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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0232.過剰なノルマ

 「素晴らしい腕前です。【思考する(フクロウ)】の徽章(きしょう)は伊達ではありませんな」

 組合長ラトゥーニが、湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナに満面の笑みを向けた。甥の大男は扉の脇に立ったまま、こちらを見降ろす。


 「みなさまが調達なさった薬草は売り物ですから、出店料として支払うのは、困りますよね?」

 「傷薬の薬草は、その辺の道端にも生えてますから、そんな困りませんけど」

 「採りに行くのが大変でしょう?」

 組合長ラトゥーニは、有無を言わせぬ口調でレノの反論を封じ、提案した。

 「薬草はこちらでご用意致します。『加工の手間』を出店料とさせていただくのは如何でしょう? 売り物は減りませんよ?」


 「彼女を取られたのでは、こちらの店で薬を作れません。何の薬を、幾つ、いつまで作らせるおつもりですか?」

 思わず(うなず)き掛けたレノを制し、ソルニャーク隊長が質問する。


 ……やっぱ、隊長さんに一緒に来てもらってよかった。


 レノは、ソルニャーク隊長のドスの効いた声に内心、冷や汗を拭った。

 組合長ラトゥーニは一瞬、鼻白んだが、すぐ、にこやかな笑顔に戻って答える。

 「そうですねぇ……先程の傷薬を十ケース、心臓のお薬を一ケース、化膿止め、咳止め、熱冷ましを五ケースずつでは如何でしょう?」

 「そんなに、たくさん……?」

 アウェッラーナが絶句する。


 組合長ラトゥーニは笑顔を崩さず、ソファから身を乗り出して、薬師の顔を上目遣いに見た。

 「いえいえ、まさか。いくらなんでも、一日で作って下さいなどとは申しませんよ。完成までご滞在いただけましたら……と」

 「いつまでも居る訳には参りません。先程、申し上げたばかりですが?」

 ソルニャーク隊長が、丁寧な口調に(やいば)を潜ませ、抗議する。


 組合長ラトゥーニは背もたれに身を預け、盛大に溜め息を()いてみせた。

 「あなた方は先程、広場であの男とお話なさったとおっしゃいましたね?」

 「えぇ。あの人と、傍にいたお婆さんに色々教えていただきました」


 レノが答えると、組合長ラトゥーニは首を横に振りながら肩を(すく)めた。

 「この街の住人は、薬に餓えています。あなた方が薬師(くすし)様のご一行だと、知れ渡りました。明日の朝市では、相当な混乱が予想されます」

 「えぇッ?」

 三人が驚くと、組合長は香草茶をもう一口啜って話を続けた。

 「ですから、今、申し上げた薬も、並行してお作りいただいてですね、住人を落ち着かせてやりたいのですよ」


 「彼女が過労で倒れてしまいます。それが、街の住人に対してなら、到底足りません。却って混乱が大きくなるでしょう」

 ソルニャーク隊長が鼻で笑う。

 レノも同意し、組合長ラトゥーニの目を見て言った。

 「それに……やっぱり、そんなたくさん、出店料としては高過ぎます。そう言うことなら、俺たち、明日の朝にはここを出発して、隣のプラヴィーク市でのんびり商売させてもらいますよ」

 「先程も申し上げましたが、人の多い広場で、薬師だと名乗られたのですよね? 街の門を出られるとお思いですか?」

 「えっ?」


 言葉を失うレノに、組合長ラトゥーニは、わざとらしく驚いてみせた。

 「おやおや。まさか、殺してでも通過するなどと、おっしゃいませんよね?」

 「そんなことしません。でも、いくらなんでもそれは……」

 「市民の大半が農業を営んでおりまして、自分の畑で薬草も育てています。材料を持って『これで薬を作って欲しい』と殺到しますよ」


 強行突破すれば、トラックの前に立ち塞がる市民を轢いてしまう。


 レノは、ソルニャーク隊長に視線を送った。

 隊長も妙案が浮かばないのか、応えはない。

 「我々が、必要以上にあなた方を引き止めぬよう、あなた方も、薬の調合をすっぽかさぬよう、契約書を交わしませんか?」

 組合長の甥が、扉の脇から声を掛けた。飾棚からインク壺と羊皮紙を取りだす。


 「契約書……ですか?」

 「その内容は、これから詰めましょう」

 ローテーブルに羊皮紙と筆記具を並べ、組合長の甥はソファに腰を降ろした。

 「作る魔法薬の種類と数量、期限を決め、市民があなた方を困らせないよう、警備もつけましょう。安全の為、夜間は当家にご滞在いただいた方がよろしいでしょうね」

 「護衛と宿泊費も含むなら、悪い話じゃないでしょう? お食事のご用意もさせていただきますよ?」

 甥の言葉に組合長が条件を付け加える。


 ……悪くない……のかな?


 言われてみれば、薬を販売せずにドーシチ市を去るのは、無理に思えて来た。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)は、半分以上が力なき民の女子供だ。魔法薬の生成を待ちきれず、苛立った市民にどうにかされない保障はない。

 薬師(くすし)はアウェッラーナひとり。

 最悪、彼女を攫ってどこかに軟禁してでも、薬を作らせようとする者が現れるかもしれない。


 ……この人たちも、そのつもりかもしれないけど……でも。


 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の存在は、少なくとも、案内人とあの老婆には知られた。湖の民の薬師が行方不明になれば、如何に有力者と言えども、誤魔化せないのではないか。


 ……ここで保護してもらって薬を作って、期日が明けてから移動した方がいいのかな?


 薬師アウェッラーナは、眉間に縦皺を寄せて考え込む。

 ソルニャーク隊長が顔を上げ、組合長の甥に質問した。

 「あなたは、何学派ですか?」

 甥が、組合長に目を遣る。

 組合長が少し考えて頷くと、無言で服の中から銀の徽章(きしょう)を引っ張り出した。


 二羽の白鳥がはばたく姿を(かたど)った徽章。

 契約や呪いに関する術の専門家【渡る白鳥】学派だ。強制的に約束を守らせる術が多い。


 レノの故郷ゼルノー市でも、大きな会社では、顧問弁護士と並び、最低一人は雇う術者だ。


 ……ってコトは、文章の「引っ掛け」で無茶な条件を押しつけられないように気合い入れなきゃな。


 レノは、ソファに浅く腰かけ直し、条件の交渉を始めた。

☆広場であの男とお話/傍にいたお婆さん/人が大勢いる広場で、薬師だと名乗られた……「0226.出店の出店料」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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