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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0243.国民健康体操

 外の遣り取りを知ってか知らずか、クルィーロがレコードを裏返し、B面の曲が流れる。


 伸びやかな女声が、湖南語で詩を紡いだ。

 ラクリマリス人たちが息を呑んで聴き入る。歌詞の存在を知らなかったらしい。一言一句聴き(のが)すまいと、真剣な眼差しを荷台に向けた。


 天気予報の歌「この大空をみつめて」が終わると、力ある言葉による歌唱が始まった。

 「これは【やさしき降雨】……?」

 使用人の口から、思わず言葉が零れた。


 ……あ、やっぱ魔法中心だから、ちょっと聞いただけで呪歌(じゅか)の種類わかるんだ。


 レノは改めて、ラクリマリス王国が魔法文明寄りの両輪(りょうりん)の国だと感心した。



 呪歌に続いて「すべて ひとしい ひとつの花」の旋律が流れる。

 この曲を知る者は居ないようだが、誰もが息を詰め、ラキュス・ラクリマリス交響楽団の巧みな演奏に耳を傾けた。


 誰もが、時ならぬ観賞会に時を忘れて聞き入る。


 レコドーが止まり、クルィーロが荷台から降りると、大きな拍手が起こった。

 「えっ? えっ? なんだよ?」

 「珍しい曲をお聞かせいただき、ありがとうございました」

 アウセラートルが礼を言うと、使用人たちが一斉にお辞儀する。クルィーロは面食らって顔を上げさせた。


 「兄ちゃん、懐かしいついでに、もう一枚も流してくれや」

 「じゃあ、一通り流してから、発電機止めますね」

 クルィーロが荷台に戻る。

 レノは、メドヴェージに言われるまで、もう一枚のレコードの存在をすっかり忘れていた。


 ……なんだっけ? えーっと、なんとか体操?


 ホイッスルの鋭い音で、思わず背筋がシャッキリ伸びる。続いて、軽快な曲が始まった。クラリネットが歌うように主旋律を奏で、打楽器たちがリズムを刻む。


 「国民健康体操……!」

 「そうだ。懐かしいだろ?」

 「えぇ」

 アウセラートルが驚くと、メドヴェージが嬉しそうに答えた。

 何故か、少年兵モーフが、得意げな笑顔で運転手を見上げる。

 アウセラートルと年配の使用人も頬を緩める。体操を知らない子供たちが、曲に合わせて足で小さく拍子を取った。


 曲の中に小気味よく、短いホイッスルの音が入る。昔はこれに合わせて体操したのだろう。

 ホイッスルの長吹きで締めくくられ、五分程で終わった。

 続けて、同じ曲が始まった。今度は男性のハキハキした声で号令が入る。


 「おぉ、これこれ。学校でやってた奴だ」

 「どんな体操?」

 「こういうのだ」

 アマナが無邪気に聞くと、メドヴェージは顔を(ほころ)ばせ、曲に合わせて体を動かした。少年兵モーフが驚く。

 「おっさん、覚えてんのかよ」

 「よっ、ほっ! こう言うのはな! 一回、体で、覚えたら、忘れねぇ、もん、なん、だっ」

 メドヴェージは、迷いのないキビキビした動きで、体操しながら答えた。本当にしっかり覚えているらしい。

 ティスとアマナ、少年兵モーフが興味津々で彼の動きを見詰める。年配の大人たちも、足で拍子を取りながら、メドヴェージを懐かしそうに見た。


 ……凄いな。


 レノは、メドヴェージの記憶力に感心した。

 新しい世代が小学校で習った体操は、これとは全く違う動きで、レノ自身はもう忘れてしまった。



 運転手のメドヴェージは、最後のホイッスルに合わせて大きく深呼吸し、腕で額の汗を拭った。

 「いやー……久々にイイ汗かいたー」

 先程の不吉なニュースで重苦しく沈んだ空気が、一気に明るくなった。軽快な曲のお陰か、妹たちの表情も随分か和らいだ。


 ……あんなの、国の偉い人たちが何とかすることで、何の力もない俺たちに、どうこうできるコトなんてなんもないし。


 レノは、心に掛かった(もや)を意識的に払った。

 「おじさん、体操教えてー」

 「また後でな。今は荷物の片付けだ」

 メドヴェージは、ごつい手でアマナの頭をやさしく撫でると、木箱を担いだ。レノも慌てて木箱を持って指示を出す。

 「じゃあ、先に箱を乗せて、中身は種類毎に整理して入れよう」

 クルィーロも発電機を止め、片付けに加わった。



 元々大した荷物はない。小一時間程で片付いた。

 水は、街の外へ出れば湖で調達できる。樽は空のまま乗せた。

 終わる頃には、会議室で使うような折り畳み式の長机と、食器類も届けられた。割れると困るだろうからと、銅のマグと木皿を人数分揃えてある。

 「いいんですか? こんなに……」

 「はい。迷惑料とでも思って、お納め下さい」

 レノは恐縮しながら、ピナと二人で木箱に収めた。


 元は雑然とした荷台が、すっきり片付いた。これで旅が快適になる。

 「何だか、何から何まですみません」

 「いえいえ、お構いなく」

 ピナが恐縮すると、アウセラートルは大人に対するように言った。


 「じゃあ、蔓草(つるくさ)と勉強道具とか持って、中に入ろう」

 一同を見回し、レノは店長として言った。

☆天気予報の歌「この大空をみつめて」……「0170.天気予報の歌」参照

☆【やさしき降雨】……「0178.やさしき降雨」「0220.追憶の琴の音」「」参照

☆「すべて ひとしい ひとつの花」……「0178.やさしき降雨」「275.みつかった歌」参照

☆国民健康体操……「0115.昔の音の部屋」「0122.二度目の食堂」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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