0233.消え去る魔獣
魔装兵ルベルが【索敵】と【刮目】の術で、【魔哮砲】の操手に魔獣の様子を伝える。
討伐隊は、陽動と防禦、攻撃の三役を分担する。【索敵】の視界の中、急拵えとは思えない連携で、巨大な魔獣を翻弄する。
陽動の二人が魔獣の注意を引きつけた隙に、攻撃の二人が背後に回り込んだ。防禦担当が二手に分かれ、両者を守る。
魔装兵が【飛翔】の術で自在に飛び、嘲るように宙を舞った。
長大な触腕が、陽動に踊らされる。巨体もじわじわ移動し、空を舞う魔装兵たちを追う。
触腕の先端がぱっくり裂けた。大きさも形もバラバラの歯が、赤い肉から不規則に生える。
……あんな歯でまともに咀嚼できるのか?
ルベルは場違いな感想を抱いた。
同僚が噛み砕かれる事態は、あってはならない。だが、状況を【索敵】の術で操手に伝えることしかできず、もどかしかった。
攻撃担当の唇が、結びの言葉の形に動き、巨大な魔獣を指差す。
魔獣と術者の間に小さな灯が点った。【急降下する鷲】学派の【結籠火輪】だ。
灯が明滅を繰り返し、魔力を球状に圧縮する。小さくなるのに反比例して、明るさが増した。
魔装兵が腕を横に薙いだ。
拳大にまで圧縮された強い光が、魔獣目掛けてまっすぐに飛ぶ。巨体に触れ、光の白が体表の赤黒さと混じり合い、滲んで消えた。陽動を執拗に追った触腕が、不意に動きを止める。
光球が、赤黒い身の内で力を解放した。
一瞬の後、光を呑んだ胴の一部が数倍に膨れ上がり、魔獣の一部が欠ける。
「そこだッ!」
割合としては、スイカに針を刺した程度の穴に過ぎない。だが、その攻撃は確かに巨大な魔獣の防禦を穿った。
操手が【刮目】でその穴を確認し、力ある言葉で命ずる。
「狙え」
操手と【魔哮砲】の意識が接続したのか、対象を指し示して放った言葉に闇の塊が即座に反応する。
景色を塗り潰す漆黒が、ぐにゃりと蠢いた。その身を変じ、傘を広げたような形に落ち着く。一呼吸置いて、窪みの中心に魔力が収斂した。
「撃て」
傘型の窪みの中央から、魔力が放たれた。
人間の腕の太さの光が、焼け跡に伸びる。
ルベルの【索敵】の眼が光を追い掛けた。
光は、魔獣に穿たれた穴へまっすぐ吸い込まれた。
一瞬、魔獣の肉体が膨張する。
……爆発する?
ルベルが身構えると同時に魔獣が消えた。音は聞こえない。
最初から何も居なかったように、廃墟と化したマスリーナ市から、巨大な存在が消え去った。
「……芯に当たったんだな」
操手が気の抜けた声で言った。
魔物や魔獣は本来、この世の生き物ではない。
物質界に迷い出た魔物は、肉体を持たない為、魔法でしか倒せない。
無傷で異界へ送還する術もあるが、傷付いて「この世での存在」を維持できなくなると、この物質界には何も残さず、存在の核が幽界へ還る。
肉体を得た魔物は「魔獣」と呼ばれる。
肉体を物理的に破壊すれば、死体を残して幽体と存在の核が幽界へ戻る。
魔法などで幽体を傷付ければ、魔物同様、この世には何も残さず、幽界へ還る。
どちらも、存在の核を傷付ければ、この世の生物と同じく、幽界の向こうにある冥界へ赴き、「死ぬ」と言われる。
幽界へ還ったモノは、何かのはずみで、すぐこの世へ迷い出ることもあるが、死んだモノは、幽体の再生に時間が掛かり、この世はその間、安全が保たれる。
この巨体の魔獣は、魔哮砲の一撃で何も残さずに消えた。
操手の言う通り、存在の核を破壊して「殺せた」のか、単にこの世での存在を維持できなくなって、幽界に還ったのか。
ルベルたちには、三界の眼の能力がなく、確認する方法がない。ただ、当面の脅威が去ったことだけは確かだ。
魔物と対峙した隊員たちが、呆然と突っ立つ。
「……討伐完了。引き揚げるぞ」
最初に我に返ったのは、隊長だ。ルベルが襟に着けた【花の耳】を経由し、命令が届く。
隊員たちは、拍子抜けした顔で、マスリーナ港へ戻った。
「相変わらず、凄い威力だな」
「まぁな」
ルベルが言うと、操手は特に誇るでもなく、軽く流した。
ふにゃふにゃと脱力し、【魔哮砲】が傘やパラボラアンテナに似た形態を解く。
「これ、どう言う仕組みだ?」
「俺も教えてもらってないんだ」
操手の言葉に驚く。
「わからなくても使えるのか?」
「現に使えてるだろ?」
操手から、いたずらっぽい笑みが返る。はぐらかされたと気付いたが、ルベルはそれ以上、追及しなかった。
……まぁ、まともに答えるワケないか。それくらい重要な軍事機密なんだろう。
そこまで考えて、ふと疑問が生じた。
戦争を吹っ掛けてきたアーテルは、ネモラリスやラクリマリスと元々ひとつの国だったとは言え、今や完全に科学文明国だ。
魔術を用いた兵器の仕組みを知られたところで、アーテル軍には対抗する手段がない。
いや、あんな巨大な魔獣でさえ、一撃で葬り去った。魔装兵が、魔法への防禦に小さな綻びを作ったとは言え、たったの一撃だ。
人間なら、どこかの王族並の魔力を持つ術者でなければ、【魔哮砲】の攻撃は防ぎきれない。
なのに何故、こんなにもひた隠しにするのか。
……軍……いや、政府が? 上の奴らは一体、誰の目から【魔哮砲】の正体を隠そうとしてるんだ?
まだ【索敵】の効力が続く蜂角鷹の眼で【魔哮砲】を見る。
闇の塊は何も言わず、ルベルの眼の前でじっと動かない。風景を塗り潰したようにここだけが黒い。
どう見ても器物ではない。生物だ。
操手の命令に従うと言うことは、【使い魔の契約】でもしたのだろう。
表情も身体の部位も何もわからない。ただ黒いだけで形も定かでない。
……生き物……だったら、餌は何を食うんだ?
「ご苦労。引き揚げるぞ」
隊長に肩を叩かれ、集中が解ける。【索敵】が失効し、ルベル本来の視界に戻った。
……あれって、ホントに何なんだろうな?
宿舎の自室で、魔獣討伐の際に間近で見た【魔哮砲】を思い出し、ルベルは頭を抱えた。




