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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0233.消え去る魔獣

 魔装兵ルベルが【索敵】と【刮目】の術で、【魔哮砲(まこうほう)】の操手に魔獣の様子を伝える。


 討伐隊は、陽動と防禦、攻撃の三役を分担する。【索敵】の視界の中、急拵(きゅうごしら)えとは思えない連携で、巨大な魔獣を翻弄する。

 陽動の二人が魔獣の注意を引きつけた隙に、攻撃の二人が背後に回り込んだ。防禦担当が二手に分かれ、両者を守る。


 魔装兵が【飛翔】の術で自在に飛び、嘲るように宙を舞った。

 長大な触腕が、陽動に踊らされる。巨体もじわじわ移動し、空を舞う魔装兵たちを追う。


 触腕の先端がぱっくり裂けた。大きさも形もバラバラの歯が、赤い肉から不規則に生える。


 ……あんな歯でまともに咀嚼できるのか?


 ルベルは場違いな感想を抱いた。

 同僚が噛み砕かれる事態は、あってはならない。だが、状況を【索敵】の術で操手に伝えることしかできず、もどかしかった。



 攻撃担当の唇が、結びの言葉の形に動き、巨大な魔獣を指差す。

 魔獣と術者の間に小さな灯が(とも)った。【急降下する(ワシ)】学派の【結籠火輪(むすびこむかりん)】だ。

 灯が明滅を繰り返し、魔力を球状に圧縮する。小さくなるのに反比例して、明るさが増した。


 魔装兵が腕を横に薙いだ。

 拳大にまで圧縮された強い光が、魔獣目掛けてまっすぐに飛ぶ。巨体に触れ、光の白が体表の赤黒さと混じり合い、滲んで消えた。陽動を執拗に追った触腕が、不意に動きを止める。


 光球が、赤黒い身の内で力を解放した。


 一瞬の後、光を呑んだ胴の一部が数倍に膨れ上がり、魔獣の一部が欠ける。


 「そこだッ!」

 割合としては、スイカに針を刺した程度の穴に過ぎない。だが、その攻撃は確かに巨大な魔獣の防禦を穿(うが)った。

 操手が【刮目】でその穴を確認し、力ある言葉で命ずる。


 「狙え」


 操手と【魔哮砲】の意識が接続したのか、対象を指し示して放った言葉に闇の塊が即座に反応する。

 景色を塗り潰す漆黒が、ぐにゃりと蠢いた。その身を変じ、傘を広げたような形に落ち着く。一呼吸置いて、窪みの中心に魔力が収斂(しゅうれん)した。


 「撃て」


 傘型の窪みの中央から、魔力が放たれた。

 人間の腕の太さの光が、焼け跡に伸びる。

 ルベルの【索敵】の眼が光を追い掛けた。


 光は、魔獣に穿たれた穴へまっすぐ吸い込まれた。

 一瞬、魔獣の肉体が膨張する。


 ……爆発する?


 ルベルが身構えると同時に魔獣が消えた。音は聞こえない。

 最初から何も居なかったように、廃墟と化したマスリーナ市から、巨大な存在が消え去った。


 「……芯に当たったんだな」

 操手が気の抜けた声で言った。



 魔物や魔獣は本来、この世の生き物ではない。

 物質界に迷い出た魔物は、肉体を持たない為、魔法でしか倒せない。

 無傷で異界へ送還する術もあるが、傷付いて「この世での存在」を維持できなくなると、この物質界には何も残さず、存在の核が幽界(かくりよ)へ還る。


 肉体を得た魔物は「魔獣」と呼ばれる。

 肉体を物理的に破壊すれば、死体を残して幽体と存在の核が幽界(かくりよ)へ戻る。

 魔法などで幽体を傷付ければ、魔物同様、この世には何も残さず、幽界へ還る。


 どちらも、存在の核を傷付ければ、この世の生物と同じく、幽界の向こうにある冥界へ赴き、「死ぬ」と言われる。

 幽界へ還ったモノは、何かのはずみで、すぐこの世へ迷い出ることもあるが、死んだモノは、幽体の再生に時間が掛かり、この世はその間、安全が保たれる。



 この巨体の魔獣は、魔哮砲の一撃で何も残さずに消えた。

 操手の言う通り、存在の核を破壊して「殺せた」のか、単にこの世での存在を維持できなくなって、幽界(かくりよ)に還ったのか。

 ルベルたちには、三界(さんかい)()の能力がなく、確認する方法がない。ただ、当面の脅威が去ったことだけは確かだ。


 魔物と対峙した隊員たちが、呆然と突っ立つ。

 「……討伐完了。引き揚げるぞ」

 最初に我に返ったのは、隊長だ。ルベルが(えり)に着けた【花の耳】を経由し、命令が届く。

 隊員たちは、拍子抜けした顔で、マスリーナ港へ戻った。



 「相変わらず、凄い威力だな」

 「まぁな」

 ルベルが言うと、操手は特に誇るでもなく、軽く流した。

 ふにゃふにゃと脱力し、【魔哮砲】が傘やパラボラアンテナに似た形態を解く。


 「これ、どう言う仕組みだ?」

 「俺も教えてもらってないんだ」

 操手の言葉に驚く。

 「わからなくても使えるのか?」

 「現に使えてるだろ?」

 操手から、いたずらっぽい笑みが返る。はぐらかされたと気付いたが、ルベルはそれ以上、追及しなかった。


 ……まぁ、まともに答えるワケないか。それくらい重要な軍事機密なんだろう。


 そこまで考えて、ふと疑問が生じた。

 戦争を吹っ掛けてきたアーテルは、ネモラリスやラクリマリスと元々ひとつの国だったとは言え、今や完全に科学文明国だ。

 魔術を用いた兵器の仕組みを知られたところで、アーテル軍には対抗する手段がない。

 いや、あんな巨大な魔獣でさえ、一撃で葬り去った。魔装兵が、魔法への防禦に小さな(ほころ)びを作ったとは言え、たったの一撃だ。

 人間なら、どこかの王族並の魔力を持つ術者でなければ、【魔哮砲】の攻撃は防ぎきれない。


 なのに何故、こんなにもひた隠しにするのか。


 ……軍……いや、政府が? 上の奴らは一体、誰の目から【魔哮砲】の正体を隠そうとしてるんだ?


 まだ【索敵】の効力が続く蜂角鷹(ハチクマ)の眼で【魔哮砲】を見る。

 闇の塊は何も言わず、ルベルの眼の前でじっと動かない。風景を塗り潰したようにここだけが黒い。

 どう見ても器物ではない。生物だ。

 操手の命令に従うと言うことは、【使い魔の契約】でもしたのだろう。

 表情も身体の部位も何もわからない。ただ黒いだけで形も定かでない。


 ……生き物……だったら、餌は何を食うんだ?


 「ご苦労。引き揚げるぞ」

 隊長に肩を叩かれ、集中が解ける。【索敵】が失効し、ルベル本来の視界に戻った。



 ……あれって、ホントに何なんだろうな?


 宿舎の自室で、魔獣討伐の際に間近で見た【魔哮砲】を思い出し、ルベルは頭を抱えた。

☆魔獣……「0221.新しい討伐隊」参照

☆【三界(さんかい)()】の能力……「野茨の血族(https://ncode.syosetu.com/n7407ck/)」の「38.儀式」参照

☆戦争を吹っ掛けてきたアーテル……「0078.ラジオの報道」「0136.守備隊の兵士」参照

☆今や完全に科学文明国……「0001.内戦の終わり」「0154.【遠望】の術」「0174.島巡る地下街」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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