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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0238.荷台の片付け

 食器が全て片付けられ、代わりに食後のお茶が運ばれる。

 給仕が優雅な所作で茶を淹れ、(うやうや)しくお辞儀して退室した。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行と、アウセラートルだけになった途端、誰からともなく溜め息が漏れた。



 お茶は、ロークも実家で飲んだことがある。確か、気持ちを鎮める効果のある香草茶だ。

 先程の食器同様、見事な細工の施された茶器をそっと持ち上げ、香気を胸いっぱいに吸い込む。

 薬効だけでなく、知っている味にホッとした。


 「皆様の本日のご予定は……?」

 アウセラートルが問い、レノ店長が口を開く。

 ロークは、お茶で弛んだ気持ちを引き締めて耳を傾けた。


 「予定は潰れました」

 「……申し訳ございません」

 アウセラートルが、ごつい身体をふたつに折って食卓に平伏する。レノ店長は構わず、言葉を続けた。


 「あんな状態では、広場で商売できません。今日は荒らされた荷台の整理しかできませんよ」

 レノ店長の落ち着いた声には、静かな怒りが滲む。エランティスが、大地の色をした瞳を潤ませ、兄の顔を見上げた。店長の視線は、上座で恐縮するアウセラートルに注がれたままだ。


 アウセラートルが再び、頭を下げる。

 「誠に申し訳ございません。壊れた物がございましたら、当方で弁償致します」

 「でも、機械類だったら、どうしようもないでしょう?」

 クルィーロが口を挟む。


 アウセラートルは顔を上げ、工場のツナギを着た金髪の青年に視線を注いだ。

 「点検してみないとわかりませんから、今はまだ何とも言えませんよ」

 クルィーロは肩を(すく)めた。

 レノ店長が、工員の言葉の後を続ける。

 「もし、何か機械が壊れていたら、その分はトラックの燃料で弁償して下さい。ムダに走り回らされたんですから」

 アウセラートルは快諾し、一行はさっそく庭に出た。



 トラックは、庭に(しつら)えられた薔薇園の傍のちょっとした広場に停めてある。

 運転手のメドヴェージが荷台を開け、改めて溜め息を()いた。


 「……取敢えず、手前から順番に出そう」

 レノ店長の指示で、まず長机を降ろした。

 バリケードにしたが、あっさり乗り越えられ、大勢に踏みつけられた。

 金属製の足がひしゃげ、斜めに歪む。


 「まず、机がふたつ、ダメですね」

 「申し訳ございません」

 レノ店長が静かな声で言うと、厳つい大男のアウセラートルが小さくなり、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


 段ボールとゴミ袋で作った簡易バケツが踏み破られ、荷台は水浸し。水を吸った布団は足跡だらけだ。

 クルィーロが【操水】の術で布団から水を抜き、メドヴェージと少年兵モーフが荷台から下ろした。


 「破れてんぞ」

 メドヴェージの指摘にも、アウセラートルは恐縮した。

 針子のアミエーラが、モーフの肩越しにひょいっと覗いて呟く。

 「このくらいなら、私が……あ、針と糸が……」

 「いかが致しましょう? 当家の針子に作業させますが」

 アウセラートルが、レノ店長とアミエーラを見る。


 少年兵モーフが布団をひっくり返し、アミエーラに裏も見せる。

 「ねーちゃん、どうする?」

 「破れたのはここだけみたいね。直せばまだまだ使えるわ」

 アミエーラは布団の状態を確認して言った。


 「針と糸があれば、この先、服とかの繕い物もできるし、何かしてないと暇ですし……あ、私、蔓草(つるくさ)細工もしますけど、本業は針子なんです」

 途中でアウセラートルの視線に気付き、自己紹介した。

 「では、裁縫用具一式、ご用意致します」



 そんな調子で、ひとつずつ確認した結果、小麦粉は袋を踏み破られて全損。水を吸った砂糖もダメになり、ロークのラジオは踏まれて持ち手がへし折れ、交換品でもらったばかりの食器類も、全て割れてしまった。



 「人間が無事で済んだのが不思議なくれぇのやられっぷりだな」

 「街の人相手に戦えませんし……」

 運転手のメドヴェージが呆れて肩を(すく)めると、ファーキルが青褪(あおざ)めた顔で首を横に振った。


 ……あ、そっか。この子、力なき民だけど、ラクリマリス人だから、何か護身用の魔法の道具とか持ってるんだ。


 ロークはラジオに電池を入れながら、ファーキルの素性を思い出した。もしかしたら、それを使ってみんなを守ってくれたのかもしれない。

 荷台へ雪崩れ込んだ群衆にもみくちゃにされたことを思い出し、ロークは肌が粟立った。


 電源を入れると、ラジオがノイズを拾う。アウセラートルの顔が引き攣った。

 ロークは、慎重にチャンネルのツマミを回す。不意にロークの知らない帯域の放送を受信し、朝のニュースが流れた。


 「……ラリス軍が、魔法生物を用いた兵器で陸上の魔獣を倒した』との報道がありました。アーテル政府の情報筋による談話で、詳細は不明です」


 アナウンサーの声が、淡々と原稿を読み上げるのは、魔法文明に偏重した両輪(りょうりん)の国でも同じだった。

☆あんな状態/バリケードにした……「0235.薬師は居ない」「0236.迫りくる群衆」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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