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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0236.迫りくる群衆

 針子のアミエーラは、係員室のドアの前で震えた。

 狭い部屋は子供たちだけでいっぱいだ。少しでも時間稼ぎになるよう、蔓草(つるくさ)でドアノブを縛り、もう一方は荷台の金具に(くく)りつけて固定した。

 刃物で切られればそれまでだが、何もないよりはマシだろう。

 子供たちには、布団と鞄でドアの前を塞ぐように言ってある。


 男の子たちは、長机をバリケードにして街の住人を防ぐ。

 モーフとロークが前、少し後ろで、もう一台の机をファーキルが押さえる。

 ファーキルの後ろには、水の箱と荷物を置き、少しでも奥への侵入を遅らせるようにした。


 ……アウェッラーナさん、早く……早く帰ってきて……!


 祈る思いで湖の民の薬師(くすし)の帰りを待つ。

 聖者キルクルスに祈ったところで、何の助けにもならない。

 今、この状況を打開できるのは、魔法使いの薬師アウェッラーナだけだ。


 ……力なき聖者……そりゃそうよね。ずっと昔に死んじゃってるし、魔法使いでもなんでもないんだから。


 魔法使いなら、【魔道士の涙】に魔力を残せる。

 アミエーラは子供の頃、【涙】に魂を封じた魔法の道具があると耳にした。

 リストヴァー自治区のキルクルス教会では、「輪廻の(ことわり)から外れる()しき(わざ)だ」と教えられた。


 ……でも、今、生きて困ってる人たちを助けてくれるのは、そう言う力なのに。この街の人たちだって、お薬がなくて困ってるから、こんな……


 「帰れっつってんだろがッ!」

 モーフが乱暴な物言いで、荷台に手を掛けた男性を追い払う。

 広場は人が多く、トラックは人が走る程度の速度で逃げ回る。


 何かの魔法で荷台の扉をこじ開けられ、トラックに追い(すが)る人の群が見える。何人居るのかもわからない。全て、アウェッラーナの魔法薬を求める人々だ。


 ……ラクリマリスは魔法の国なのに、どうしてお薬がないの? みんな魔法が使えるのに、どうして自分で作らないの?


 さっき、運転席の方で誰かが「材料はある」と怒鳴った。

 アウェッラーナは、足りない材料をお客さんに持参させて、魔法薬を作った。

 アミエーラは魔術の知識が乏しく、何故、この街では材料があっても薬がないかわからない。



 モーフの怒声にも、他の二人の説得にも、街の住人は耳を貸さない。

 一人の男性がトラックに追い付き、荷台によじ登った。モーフの胸倉を掴み、怒鳴り返す。

 「坊主、さっさと薬師(くすし)を出せッ!」

 「今は留守だっつってんだろッ!」

 モーフが男性の手首を掴んで叫ぶと、ロークとファーキルも加勢した。

 「こっちも商売ですから、隠したって仕方ないでしょう!」

 「ホントに居ないんですってばッ!」


 扉にしがみついた男性が、荷台内に回り込む。

 「そのドアの向こうに居るんだろッ!」

 「居ませんッ!」

 アミエーラは思わず叫んだ。


 何故、同じ言語で話すのに、こんなにも言葉が通じないのか。


 ……居ないものは居ないのに。どうしてわかってくれないの?


 これは、そんなに難しい話だったろうか。

 薬師(くすし)がこの場に居るか、居ないか。答えはたったふたつしかない。

 アミエーラたちは何度も「今は居ない。組合長の所へ行った」と事実を説明したのだ。


 何故、わかってくれないのか。

 何故、嘘だと決めつけるのか。


 アミエーラには、言葉の通じない人の群が、雑妖の群と同じに見えた。


 「おっさん、降りろよッ!」

 モーフが、男性の手を強引に振り(ほど)いた。男性は後ろ向けに落ち、小走りについて来る人の群にぶつかる。幾つも悲鳴が上がった。

 ロークが強張った顔でモーフを見る。


 「お前ら、しつこいぞッ! 嘘だと思うんなら、組合長んとこ行けよッ!」

 モーフはぶつかって脱落した人々に構わず、未だについてくる人の群に怒鳴る。


 扉の男性が荷台に跳び移った。

 「でも、在庫くらい、あるんだろ?」

 「ありません!」

 「材料が足りなくて、ないんです!」

 ロークが、長机に身を乗り出す男性の肩を押さえ、ファーキルが首を横に振る。


 「アウェッラーナさん、早く帰ってきてッ!」

 アミエーラは思わず叫んだ。


 突然、トラックがブレーキを掛けた。大した速度ではなかったが、車体が揺れ、荷台の端にいた男性が落ちそうになる。ロークがその肩を押さえ、何とか転落は免れた。

 トラックのすぐ後ろを走る人々が、荷台にぶつかる。後続の人々がその背によじ登り、荷台に這い上がって来た。


 「ちょっ……! お前ら、待て待て待てッ!」

 モーフがその手を蹴飛ばすが、別の者に足を掴まれ、身動きとれなくなった。

 ロークが青い顔で振り向く。


 「メドヴェージさんッ!」

 アミエーラは係員室のドアを叩いた。


 「メドヴェージさん、メドヴェージさんッ!」

 悲鳴のように呼称を叫ぶだけで、何を頼めばいいかわからない。

 アミエーラの背後で、人の群が長机をあっさり乗り越え、水の箱に迫った。



 「止まれッ! 止まりなさいッ!」

 「はいッ! 降りて、降りてッ!」

 警笛のけたたましい音と、野太い制止の声で、荷台へ雪崩れ込んだ群衆が一斉に振り向いた。


 「ドーシチ市警だ!」

 「荷台から降りなさいッ!」

 何人もの声と警笛の鋭い音が、群衆を我に返らせる。


 ……市警……警察?


 助かったとの安堵で、膝から力が抜けそうになる。

 警官隊に引きずり降ろされ、男性たちはささやかな抵抗として、口々に言い訳を並べた。

 モーフとロークも一緒に降ろされ、ファーキルだけが、水の箱のこちら側に倒れ伏す。


 「あ……! だっ大丈夫? しっかりして!」

 アミエーラが駆け寄ると、ファーキルは身を起こして辺りを見回した。

 群衆に黒い制服姿の男性たちが混じる。彼らがここの警官なのだろう。それだけ見て、ファーキルに怪我がないか確める。


 「あっあの、この二人は、ウチの従業員です」

 レノ店長の声で、アミエーラとファーキルは弾かれたように顔を上げ、姿を捜した。二人がみつけるより先に本人が荷台へ上がり、モーフとロークも続く。


 レノ店長は、後の二人と一緒に長机を乗り越え、こちら側から起こすと、群衆に向き直った。

 「おはようございまーす! 俺、この移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の店長です」

 自己紹介した若い店長に人々が注目する。


 「商業組合長さんとの話し合いで、二カ月間、このドーシチ市で、商売することになりました!」


 「二か月……?」

 モーフとロークだけでなく、群衆からも戸惑いの声が漏れた。

 それが長いか短いか、針子のアミエーラには、判断できない。


 レノ店長は、波紋となって広場に伝わる困惑と「二カ月」の呟きに構わず、説明の声を張り上げた。

 「ウチの薬師(くすし)は、今、組合長さんのお(うち)で、魔法薬を作っています。薬が必要な方は、商業組合を通して注文して下さい!」


 人々の間から、疑問と怒りの声が上がる。

 「組合長が独占販売する気か?」

 「注文して、いつまで待てばいいのッ?」

 「このまま逃げるんじゃないだろうな?」

 「薬師を独り占めして、組合長だけ儲ける気なんだ!」

 「ホントに売ってくれるのか?」


 レノ店長は、忌々しげに吐き捨てられた言葉に落ち着いた声で答えた。

 「ウチが直接売ろうとしたら、こうなったんですから、仕方ないでしょう」

 その声で、手前に居た人々がバツの悪そうな顔を地面に向けた。


 「組合長さんはそれを見越して、提案して下さったんです」

 レノ店長の説明で、最初に組合長への疑問を吐き捨てた男性が、更に言い募る。

 「暴利を貪ろうってハラか?」

 「隣のプラヴィーク市よりも安く売るって言ってましたよ。ちゃんと契約書も交わしました」


 レノ店長の返事で、安堵と不安の入り混じった空気が広がる。


 「さぁ、散った散った!」

 「魔法薬が欲しい者は、商業組合の事務所へ行きなさい!」

 警官隊が警笛を吹き鳴らし、群衆に解散を促した。

☆力なき聖者……「0003.夕焼けの湖畔」「0118.ひとりぼっち」「0141.山小屋の一夜」参照

☆材料が足りない分、お客さんに持って来てもらって魔法薬を作った……「0217.モールニヤ市」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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