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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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237/3505

0235.薬師は居ない

 コツコツコツ。


 クルィーロは、窓ガラスを打つ音で目を開けた。

 まだ夜が明けきらず、白み始めた濃紺の空には星が残る。助手席の窓を見て、一気に目が覚めた。毛布を跳ねのけ、見回す。


 ……囲まれてる。


 運転席を見ると、メドヴェージは既に目を覚ましていた。


 「あ、起きてくれた」

 「なぁ、早く薬売ってくれよ」


 人々の声が(さざなみ)のように広がる。

 目を凝らすと、広場は人でいっぱいだ。


 ……薬ったって……。


 肝心の薬師(くすし)アウェッラーナは、商業組合長の所へ行ったまま、まだ帰らない。一緒に行ったプラエテルミッサの店長レノと、星の道義勇軍のソルニャーク隊長も、まだだ。


 「早く売ってくれよ」

 「材料はあるんだ」


 男たちが拳でドアを叩く。

 クルィーロとメドヴェージは顔を見合わせた。

 「兄ちゃん、絶対、窓やドアを開けんじゃねぇぞ」

 運転手のメドヴェージに低い声で言われ、クルィーロは小さく(うなず)いた。大きく息を吸い込み、メドヴェージがフロントガラスに向かって声を張り上げる。


 「今ッ! 薬師(くすし)が居ないんでッ! 出直してくれッ!」


 トラックの周囲がしんと静まり、人々が困惑した顔を見合わせる。

 「何で居ないんだ?」

 「ホントは居るんだろ?」

 「薬師(くすし)はッ! 商業組合長んとこへッ! 営業許可取りに行ってッ! まだ戻らねぇんだッ!」


 メドヴェージが大声で答えると、人々が復唱し、困惑と疑惑、落胆、怒り、焦りと共に波紋となって、広場全体へ伝わった。


 「そんなコト言って、ホントは居るんだろ?」

 運転席のドアを叩いた男が、メドヴェージを上目遣いに見る。運転手は首を横に振った。

 「どっちが薬師(くすし)なんだ?」

 「薬師は組合長の所ですッ!」

 クルィーロも、メドヴェージと同じことを怒鳴った。


 「そんなコト言って、ケチケチすんなよ」

 「薬師は荷台か?」

 「留守でも薬は持ってんだろ?」

 「開けろッ!」

 「在庫くらい、あるんでしょ?」

 「開けろ開けろッ!」


 広場に詰めかけた人々は諦めるどころか、ますますいきり立ち、トラックに押し寄せた。


 「お兄ちゃん……」

 アマナの声に振り向く。妹は、係員室の小窓に背が届かない。

 不安に押し潰されそうな声に思わず抱きしめたくなったが、助手席からでは小部屋へ行けない。


 「薬師(くすし)は荷台に居るぞッ!」

 「居ませんッ!」

 「組合長ンとこだっつってんだろッ!」

 誰かの言葉で、人々がトラックの後ろへ回る。荷台が揺れた。把手(とって)を掴み、力任せに開けようとするのか。


 女の声が、トラックの後方で力ある言葉を紡ぐ。


 ……ヤベッ! 扉……ぶっ壊す気かよッ?


 クルィーロの知らない呪文だ。血の気が引いたが、今更止められない。

 荷台の後方で、少年兵モーフが怒鳴る。

 「在庫なんかねーよッ! 材料足んねぇから持ってってもらって、その場で作った分、全部渡してんだッ!」


 「嘘だと思うんなら、モールニヤ市の人にも聞いて下さい!」

 「昨日の男の人にも聞いて下さいッ! 薬はひとつもないんですッ!」

 ロークとファーキルも叫ぶ。


 クルィーロは助手席のドアに手を掛けた。

 「兄ちゃん、ダメだ」

 「でも……」

 「戦う力もねぇのに、出てってどうする」


 このままでは、アマナたちが何をされるかわからない。

 荷物の中には一人ひとつずつ、紙コップに入れた傷薬がある。これの存在が知られれば、もっと寄越せと他の物も略奪されるだろう。


 「でも……」

 クルィーロの言葉をクラクションが遮った。

 メドヴェージがエンジンを掛ける。同時に、女の呪文が完成したらしい。荷台が開いた。サイドミラーの中で、扉が勢いよく開け放たれる。


 「どけーッ!」


 メドヴェージがアクセルを踏み込んだ。前方に残った人垣が、さっと左右に分かれる。

 広場に詰めかけた人の群が、トラックから逃げ始めた。

 離れた位置で、何事か把握できなかった者も、立て続けに鳴るクラクションと迫り来るトラックに気付き、慌てて道を開ける。



 クルィーロはサイドミラー越しに後方を見た。

 荷台の扉に人がぶら下がる。徒歩で追い(すが)る人が群を成した。

 少年兵モーフが、何とか諦めさせようと、繰り返し叫ぶ。

 「薬師(くすし)は組合長ンとこだっつってんだろッ! 帰れッ!」


 「材料不足なんです!」

 「在庫はありません!」

 「材料は持って来た! さっさと車停めて作れッ!」

 「薬師は居ねぇっつってんだろッ!」

 モーフに言い返す者は居ないが、ロークとファーキルでは迫力負けするのか、押し切れそうだとナメられたのか。


 「兄ちゃん、魔法でなんとかなんねぇか」

 「何とかって言われても……」

 暴徒化したとは言え、街の住人相手に戦うワケにはゆかない。

 そもそも、クルィーロは【急降下する(ワシ)】や【飛翔する(タカ)】などの戦う術を知らなかった。


 「……俺の知ってる術じゃ、どうにも……すみません」

 「いや、いい。連中も一緒だろ。扉開けた奴以外、魔法使ってねぇみてぇだ」

 クルィーロは項垂(うなだ)れたが、メドヴェージの冷静な言葉で顔を上げた。だが、運転手にも土地勘がなく、どこへ行けばいいかわからない。トラックは広場の中を逃げ回るだけだ。



 空はすっかり明るくなったが、朝市どころではなく、事情を知らず売り物を持って来た人々が、広場の隅で呆然と見守る。


 ……見てないで、こいつら止めてくれよ。


 クルィーロは祈る思いで商人たちを見たが、誰も動かなかった。

 トラックの燃料は残り僅か。荷台に予備はあるが、この状況では給油できない。


 ……このままじゃ、燃料が尽きたら終わりだ。


 クルィーロはその時に備え、シートベルトを外した。

☆薬師アウェッラーナは、商業組合長の所へ行った……「0229.待つ身の辛さ」~「0232.過剰なノルマ」参照

☆紙コップに入れた傷薬……「0203.外国の報道は」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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