0239.間接的な報道
「アミトスチグマに本社を置く湖南経済新聞の報道では、アーテル軍が人工衛星の画像を解析した結果、【魔哮砲】と呼ばれるネモラリス軍の兵器が、魔法生物であると断定したとのことです。詳しい情報が入り次第、追ってお知らせします。さて、次のニュースです」
次に流れたのは、他愛ないニュースだが、誰も聞いていなかった。
……魔法生物?
不吉な言葉に頭が真っ白になる。
ロークがラジオの電源を切ると、重苦しい沈黙が場を支配した。
ザカート隧道を南へ抜けた朝、タブレット端末でもそのニュースを読んだ。
ソルニャーク隊長が、共通語の記事を湖南語訳して聞かせ、その時はみんな、何かの間違いだろうと思った。いや、難民キャンプの有無や、難民向けの生活情報の収集に必死で、半分聞き流したのだ。
あの日のニュースでは、アミトスチグマ駐在のネモラリス大使が、「使い魔である」とアーテルの発表を否定した。
ここ、ラクリマリス王国のラジオニュースでは、ネットより具体的な内容が報道される。
……ってことは、つまり、マジってこと?
魔術の知識が、ファーキルの脳裡を脈絡もなく駆け巡る。
アーテル共和国の実家に居た頃、インターネットの検閲を掻い潜って違法に接続したサイトで得た情報だ。
情報源は、アルトン・ガザ大陸で唯一の魔法文明国ディアファナンテ。その国に本部を置く魔法使いの互助組合「蒼い薔薇の森」の公式サイトだ。
雑多な知識の渦から、魔法生物について思い出す。
各地の神話が伝える【三界の魔物】は、アルトン・ガザ大陸で生みだされた。
当時の魔法文明国同士の戦争で、兵器として開発された魔法生物だ。
実戦投入された魔法生物兵器【三界の魔物】は、予想外の速度で異常増殖したと伝えられる。そして、軍の制御を離れ、多くの国を滅ぼし、このチヌカルクル・ノチウ大陸にも押し寄せた。
人々は長い年月を掛け、【三界の魔物】に対抗できる武器【退魔の魂】を創り出す。
多くの犠牲を払い、無数とも思える【三界の魔物】を地道に倒し、最後の一体をラキュス湖北地方に封印した。
その年が、封印暦の紀元元年だ。
現在も世界共通の暦として、その国の宗教に関係なく使われる。
再び【三界の魔物】の惨禍を招かぬよう、魔法生物の製造に規制が設けられた。
弾圧などもあり、【深淵の雲雀】学派を学んで魔法生物を創る者が次第に減る。最後の術者の家系が、このラキュス湖南地方に居住したらしいが、それも五百年程前に絶えたと伝わる。
「……遺跡から発掘したってことですよね?」
何故か、ファーキルの声が震えた。
ネモラリス軍が何をどうしようと、アーテル人の自分には関係ない筈だ。なのに何故、こんな言葉を口にして、それに怯えるのか。
「人工衛星から見たって?」
「アーテルは科学文明国だ。ちょっと写真見ただけで、それが何かわかるって言うコト自体、おかしくないか?」
レノ店長とクルィーロが、顔を見合わせて互いに首を傾げる。女の子たちは、兄の遣り取りを不安な眼差しで見守った。
……そっか、そうだよな。写真だけで「この人が力ある民か、力なき民か、見分けました」って言うようなもんだよな。
「魔法の人形でも、生き物のような姿に作れますからね」
アウセラートルが、傍の石像に歩み寄り、台座をポンと叩く。
「このガーゴイルは石ですが、幻術でそれらしくすれば、きっと生き物に見えるでしょう」
商業組合長の甥アウセラートルも、アーテルの談話をやんわり否定した。
戦争とは無関係なラクリマリス人が、わざわざ否定するのは、客人であるネモラリス人に気を遣ったからか。
……それとも、このごつい兄ちゃんでも、怖いのか?
「それより、ラジオの把手を弁償しなければなりませんね」
アウセラートルは丁重に謝罪し、燃料の種類を聞いた。運転手のメドヴェージが答え、レノ店長が量を相談をする。
ファーキルは彼らの交渉を聞きながら、庭に配置されたガーゴイルを見上げた。
石の台座はアウセラートルの肩の高さだ。上に魔物の石像が座る。
胴や手足は人間に似た形だが、全体が鱗に覆われ、鋭い鉤爪がある。背中に蝙蝠の皮膜を広げ、鰐に似た頭部には鋭い角があった。
仮初めの生命を与えられた魔法仕掛けの石像だ。
予め与えられた命令に従って動く。この庭にあるのは、恐らく不法侵入者の排除用だろう。
ガーゴイルなどの魔法の人形なら、壊せばそれで終わりだ。
だが、三界の魔物は違う。
この地方は、最後まで【深淵の雲雀】学派の魔法使いが存続した。
遺跡の奥でひっそり眠る「未使用で封印された正規品の魔法生物」が発見され、時々ニュースになる。
大抵は、どこかの大学や研究機関が引き取る。
封印の解除や魔法生物の制御には、膨大な魔力が必要だ。未開封のまま調べ、悪用されないよう、遺跡が属する国家が厳重に保管する。
キルクルス教国のアーテルやラニスタなら「悪しきモノ」として、破壊するか、それが無理なら地中深く埋めてしまう。
……使い魔が、遺跡から発掘した魔法生物だったからって、何が悪いんだ?
三界の魔物の惨禍の後、規制に従って作られた魔法生物には、三界の魔物のような増殖能力も戦闘力も付与されない。
……あれっ? 戦闘力……?
ファーキルは、気付いてはいけないコトに気付いてしまった気がした。
鼓動が不吉に跳ね上がり、思わず胸を押さえる。
……いや、いくらなんでも、そんな、バカなコト……さっき、クルィーロさんも言ったじゃないか。科学文明国のアーテル人が、見てもわかるワケないって。
きっと【魔哮砲】はゴーレムの一種なのだろう。もしかすると、異界から召還した魔物を使い魔として使役するのかも知れないが、これはどこの国でも特に禁止されない。
この地域では、アーテルは少数派のキルクルス教国だ。
隣のラニスタ以外の友好国の大部分は、遠く鯨大洋の大海原を隔てたアルトン・ガザ大陸にある。
嘘でも「ネモラリスは、武力を付与した魔法生物を使用した」と言えば、ネモラリスが国際的に孤立する。少なくとも、疑念は生じさせられる。
……ズルい手だよな。
そもそも、魔法生物の製法を記す魔道書は、遠い昔に焚書され、【深淵の雲雀】学派の魔法使いは、その術を口伝した。
だから、最後の継承家系が絶えてからは、一体も製造されない。いや、できなくなった。
誰かが大昔に禁を犯して造り、密かに封印したモノを発掘したのだろうか。
……いや、俺までそんな情報操作に乗せられてどうすんだよ。
ファーキルは、アーテル共和国の虚妄にまみれた社会がイヤで飛び出したのだ。
耳に残るアナウンサーの声を振り払うように首を振り、天を仰いだ。




