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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0237.豪華な朝食会

 ロークたちは、荷台の惨状を片付ける気力もなく、床に座り込んだ。


 少年兵モーフが、カッターで蔓草(つるくさ)を切って係員室を開ける。女の子たちは泣きながら飛び出した。

 やっと助手席を降りられたクルィーロが、荷台に飛び乗り、声もなく妹のアマナを抱きしめる。


 騎馬警官の先導で、見落とされた者(プラエテルミッサ)の移動販売車は、ドーシチ市商業組合長の屋敷に入った。使用人らしき男性の案内で、見たこともない立派な屋敷に通される。

 薄汚れたロークたちはひどく場違いで、居心地が悪かった。



 案内された先は、豪華な装飾が施されたタイル張りの小部屋だ。

 水を満たした立派な壺があるだけで、他は何もない。トラックの荷台の半分程度の広さで、壺は大人がすっぽり入れそうな大きさだ。

 ロークは、壺の陰にゴミ箱らしき物があるのに気付いた。


 ……何だここ?


 ロークが首を傾げると、ラクリマリス人のファーキルが教えてくれた。

 「お風呂ですよ。魔法が使えないと、水で洗うしかないんですけど……」


 もう何度も、クルィーロとアウェッラーナに洗ってもらったのを思い出した。

 「じゃ、洗うから、順番に並んで」

 「俺は先に洗ってもらったから、いいよ」

 クルィーロが壺の縁に手を掛けると、レノ店長は風呂場から出た。

 みんなは順番待ちの間、トイレも借りる。


 クルィーロがいつもの呪文を唱える。【操水】の術で水を起ち上げ、服と身体をまとめて洗ってくれた。

 人肌よりあたたかいぬるま湯が、汚れと恐怖感を洗い流す。緊張がほぐれて人心地ついた途端、みんなの腹がぐーっと鳴った。



 廊下で控える使用人は、無言で先に立ち、一行を食堂へ案内した。

 使用人が、見事な彫刻の施された扉を開る。長い食卓の上では、豪華な朝食が湯気を立てて待つのが見えた。


 上座の男性が立ち上がり、にこやかに挨拶する。

 「街の者がお騒がせ致しまして恐れ入ります。契約満了まで、当家でごゆるりとお過ごし下さい」


 ……ごゆるりとって、レノさんたち、一体どんな契約したんだ?


 使用人が、戸口で戸惑う一行に着席を促す。

 ロークはおっかなびっくり、芸術品のように立派な椅子に浅く腰掛け、店長のレノを見た。


 「店長さんのご心配が的中しましたようで、誠に申し訳ございません」

 がっしりした体格の男性が、深々と頭を下げて席に着いた。

 レノ店長は、眉間に皺を寄せて小さく顎を引くだけで何も言わない。妹たちは、兄の傍に椅子を寄せ、怯えた目で大柄な男性を見た。


 「申し遅れました。私、この家の親戚の者で、商業組合長の補佐を致しております。アウセラートルとお呼び下さい」

 ラクリマリス人の彼は勿論(もちろん)魔法使いで、分厚い胸板で【渡る白鳥】学派の徽章(きしょう)が揺れる。

 契約や呪いに関する術の専門家だ。この学派には、強制的に約束を守らせる術が多い。

 街の有力者の親戚が、ネモラリス人の行商人にここまで(へりくだ)った態度なのは、一体どんな契約の効果なのか。


 「ご滞在中、ご用の際はなんなりとお申し付け下さい。さあ、冷めないうちにどうぞ」

 促され、ロークは改めて食卓に目を向けた。

 オムレツと温野菜、具がたっぷりのスープ、パン、果物まである。

 白磁の食器は金で縁取られ、草花を意匠化した上品な模様がちりばめてある。一枚一枚が絵画のような逸品だ。


 「あ、あの、アウェッラーナさんたちは?」

 ロークは、少年兵モーフが早速がっつくのを横目に見て、レノ店長に聞いた。

 店長が口を開くより先にアウセラートルが答える。

 「既にお食事を済まされ、別室でお仕事をなさっていらっしゃいます」

 「あっ、そ……そうですか。ありがとうございます」


 レノ店長の険しい顔が気になったが、アウセラートルの前では理由を聞き(にく)い。

 ロークはさっさと食事を済ませ、薬師(くすし)アウェッラーナとソルニャーク隊長に合流すると決めた。


 舌に触れる味は、今まで食べたどんな物より美味しい気がするが、よくわからない。とてもゆっくり味わう気にはなれなかった。急いで噛んで飲み下す。

 メドヴェージが、隣で食べ散らかす少年兵モーフを(たしな)めるが、運転手自身も、あまり上品な食べ方とは言えなかった。

 壁際に控える使用人たちが、笑いを噛み殺す。


 ロークは、恥ずかしさと同時に、それを恥ずかしいと思う自分に腹が立った。


 リストヴァー自治区の住人の大部分が、食うや食わずやの暮しを送る。テーブルマナーを知る機会すら与えられなかったのだ。

 それを笑いものにされ、恥ずかしいと思ってしまった自分が情けなかった。


 ロークは針子のアミエーラが気になり、斜め前の席をそっと窺った。

 作法はでたらめだが、こぼさずキレイに食べる。食事に夢中なのか、失笑を買ったことに気付かないようだ。


 ……このまま気付きませんように。


 妙なことを祈りながら、ロークは食事を続けた。


 ピナティフィダが、空いた食器を下げられる度に小さく会釈する。

 誰一人として、こんな場に慣れた者は居ないのだ。


 ロークは、居たたまれなさで喉が詰まりそうになりながら、ただ、空腹だけを満たした。

☆クルィーロとアウェッラーナに洗ってもらった……「0049.今後と今夜は」「0132.何もない午後」参照

☆一体どんな契約……「0232.過剰なノルマ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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