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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日

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0024.断片的な情報

 アウェッラーナが、壺を全て傷薬で満たして顔を上げる。

 目の前に市民病院の事務長が立っていた。市民からの差し入れだと言って、潰れたコッペパンを手渡される。

 差し入れをもらうまで、自分の空腹に気付かなかった。礼を言って受け取った途端、アウェッラーナの腹が鳴る。

 鞄の中に水筒があるのを思い出した。

 昼の残りのお茶はすっかり冷めていたが、何もないよりマシだ。理論上はキレイだとは言え、死体から抜き取った水を飲みたいとは思わない。


 次に空容器が来るまで、束の間の休息を取る。

 事務長は、呪医と他の薬師(くすし)、看護師にも配っていた。どうやら、魔法使い優先らしい。科学の薬剤師と看護師には、まだ行き渡っていない。


 潰れて固くなったパンを噛み締める。香ばしさで胃が更に空腹を訴えた。

 ゆっくり噛んでお茶で流し込む。ふやければ、少しは空腹感も紛れるだろう。


 病院の厨房は、手榴弾とダイナマイトで破壊され、食糧も台無しになった。

 テロリストは、火災を狙って厨房を襲ったのかもしれないが、【耐火】の術に守られ、爆風で設備をやられただけで済んだ。

 誰かが、警察の食堂は無事らしいと言ったのを聞いた気がするが、炊き出しも食糧の配布もない。


 情報がなく、今、何が起こっているのかわからない。

 父以外の家族が、どこでどうしているのか知らない。

 食事にありつけるのが、次はいつなのかわからない。

 ここで治療の手伝いをしているが、これは最善の行動なのか。


 何もわからないまま、目の前の作業に追われる。

 空になった壺が戻って来た。材料はまだまだある。ここの怪我人の分は充分、(まかな)える量だ。それだけは安心できた。


 ……魔装警官じゃなくても、警察の人はちゃんと戦えるのね。事務長さんや市民の人たちも戦いの術が使えるみたいだし、不意打ちじゃなきゃ大丈夫。


 できることがある、することがある、怪我人を助けられる、守ってくれる人が居る。自分を安心させながら、【思考する(フクロウ)】学派の傷薬を作る呪文を唱えた。


 「元は根を張る仲間たち 土に根を張る仲間たち 油ゆらゆら たゆたい馴染め

  緑の仲間と生命結(いのちゆ)い 溶け合い結ぶ生命の緒

  (もと)はひとつの生命の根 結び留めよ 現世(うつよ)の内に」

 アウェッラーナの手の中で【魔道士の涙】が力を出し切り、次々と砕け散る。


 疲労困憊(ひろうこんぱい)で思考が回らない。

 疲れ切っているのに、休みたいと思えなかった。


 【簡易結界】の外は、定かな形を持たない雑多な妖魔でいっぱいだ。

 溶け崩れた虫のようなモノ、ヒトに似たモノ、獣と植物を混ぜたようなモノ、他の何にも似ていないモノ……これだけ数が居ると、個体の境界も曖昧で、何匹いるのかさえわからない。

 湖の民や力ある陸の民にあっさり蹴散(けち)らされる。

 衣服に縫い取りされた【魔除け】の術の力だろう。魔法使いが通ると、そこだけ雑妖の塊が避けて道ができる。


 雑妖は、定まった形も大した力も持たない。

 陽の光を浴びれば消えてしまう。儚い存在だ。魔力を持つ者にとっては、単に目障りなだけだが、力なき民は、雑妖が呼び込むちょっとした不運に(わずら)わされることになる。


 若い看護師が「何か」に(つまず)いて転んだ。傷薬の壺が割れる。

 雑妖は希薄な存在で、物体としての肉体は持たない。それでも、力なき民にとっては脅威になり得る。

 看護師が慌てて身を起こし、破片を拾い集めようとする。

 「あ、いいからいいから。ここはやっとくから、あっちの人、()てやりな」

 葬儀屋が駆け寄る。

 「すみません……」

 「怪我はないか? 空っぽだったし、気にしなくていい」

 駐車場には、手榴弾で飛び散ったガラス片や瓦礫が散乱したままだ。今更、素焼きの壺の破片が増えたところで大差ない。

 看護師が何度も詫びを口にしながら立ち去ると、葬儀屋は足で破片を通路の隅に寄せた。


 「薬師(くすし)さん、使ってくれ」

 葬儀屋が一握りの【魔道士の涙】を差し出す。アウェッラーナは両掌で【涙】を受け取った。

 小さな【涙】の粒が淡い光を放つ。

 十数個の【涙】は、同じ人数の人生そのものだ。

 本物の涙の粒と同じ小さな粒。

 今、手の中に居るのは、十代後半から二十代の若者ばかりのようだ。


 「どうして、こんな若い子ばっかり……」

 「あっちの市立高校に行ったんだ。避難所になってたら薬が要るんじゃねぇかと思ってな」



 薬は要らなかった。

 校舎の焼け跡には、無数の弾痕が穿(うが)たれていた。

 避難所になっていたのを襲撃されたのかもしれない。まだ煙が(くすぶ)っていたが、既に灰は荒らされていた。


 葬儀屋がプールの水で灰を流すと、まだ小粒の【涙】が少し残っていた。

 死者の身内が連れて行ったのか、生存者が身を守る為に持ち去ったのか、テロリストが資源として回収したのか。

 無人の焼け跡に答えはなかった。


 東側には、灯がひとつもない。

 所々明るいのは、まだ燃えている火災だ。

 大部分が避難したのだろう。車のライトもない。

 葬儀屋は、湖の女神に死者の安寧(あんねい)を祈り、【跳躍】して病院に戻った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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