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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0240.呪医の思い出

 「オリョールさんがね、手が空いた今の内にって……」



 治療が一段落した呪医セプテントリオーは、老婦人に手を引かれ、庭園の片隅に案内された。小さな畑が作られ、数種類の薬草が植わる。

 オリョールは、呪医と葬儀屋を案内した若い警備員だ。

 セプテントリオーは、以前から製薬会社の警備員と顔見知りだが、ランテルナ島の隠れ家に来るまで、呼称すら知らなかった。


 「私は【思考する(フクロウ)】の術を知らないんです」

 「ん? あぁ、そうですか。まぁ、場所だけでも覚えて下さいな」

 呪医を引っ張って来た老婦人は、肩を落としてそれだけ言うと、庭園の石畳をとぼとぼ引き返した。



 セプテントリオーは屋敷に戻らず、薬草畑の間をゆっくり歩いた。

 何種類かは、見覚えのある薬草だ。生憎、これで魔法薬を作る呪文は知らない。

 セプテントリオーが修めた【青き片翼】学派の医術は薬を用いず、主に外傷を癒す魔法だ。


 呪医でも【飛翔する(フクロウ)】学派なら、術と薬を併用して傷と病を癒す為、薬に詳しい者が多い。

 老婦人はそれを期待したのだろう。

 セプテントリオーは何となく申し訳なくなった。


 ……【思考する(フクロウ)】の薬師(くすし)が居ないのに何故、こんなに薬草を育てるのだ?


 疑問が頭をかすめたが、すぐ自分で否定する。きっと、他の場所に仲間の薬師が居るのだろう。



 この隠れ家には、魔法薬では治療が間に合わない重傷者だけが集められる。患者は、初日に案内された部屋以外にも居たが、既に事切れた者も何人かあった。


 警備員オリョールたちが遺体を庭園に運び、後は葬儀屋アゴーニに任せた。


 亡くなった有志は【魔道士の涙】となって、邸内に戻される。

 一人一人色が異なる小さな結晶は、内部に凝縮した魔力で淡く輝く。

 死して尚、アーテル共和国との戦いに投じられる。内に宿した魔力が尽き、砕け散るその時まで……


 セプテントリオーは、この隠れ家に来たほんの数日で、軽傷者も含めて五十人以上を癒した。

 アゴーニが弔い、【涙】に変えた者も十数人。アーテル領内での破壊工作は、ネモラリス人有志にとって、かなり厳しい状況らしい。


 これだけ死傷者を出しても、現在、それ以上に多くの有志が作戦行動にあたるらしい。


 有志の多くは力ある民で、何らかの学派の術を修めた魔法使いだ。

 日々の家事などに使う【霊性の鳩】学派の術でさえ、使い方を工夫すれば、恐ろしい殺傷力を発揮する。


 半世紀の内乱では、【飛翔する(タカ)】学派の軍人や警察官、その退職者などの指導で、主婦や子供たちまで戦いに身を投じた。

 セプテントリオー自身も今回の戦争に先立つテロに遭った際、掃除や食器洗いなどに使う【操水】の術でテロリストを捕えた。


 それにも関わらず、建前上は「力なき民のキルクルス教国」の科学文明国アーテルで、苦戦を強いられる。

 普通に考えれば、破壊工作の後、【跳躍】で速やかに現場を離脱すれば、有志側はこんなに多くの死傷者を出さずに済む筈だ。


 ランテルナ島に隔離された魔法使いたちは、アーテルの圧政に苦しめられたのではなかったのか。

 有志に呼応するどころか、アーテル政府の言いなりになり、彼らの戦いを妨害するのだろうか。

 だが、それなら、有志たちはこの隠れ家に【跳躍】除けの結界などを施して、魔法使いの侵入を防ぐだろう。敵に魔法使いが居るなら、すぐに見つかって拠点を潰されてしまう。


 ……どうして……? いや、一体、彼らはどんな破壊工作を?


 有志は、呪医セプテントリオーたちが、クブルム山脈北側に広がるレサルーブの森で鬱々とする間、再三に(わた)って支援要請に来た。

 こんな状況だから、呪医と葬儀屋を必死に説得したのだ。


 空襲後、森で過ごした日々と、半世紀の内乱中に送った避難生活の記憶が交錯する。



 長命人種のセプテントリオーは、既に外見年齢の十倍近い歳月を生きた。かれこれ四百年以上経つ。


 半世紀の内乱が始まって間もない頃、女神パニセア・ユニ・フローラの眷族……湖の民であると言うだけで、親族を全て殺された。

 セプテントリオー唯一人が生き残ったのは、家族の(もと)を離れて医療産業都市クルブニーカに居たからだ。

 その街も内乱末期には焼かれ、命からがら森へ逃げ、何とか生き延びた。

 少なくとも力なき民は、魔物や魔獣が棲む森までは、深追いしなかった。


 セプテントリオーは今回の戦争でも、レサルーブの森に助けを求めた。

 共に避難した多くの人は、空襲が一旦落ち着くと、都市部へ移動したが、セプテントリオーは街に戻る気になれなかった。


 何故、葬儀屋アゴーニが傍に居てくれるのか、尋ねたことはない。

 同じ湖の民だからだろうか。



 半世紀の内乱中は、魔術や力ある民を「()しきもの」と看做(みな)すキルクルス教徒だけでなく、同じフラクシヌス教徒からも身を隠さねばならなかった。陸の民が主体の「秦皮(トネリコ)の枝党」は、湖の民を中心とする「湖水の光党」と対立した。


 岩山の守護神スツラーシなど、他の神々の信者は少数派だ。

 半世紀の内乱中、その声は黙殺されるか、二大宗派のいずれかに(くみ)せよと強要され、弾圧もされた。


 主神派と女神派。


 宗派争いは、そのまま政党間の抗争でもあり、人種差別に直結した。

 内乱以前から、陸の民にも湖の女神パニセア・ユニ・フローラの信者は居る。反対に、湖の民にも主神フラクシヌスを奉じる者が居た。

 少数派は、それぞれの人種・宗派から「裏切り者」の烙印を()され、真っ先に弾圧を受けた。彼らは緑の髪を大地の色、大地の色の髪を緑に染め、懸命に信仰を守ろうとした。


 緑髪のセプテントリオーは湖の民だ。

 主神フラクシヌスよりも、湖の女神パニセア・ユニ・フローラへの信仰が(あつ)い。だが、それを理由に陸の民や、主神を奉じる人々を排除する気はなかった。


 命の重さは、信じる神とは無関係だ。


 民族自決思想が広まる以前は、人種やどの神を信仰するかに関係なく、人々はフラクシヌス教の祭を楽しんだ。

 セプテントリオーも、女神と旱魃(かんばつ)の龍の戦いを再現した「青琩祭(せいぼうさい)」だけでなく、主神の長久を祈る「樫祭(かしまつり)」や、岩山の守護神の山を巡る「高き頂祭(いただきさい)」にも、何の屈託もなく参加した。

 キルクルス教の祭には関心がなく、近所に住む異教徒とは、互いに干渉せずに過ごした。キルクルス教徒は呪医を訪れない為、共和制移行に際して軍医の職を辞した後は、ほぼ接点がなかった。


 ……国がみっつに分かれて、信仰が分かれたから……


 ネモラリス共和国は主に湖の女神、ラクリマリス王国は主神を奉じる。両国は分裂後も、同じフラクシヌス教国として友好関係を保った。どちらも、アーテル共和国を仮想敵国と看做(みな)す。



 それぞれの国で、少数派となった宗派を保護した。

 半世紀の内乱中は血を流しあったにも関わらず、今では何事もなかったかのように互いの信仰を尊重する。

 だがそれは、半世紀の内乱以前にあった「無邪気な宗派間交流」ではない。


 キルクルス教国アーテルと言う共通の敵に対抗する為の「宗教同盟」だったと思い知らされた。

 現に、ネモラリス人の有志は、陸の民と湖の民が混在する。



 呪医セプテントリオーは大きく息を吐き出し、胸に溜まった鬱々とした気分を追い出した。


 ……今は、余計なことを考えず、治療に専念しよう。


 有志の傷は、銃創と、爆発に巻き込まれ、破片の直撃を受けたものが多かった。

 破片を取り除くだけでも、大変な手間が掛かる。

 体表に露出した破片なら、素人でも取れそうだが、それがなかなか、そうはゆかない。うっかり血管を傷付け、大出血を招く(おそ)れがある。


 ……もっと、破片を防ぐ防具を調達できないのか? せめて、呪符くらいは。


 警備員オリョールは、それらを作り得る【編む葦切(ヨシキリ)】や【飛翔する(タカ)】学派の仲間も居ると言ったが、材料が足りないのだろうか。



 「呪医(せんせい)ーッ! 大変だーッ!」

 葬儀屋アゴーニが石畳を駆けてくる。


 「どうしました?」

 「ちょっとこいつを見てくれッ!」

 患者の到着ではないらしい。アゴーニは手にした新聞を広げ、セプテントリオーに突きつけた。


 国際面のトップで、「ネモラリス軍、魔法生物を兵器利用」との見出しが躍っていた。

☆老婦人……「0228.有志の隠れ家」参照

☆オリョールは、呪医と葬儀屋を案内した若い警備員/レサルーブの森で鬱々とする間……「0216.説得を重ねる」「0228.有志の隠れ家」参照

☆初日に案内された部屋……「0228.有志の隠れ家」参照

☆【霊性の鳩】学派の術でさえ、使い方を工夫すれば、恐ろしい殺傷力を発揮……例「0012.真名での遺言」参照

☆セプテントリオー自身も(中略)【操水】の術でテロリストを捕えた……「0013.星の道義勇軍」参照

☆医療産業都市クルブニーカ……「0191.針子への疑念」「0192.医療産業都市」参照

☆陸の民が主体の「秦皮(トネリコ)の枝党」は、湖の民を中心とする「湖水の光党」と対立……「0059.仕立屋の店長」参照

☆緑の髪を大地の色、大地の色の髪を緑に染め……「0005.通勤の上り坂」参照

☆女神と旱魃(かんばつ)の龍の戦い……「0230.組合長の屋敷」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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