0242.荷台の大掃除
「えーっと、取敢えず、点検の続きをしましょう」
クルィーロが気を取り直して言った。
その一言で、レノも我に返る。不確かな情報で呆ける暇はない。
「あ、そうだ。ついでに荷物を全部出して、荷台に風通して掃除もしよう」
レノは店長として、みんなでできる作業を指示した。することがあれば、考えても仕方のないコトに気を取られずに済む。
「メドヴェージさん、横も開けてもらっていいですか?」
「おうっ、ちょっと待ってな」
メドヴェージは気さくに応じ、運転席へ回った。みんながトラックから離れたのを確認して操作する。荷台の側面が片方、モーター音と共に鳥が翼を広げたような形に持ち上がって停止した。荷台に飛び乗り、上がった側壁を金具で固定する。
「じゃ、荷物降ろそう」
レノは努めて明るい声で指示する。
扉側にあった長机や段ボールなどは、さっき降ろした。レノと少年兵モーフと高校生のロークが、大きく開いた側面から荷台に飛び乗り、バケツリレー方式で渡してゆく。
係員室の傍にあった荷物は無事だ。続いて、係員室内でバリケードにした荷物と布団も降ろす。
みんなすっかり慣れたもので、すぐに荷降ろしは終わった。
三人は荷台から降り、レノが忘れ物はないかと振り向く。
散乱した荷物がなくなると、大勢に土足で踏みにじられた汚れだけが残った。
「お掃除でしたら、私共もお手伝いできますよ」
アウセラートルに声を掛けられ、首を巡らせた。
商業組合長の甥が、いつの間にか、水塊を宙に漂わせる。傍らで三人の使用人が畏まる。
「あ、配線とかあるんで、俺、やりますよ。貸してもらっていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
工場の青いツナギ姿の青年が言うと、アウセラートルは浴槽一杯分程の水塊を寄越した。
クルィーロは、早口に【操水】の呪文を唱えて受け取り、荷台の床に這わせる。土や草の切れ端、濡れてこびり付いた小麦粉などが、水流に呑まれて床を離れる。
あっという間に濁った水を宙に浮かせ、アウセラートルに聞いた。
「あ、このゴミ、どこに……?」
「その辺に捨てて下さい。後程、片付けます」
「そうですか。何から何まで、すみません」
クルィーロは少し考え、ガーゴイルの傍に水の濁りを排出した。それを三度繰り返し、水の濁りがなくなると、今度は布団を洗う。
「えーっと、それから、段ボールが水吸って傷んじゃったんで、片付け用に代わりの箱があれば……」
「木箱をお持ちしましょう」
レノが、布団の洗濯を待つ間に思いついたコトを言う。アウセラートルは使用人に命じ、壊れた物を持って行かせた。
宙に漂う水の中で、布団が揉まれる。
クルィーロが力ある言葉で何か言うと、水塊から湯気が上がった。湯に揉まれた布団から、茶色い汚れが浸み出す。
「結構、汚れてたのね……」
ピナが予想外の濁りに顔を顰める。今までずっと、こんな布団で眠ったのだ。
「そんな余裕なかったし、仕方ないよ」
レノは妹の肩を軽く叩いた。
「洗えたから、端っこ持って引っ張って」
クルィーロに言われ、レノはぬるま湯に手を突っ込んで布団を引っ張り出した。全く湿り気がない。綿が含んだ水が【操水】の術で抜かれ、乾いてふわふわだ。
メドヴェージと二人で、すっかりキレイになった荷台に長椅子を戻す。少年兵モーフが、洗い上がった布団を受け取り、畳んでその上に乗せた。
ふかふかになった布団と毛布が、全て荷台に収まると、クルィーロは水を花壇に捨てた。
「じゃあ、俺、スピーカーとか、電気回り点検するゎ」
クルィーロが発電機を起動し、係員室に入る。程なく、スピーカーから天気予報のBGM「この大空をみつめて」が流れた。
開放された荷台から、音が伸びやかに庭園の空へ解放される。
みんなの耳は、荷台に籠ってくぐもった音に慣れていた。妨げられずに響き渡る新鮮な音が、胸を打つ。
木箱と樽を持って来た使用人も作業を忘れ、次々と流れる曲に聴き入った。
A面が終わり、誰からともなく拍手が起こる。
「懐かしい曲をありがとうございます」
「懐かしい?」
アウセラートルの言葉にレノが首を傾げる。三十代半ばくらいに見える男性は、苦笑した。
「お若い方がご存知ないのも無理はありません。天気予報のBGMだったのですよ。半世紀の内乱までは、ラキュス・ラクリマリス共和国全土のラジオから流れていました」
「ネモラリスじゃ、今でも現役だ」
少年兵モーフが抗議する。メドヴェージがその肩にポンと手を置き、小さく首を横に振った。
「これは失礼しました」
アウセラートルが、少年兵モーフにぺこりと頭を下げる。モーフは面食らって、しどろもどろに何か呟いた。




