんさ。困った時はお互い様だ」


 アウェッラーナは、隊長の眼を見た。

 瞳は、ラキュス湖さながら澄んだ色だ。(たた)えられた静かな光は到底、キルクルス教徒のテロリストとは思えなかった。


 ……でも、この人は、あの人たちの仲間だし。


 父はゼルノー市立中央市民病院に入院中、押し入ったテロリストに射殺された。老父が庇ってくれなければ、アウェッラーナも殺されただろう。

 あの時、ソルニャーク隊長とメドヴェージ、そして少年兵モーフは、別のフロアを襲撃中だった。

 もし、二階の病室を襲ったのがこの三人なら、父を殺したのは彼らだったかもしれないのだ。今、彼らと寝食を共にするのが不思議でならない。


 ……手伝ってくれるってコトは、狂信してるワケじゃないのよね。


 狂信者なら、そもそも湖の民のアウェッラーナや、力ある民のクルィーロと行動を共にしないだろう。

 いや、それ以前に、あの運河の(ほとり)で殺し合いになったかもしれない。



 「昼は一緒に食べられるだろう。役割分担は、改めて話し合おう」

 隊長はそれだけ言うと、地虫をすり潰す作業に戻った。

 アウェッラーナも、薬匙で地虫の粉を取り【操水】で起ち上げた水に混ぜる。


 「静かなる地の霊性を受け継ぎし小さき者よ

  その身の内の地の力 ここに広めよ

  ゆるやかに(ほとぼり)鎮め 火の余り 平らかなりて(つね)ならむ」


 水に溶けた地虫の粉から、不要な固形分を取り除き、屑籠に捨てる。薄茶色に色付いた水から、熱冷ましの成分を抽出して空の深皿に移した。

 包む作業は後で手伝ってもらう。

 今はとにかく、薬を作ることに集中した。

☆昨夜(中略)頑張って交渉した……「0232.過剰なノルマ」参照

☆音源は近くにある……「0242.荷台の大掃除」「0243.国民健康体操」参照

☆広場で待たせたみんなが無事に来られた……「0235.薬師は居ない」~「0238.荷台の片付け」参照

☆ゼルノー市立中央市民病院に入院中の父は、押し入ったテロリストに射殺……「0011.街の被害状況」「0012.真名での遺言」参照

☆ソルニャーク隊長とメドヴェージ、そして少年兵モーフは、別のフロアを襲撃……「0013.星の道義勇軍」「0014.悲壮な突撃令」「0017.かつての患者」~「0019.壁越しの対話」参照

☆あの運河の畔……「0056.最終バスの客」~「0058.敵と味方の塊」「0060.水晶に注ぐ力」~「0071.夜に属すモノ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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