0238.荷台の片付け
食器が全て片付けられ、代わりに食後のお茶が運ばれる。
給仕が優雅な所作で茶を淹れ、恭しくお辞儀して退室した。
移動販売店見落とされた者の一行と、アウセラートルだけになった途端、誰からともなく溜め息が漏れた。
お茶は、ロークも実家で飲んだことがある。確か、気持ちを鎮める効果のある香草茶だ。
先程の食器同様、見事な細工の施された茶器をそっと持ち上げ、香気を胸いっぱいに吸い込む。
薬効だけでなく、知っている味にホッとした。
「皆様の本日のご予定は……?」
アウセラートルが問い、レノ店長が口を開く。
ロークは、お茶で弛んだ気持ちを引き締めて耳を傾けた。
「予定は潰れました」
「……申し訳ございません」
アウセラートルが、ごつい身体をふたつに折って食卓に平伏する。レノ店長は構わず、言葉を続けた。
「あんな状態では、広場で商売できません。今日は荒らされた荷台の整理しかできませんよ」
レノ店長の落ち着いた声には、静かな怒りが滲む。エランティスが、大地の色をした瞳を潤ませ、兄の顔を見上げた。店長の視線は、上座で恐縮するアウセラートルに注がれたままだ。
アウセラートルが再び、頭を下げる。
「誠に申し訳ございません。壊れた物がございましたら、当方で弁償致します」
「でも、機械類だったら、どうしようもないでしょう?」
クルィーロが口を挟む。
アウセラートルは顔を上げ、工場のツナギを着た金髪の青年に視線を注いだ。
「点検してみないとわかりませんから、今はまだ何とも言えませんよ」
クルィーロは肩を竦めた。
レノ店長が、工員の言葉の後を続ける。
「もし、何か機械が壊れていたら、その分はトラックの燃料で弁償して下さい。ムダに走り回らされたんですから」
アウセラートルは快諾し、一行はさっそく庭に出た。
トラックは、庭に設えられた薔薇園の傍のちょっとした広場に停めてある。
運転手のメドヴェージが荷台を開け、改めて溜め息を吐いた。
「……取敢えず、手前から順番に出そう」
レノ店長の指示で、まず長机を降ろした。
バリケードにしたが、あっさり乗り越えられ、大勢に踏みつけられた。
金属製の足がひしゃげ、斜めに歪む。
「まず、机がふたつ、ダメですね」
「申し訳ございません」
レノ店長が静かな声で言うと、厳つい大男のアウセラートルが小さくなり、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
段ボールとゴミ袋で作った簡易バケツが踏み破られ、荷台は水浸し。水を吸った布団は足跡だらけだ。
クルィーロが【操水】の術で布団から水を抜き、メドヴェージと少年兵モーフが荷台から下ろした。
「破れてんぞ」
メドヴェージの指摘にも、アウセラートルは恐縮した。
針子のアミエーラが、モーフの肩越しにひょいっと覗いて呟く。
「このくらいなら、私が……あ、針と糸が……」
「いかが致しましょう? 当家の針子に作業させますが」
アウセラートルが、レノ店長とアミエーラを見る。
少年兵モーフが布団をひっくり返し、アミエーラに裏も見せる。
「ねーちゃん、どうする?」
「破れたのはここだけみたいね。直せばまだまだ使えるわ」
アミエーラは布団の状態を確認して言った。
「針と糸があれば、この先、服とかの繕い物もできるし、何かしてないと暇ですし……あ、私、蔓草細工もしますけど、本業は針子なんです」
途中でアウセラートルの視線に気付き、自己紹介した。
「では、裁縫用具一式、ご用意致します」
そんな調子で、ひとつずつ確認した結果、小麦粉は袋を踏み破られて全損。水を吸った砂糖もダメになり、ロークのラジオは踏まれて持ち手がへし折れ、交換品でもらったばかりの食器類も、全て割れてしまった。
「人間が無事で済んだのが不思議なくれぇのやられっぷりだな」
「街の人相手に戦えませんし……」
運転手のメドヴェージが呆れて肩を竦めると、ファーキルが青褪めた顔で首を横に振った。
……あ、そっか。この子、力なき民だけど、ラクリマリス人だから、何か護身用の魔法の道具とか持ってるんだ。
ロークはラジオに電池を入れながら、ファーキルの素性を思い出した。もしかしたら、それを使ってみんなを守ってくれたのかもしれない。
荷台へ雪崩れ込んだ群衆にもみくちゃにされたことを思い出し、ロークは肌が粟立った。
電源を入れると、ラジオがノイズを拾う。アウセラートルの顔が引き攣った。
ロークは、慎重にチャンネルのツマミを回す。不意にロークの知らない帯域の放送を受信し、朝のニュースが流れた。
「……ラリス軍が、魔法生物を用いた兵器で陸上の魔獣を倒した』との報道がありました。アーテル政府の情報筋による談話で、詳細は不明です」
アナウンサーの声が、淡々と原稿を読み上げるのは、魔法文明に偏重した両輪の国でも同じだった。
☆あんな状態/バリケードにした……「0235.薬師は居ない」「0236.迫りくる群衆」参照




