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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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243/3501

0241.未明の議場で

 ここ数日、ラクエウス議員は上機嫌だった。


 港を見に行った帰り、市場に立ち寄った。

 広場で慈善バザーが催され、クレーヴェルの都民が家の不用品などを持ち寄る。売れ残りと交換品の半分を焼け出された人々に寄付すると言う。


 そこで、思いがけずみつけた。


 無造作に並ぶ商品の中、青空に虹と太陽が描かれたジャケットがあった。「この大空をみつめて」のシングルレコードだ。

 この出品者は、主に映画のパンフレットを売るが、ラクエウス議員の眼には、色褪せたジャケットだけが鮮やかに映った。


 「……すまない。今、いい物を持っていなくて、現金でも構わないかね?」

 「あぁ、いいっスよ。本部の方で食べ物とかをまとめ買いして、困ってる人に届けてくれるそうなんで」

 交渉は成立し、ラクエウス議員は、手持ちの半分と引き換えに懐かしい歌声を手に入れた。



 A面は、いつもラジオから流れる天気予報のBGMで、B面がニプトラ・ネウマエの歌唱付きだ。

 ラクエウスはコートも脱がず、レコードを再生機に掛けた。

 半世紀の内乱前の品とは思えぬ保存状態で、問題なく聴ける。所々、小さな傷がプツプツとノイズを奏でたが、それすらも味になった。


 それから毎晩、ニプトラの歌を聴きながら眠った。

 澄んだ歌声に心のささくれが癒される。戦争で暗く沈んだ世間も、議会での苦労も、歌に耳を傾けるひとときに洗い流された。



 日中は相変わらず忙しかったが、ラクエウス議員は以前にも増して、溌溂(はつらつ)と激務をこなす。

 ある日、顔見知りの人権活動家に聞かれた。

 「若返ったようにお元気ですな。何か秘訣でも?」

 「自治区の国会議員は儂一人。今、働かずしてなんとします。自治区民のみならず、工場を置く企業やその関係者の命も懸っているのですよ」

 何気ない言葉だが、ラクエウス議員は、時局に合わぬ浮かれた態度を咎められた心地で、取り繕った。



 そんなある日、国会議員に召集が掛けられた。

 時刻は未明。

 強力な【魔除け】を施した軍用車が、議員宿舎へ迎えに来た。


 電話で叩き起こされていたラクエウス議員は、大急ぎで着替え、()っ取り(がたな)で議場へ向かった。

 車窓の外はまだ明けぬ闇で、そこかしこに雑妖の塊が視える。事態の大きさに魔法で守られることへの苦情も忘れ、電話の内容を反芻した。


 湖南経済新聞が、検閲に引っ掛かった。

 しかも、悪いことにその記事は、既に他国では報道済みだ。


 湖南経済新聞はアミトスチグマ王国に本社がある。

 ネモラリス共和国へは、ラクリマリス王国を経由し、半日遅れで記事が届く。


 ラクリマリスは、ほぼ魔法文明国だが、聖地を訪れる巡礼者の為に外国企業が認可を受け、インターネットの接続環境が整備された。

 テレビ放送はなく、パソコンもほとんど普及しないが、一部に於いて情報伝達は速い。

 湖南経済の記事は、インターネットでラクリマリス支社に配信され、印刷した原稿を伝達係が【跳躍】で、ネモラリス支社の担当部署へ届ける。


 今、軍が輪転機を停止させ、今朝の朝刊は印刷途中だ。


 議場には、寝間着姿の議員もちらほら見える。議長が(くだん)の記事を朗読すると、ざわついた議場が水を打ったように静まり返った。


 「ひとまず、記事は差し止めさせました。ラジオで『湖南経済新聞は、輪転機が故障した』と発表させます」

 与党の委員長が宣言し、議論が始まった。



 議題は、「ネモラリス軍、魔法生物を兵器利用」の記事への対応。既に国外では大きく報じられた後だ。

 アミトスチグマ王国駐在のイーニー大使が「【魔哮砲(まこうほう)】は使い魔である」と反論した。本国からの正式な表明ではないが、一時的な対応としては上出来だ。


 宗教家や人権団体など、戦災の罹災者(りさいしゃ)支援で、本邦とラクリマリスやアミトスチグマを行き来する者が多い。

 今朝の朝刊を止めたところで、情報の拡散を完全に封じるのは不可能だ。


 大使の言い訳と新聞の発行停止で、時間稼ぎを試みる。

 限られた時間で、どのような声明を出し、火消しをすべきか。


 寝間着姿の議員らも、目が覚めたようだ。あちこちで激しく意見が交わされる。

 ラクエウス議員は、この場で唯一人のキルクルス教徒だ。恐れていた事態が思いの(ほか)早く起き、小さく息を漏らした。


 ……だが、【魔哮砲(まこうほう)】は、今や国民の心の拠り所だ。廃棄するワケにもゆかん。


 現状、アーテル軍の戦闘機や爆撃機を(ことごと)く撃墜する。

 この防空戦力を手放せば、ネーニア島北部だけでなく、ネモラリス島の都市も空襲に晒されるだろう。


 アーテル軍は、【魔哮砲】の攻撃を防ぐ直接の手段を持たない。

 それ(ゆえ)、ここしばらくは空襲が止んだのだ。出撃すればする程、自軍の損害が拡大する。当然の対応だ。


 ……それで、情報戦に転じおったか。小癪(こしゃく)な。


 このまま手を(こまぬ)けば、ネモラリス共和国が国際的に孤立してしまう。

 情報源は、「アーテル政府情報筋の談話」とあるが、信憑性はいかばかりか。


 ラクエウス議員は【魔哮砲】がどのような兵器か、知らされなかった。

 魔術の知識が乏しく、説明されたところで理解できないかもしれない。


 だが、今、議会の動揺を()の当たりにして、確信した。

☆「この大空をみつめて」……「0115.昔の音の部屋」「0168.図書館で勉強」「0178.やさしき降雨」「0220.追憶の琴の音」参照

☆「ネモラリス軍、魔法生物を兵器利用」の記事……インターネットが先「0203.外国の報道は」「0204.難民キャンプ」、ラジオ「238.荷台の片付け」、新聞「240.呪医の思い出」参照

☆アミトスチグマ王国駐在のイーニー大使が「【魔哮砲】は使い魔である」と反論……「0204.難民キャンプ」参照

☆アーテル軍の戦闘機や爆撃機を(ことごと)く撃墜……「0136.守備隊の兵士」「0221.新しい討伐隊」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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