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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0239.間接的な報道

 「アミトスチグマに本社を置く湖南経済新聞の報道では、アーテル軍が人工衛星の画像を解析した結果、【魔哮砲(まこうほう)】と呼ばれるネモラリス軍の兵器が、魔法生物であると断定したとのことです。詳しい情報が入り次第、追ってお知らせします。さて、次のニュースです」

 次に流れたのは、他愛ないニュースだが、誰も聞いていなかった。


 ……魔法生物?


 不吉な言葉に頭が真っ白になる。

 ロークがラジオの電源を切ると、重苦しい沈黙が場を支配した。


 ザカート隧道(トンネル)を南へ抜けた朝、タブレット端末でもそのニュースを読んだ。

 ソルニャーク隊長が、共通語の記事を湖南語訳して聞かせ、その時はみんな、何かの間違いだろうと思った。いや、難民キャンプの有無や、難民向けの生活情報の収集に必死で、半分聞き流したのだ。


 あの日のニュースでは、アミトスチグマ駐在のネモラリス大使が、「使い魔である」とアーテルの発表を否定した。

 ここ、ラクリマリス王国のラジオニュースでは、ネットより具体的な内容が報道される。


 ……ってことは、つまり、マジってこと?


 魔術の知識が、ファーキルの脳裡(のうり)を脈絡もなく駆け巡る。

 アーテル共和国の実家に居た頃、インターネットの検閲を()(くぐ)って違法に接続したサイトで得た情報だ。

 情報源は、アルトン・ガザ大陸で唯一の魔法文明国ディアファナンテ。その国に本部を置く魔法使いの互助組合「蒼い薔薇の森」の公式サイトだ。



 雑多な知識の渦から、魔法生物について思い出す。

 各地の神話が伝える【三界(さんかい)の魔物】は、アルトン・ガザ大陸で生みだされた。

 当時の魔法文明国同士の戦争で、兵器として開発された魔法生物だ。


 実戦投入された魔法生物兵器【三界の魔物】は、予想外の速度で異常増殖したと伝えられる。そして、軍の制御を離れ、多くの国を滅ぼし、このチヌカルクル・ノチウ大陸にも押し寄せた。


 人々は長い年月を掛け、【三界の魔物】に対抗できる武器【退魔の魂】を創り出す。

 多くの犠牲を払い、無数とも思える【三界の魔物】を地道に倒し、最後の一体をラキュス湖北地方に封印した。


 その年が、封印暦の紀元元年だ。

 現在も世界共通の暦として、その国の宗教に関係なく使われる。


 再び【三界の魔物】の惨禍を招かぬよう、魔法生物の製造に規制が設けられた。

 弾圧などもあり、【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派を学んで魔法生物を創る者が次第に減る。最後の術者の家系が、このラキュス湖南地方に居住したらしいが、それも五百年程前に絶えたと伝わる。



 「……遺跡から発掘したってことですよね?」

 何故か、ファーキルの声が震えた。

 ネモラリス軍が何をどうしようと、アーテル人の自分には関係ない筈だ。なのに何故、こんな言葉を口にして、それに怯えるのか。


 「人工衛星から見たって?」

 「アーテルは科学文明国だ。ちょっと写真見ただけで、それが何かわかるって言うコト自体、おかしくないか?」

 レノ店長とクルィーロが、顔を見合わせて互いに首を傾げる。女の子たちは、兄の遣り取りを不安な眼差しで見守った。


 ……そっか、そうだよな。写真だけで「この人が力ある民か、力なき民か、見分けました」って言うようなもんだよな。


 「魔法の人形(ゴーレム)でも、生き物のような姿に作れますからね」

 アウセラートルが、傍の石像に歩み寄り、台座をポンと叩く。


 「このガーゴイルは石ですが、幻術でそれらしくすれば、きっと生き物に見えるでしょう」

 商業組合長の甥アウセラートルも、アーテルの談話をやんわり否定した。

 戦争とは無関係なラクリマリス人が、わざわざ否定するのは、客人であるネモラリス人に気を遣ったからか。


 ……それとも、このごつい兄ちゃんでも、怖いのか?


 「それより、ラジオの把手(とって)を弁償しなければなりませんね」

 アウセラートルは丁重に謝罪し、燃料の種類を聞いた。運転手のメドヴェージが答え、レノ店長が量を相談をする。



 ファーキルは彼らの交渉を聞きながら、庭に配置されたガーゴイルを見上げた。

 石の台座はアウセラートルの肩の高さだ。上に魔物の石像が座る。

 胴や手足は人間に似た形だが、全体が鱗に覆われ、鋭い鉤爪がある。背中に蝙蝠の皮膜を広げ、(ワニ)に似た頭部には鋭い角があった。


 仮初(かりそ)めの生命を与えられた魔法仕掛けの石像だ。

 (あらかじ)め与えられた命令に従って動く。この庭にあるのは、恐らく不法侵入者の排除用だろう。

 ガーゴイルなどの魔法の人形(ゴーレム)なら、壊せばそれで終わりだ。


 だが、三界(さんかい)の魔物は違う。


 この地方は、最後まで【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派の魔法使いが存続した。

 遺跡の奥でひっそり眠る「未使用で封印された正規品の魔法生物」が発見され、時々ニュースになる。


 大抵は、どこかの大学や研究機関が引き取る。

 封印の解除や魔法生物の制御には、膨大な魔力が必要だ。未開封のまま調べ、悪用されないよう、遺跡が属する国家が厳重に保管する。

 キルクルス教国のアーテルやラニスタなら「()しきモノ」として、破壊するか、それが無理なら地中深く埋めてしまう。


 ……使い魔が、遺跡から発掘した魔法生物だったからって、何が悪いんだ?


 三界(さんかい)の魔物の惨禍の後、規制に従って作られた魔法生物には、三界の魔物のような増殖能力も戦闘力も付与されない。


 ……あれっ? 戦闘力……?


 ファーキルは、気付いてはいけないコトに気付いてしまった気がした。

 鼓動が不吉に跳ね上がり、思わず胸を押さえる。


 ……いや、いくらなんでも、そんな、バカなコト……さっき、クルィーロさんも言ったじゃないか。科学文明国のアーテル人が、見てもわかるワケないって。


 きっと【魔哮砲】はゴーレムの一種なのだろう。もしかすると、異界から召還した魔物を使い魔として使役するのかも知れないが、これはどこの国でも特に禁止されない。



 この地域では、アーテルは少数派のキルクルス教国だ。

 隣のラニスタ以外の友好国の大部分は、遠く鯨大洋(げいたいよう)の大海原を隔てたアルトン・ガザ大陸にある。


 嘘でも「ネモラリスは、武力を付与した魔法生物を使用した」と言えば、ネモラリスが国際的に孤立する。少なくとも、疑念は生じさせられる。


 ……ズルい手だよな。


 そもそも、魔法生物の製法を記す魔道書は、遠い昔に焚書(ふんしょ)され、【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派の魔法使いは、その術を口伝(くでん)した。

 だから、最後の継承家系が絶えてからは、一体も製造されない。いや、できなくなった。

 誰かが大昔に禁を犯して造り、密かに封印したモノを発掘したのだろうか。


 ……いや、俺までそんな情報操作に乗せられてどうすんだよ。


 ファーキルは、アーテル共和国の虚妄にまみれた社会がイヤで飛び出したのだ。

 耳に残るアナウンサーの声を振り払うように首を振り、天を仰いだ。

☆タブレットでもそのニュースを読んだ……「0203.外国の報道は」参照

☆アーテル人の自分……「0162.アーテルの子」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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