0244.慈善のバザー
魔装兵ルベルは、ラジオのニュースを聞いてがっかりした。
今朝、湖南経済新聞が基地の売店になかった理由はわかったが、この時局では、輪転機の部品交換がいつになるやらわからない。
同紙の本社は第三国にあり、ネモラリスとアーテルの戦争に関する記事を中立の立場で載せる。
ルベルは自国発の報道と比較し、何が正しい情報か、見極めたかった。
……参ったな。ま、仕方ないか。俺がウダウダ悩んだって直るワケじゃないし。
機械の不便さに落胆しつつ、同情もした。一番大変なのは、新聞社の人だろう。
非番明けの今日は、午後からの交替で再び艦に乗組む予定だ。
ここしばらく、空襲が止んだせいか、基地の空気はぬるい。ルベルも何となく、のんびり気分だ。
午前中の予定が潰れ、途端に手持ち無沙汰になった。
……アーテルの攻撃は、【魔哮砲】で防げるしなぁ。
昨日の新聞を手に取ると、小さな記事に目が留まった。慈善バザーの告知だ。基地から近い公園で、昨日から今週いっぱいまで開催される。
魔装兵ルベルは、昼食前に基地へ戻る短時間の外出許可を取り、読み終えた文庫本を持って公園へ向かった。
春になり、街の人々の顔が心持ち明るくなった。
ネーニア島から身ひとつで逃れた人々も、野の草などで少しは飢えを凌げるようになる。【魔哮砲】の働きで空襲はほぼ心配なく、軍は魔獣の討伐にも人手を割けるようになった。
……後は、国の偉い人たちが「これ以上、戦ってもムダだ」って言って、アーテルに戦争をやめさせてくれればいいんだけどな。
アーテル共和国は、リストヴァー自治区のキルクルス教徒を救う為との名目で開戦したが、空襲でネーニア島の北半分を焼き払っただけで、その後は何の音沙汰もない。
政府間は水面下で交渉が続くのかもしれないが、さっさと終わらせて欲しいというのが、正直なところだ。
戦争のせいで物価が軒並み上がった。
ルベルたち力ある民なら、【魔力の水晶】に魔力を籠めて支払いに充てられる。だが、力なき民は、現金や交換品に限度があった。焼け出された人々は無一文無一物だ。
戦争特需で儲かる業種など、ほんの一握り。ネーニア島北部では、倒産した企業や、廃業に追い込まれた店の方が多い。
身売りや犯罪が増えた。
交換品を持ち寄ったバザーに、人集りがある。
大して広くない公園だ。ルベルはゆっくり見て回った。
「これから暑くなるし、夏物の服、要るでしょ」
「うーん……まぁ、どうせ寄付するつもりできたし、いいよ」
男性のブースで、食器と薄手のワンピースを交換する女性。出店者の口ぶりは、普段なら価値が釣り合わず、交換に応じない品らしい。
交換品の半分は出店者が持ち帰るが、もう半分は寄付だ。あちこちで同様の遣り取りが交わされた。
本部のテントでは、直接の寄付も受付ける。長机に募金箱が置かれ、奥には係員が寄付品を仕分けする姿も見える。
ルベルは特に欲しい物がみつからず、交換用に持って来た本を寄付しようとテントに近付いた。
「それ、ホントかよ? 洒落んなんねぇよ」
「ホントかどうか、俺じゃ確めらんねぇけど……」
係員同士、奥で仕分け作業をしながら話に夢中で、ルベルに気付かない。何の話か気になり、声を掛けずに聞き耳を立てた。
「だって、もし誤報だったら、会社潰れるレベルのガセネタじゃないか」
「それで、ホントだって思うのか?」
金髪の係員が、黒髪の係員に疑わしげに問いを重ねた。
「どこの新聞がそんなコトほざいてんだ?」
「湖南経済新聞だよ。ラクリマリスのが先に出るから、昨日、あっちの協会でも大騒ぎだったんだってば」
バザーの主催者は、フラクシヌス教の信者団体だ。彼らはフナリス群島のどこかの神殿から来たのだろう。
……湖南経済?
ネモラリス支社は輪転機の故障で、今朝の朝刊を発行できなかった。
「あの……すみません」
「あっ! すみません。寄付の方ですか?」
金髪の係員が愛想のいい笑顔を向け、受付に駆け戻る。
ルベルは、文庫本を長机に置いて聞いた。
「湖南経済新聞、輪転機が壊れて今朝の朝刊、ないんですよ。何が書いてあったんですか?」
「えっと……あの……」
勇気を振り絞ったが、金髪の係員は顔を引き攣らせて答えない。目を泳がせ、相棒を振り返る。
黒髪の係員は小さく肩を竦めた。
「どうせ、機械が直ったら載るんだろ? いいじゃん」
金髪の係員は、戸惑った顔を赤毛の寄付者に向けた。
今のルベルは私服で、一見して軍人とはわからない。だが、特段怖い顔をしてみせなくても、持って生まれた魔力の強さのせいか、威圧感はあった。「顔は怖くないのに、何か怖い」と、フラれたことすらある。
今は、その威圧感が役に立った。
金髪の係員は、ルベルを手招きして小声で「でも、今はここだけの話にして下さいよ」と前置きし、耳打ちした。
「アーテルの偉い人が、『魔哮砲は魔法生物だ』って言ったらしいんですよ。魔法使いじゃない人の言うことだから、眉唾なんですけど……」
ルベルは息を呑み、係員の眼をまじまじと見た。
彼は、嘘を言ったようには見えない。いや、彼自身、嘘であって欲しいと言いたげな困惑に瞳が揺れる。
「……そうか。ありがとう」
ルベルは一礼して、その場を離れた。
どこをどう通って基地に戻ったかわからない。気が付けば、軍服を纏って艦上に居た。昼食に何を食べたのかもわからないが、空腹感はない。一応、腹には収めたのだろう。
交替の者から【花の耳】を受け取り、襟に装着した。当番を終えた兵を降ろし、艦が動きだす。
ルベルは頭から余計な考えを追い払い、気を引き締めて朗々と呪文を唱えた。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
【魔哮砲】による防空は、ルベルら【飛翔する蜂角鷹】学派の術者による哨戒に懸かっているのだ。
拡大した視力を持ち場の方角へ向けた。
☆輪転機の部品交換……「0241.未明の議場で」参照
☆…アーテルの攻撃は、【魔哮砲】で防げる……「0136.守備隊の兵士」「0221.新しい討伐隊」参照
☆リストヴァー自治区のキルクルス教徒を救う為との名目で開戦……「0078.ラジオの報道」参照




