0231.出店料の交渉
「これはこれは、失礼致しました。何分、この街に薬師様がいらっしゃるのは三年振りになりますので、つい……」
「そうなんですか。先程、こちらの方からも少しお伺いしました。この街の薬師さんが亡くなられたとか」
「おぉ……! 既に我が街の困窮をお聞き及びでしたか!」
レノの答えに、組合長ラトゥーニは大仰に驚いてみせた。
「薬草は大量に育てておりますが、製薬するには、プラヴィーク市まで行かねばなりません。我々の窮状につけこんで、手間賃などを過分に差し引かれますが、致し方なく……」
組合長ラトゥーニは眉を下げ、上目遣いにアウェッラーナを見た。湖の民の薬師が、店長のレノに困惑の眼差しを向ける。
レノは小さく頷き返し、ソルニャーク隊長の言葉を拝借した。
「先程もこの方にお話しさせていただいたんですが、私たちも行く所がありますので、あまり長居はできないんですよ」
「行く所……とおっしゃいますと?」
「あの……私たち、ネーニア島のネモラリス人なんです。空襲で家族が離れ離れになってしまって、捜しに行く所なんです。私の家族は漁師で、空襲の日は操業中だったんです。だから、南部かフナリス群島に避難してる筈で……」
「あぁ……! それはお気の毒に! ご家族にパニセア・ユニ・フローラ様のご加護があらんことを!」
アウェッラーナが一気に捲し立てるのを遮り、組合長ラトゥーニは片手で自分の目を覆った。
……なんか、嘘臭い同情の仕方だなぁ。クルィーロなら、なんて言うだろう?
レノは、呼称すら名乗らなかった大男を見た。
襟元から細い鎖が覗く。徽章はあるようだが、服の中で、学派は不明だ。組合長ラトゥーニとは対称的な無表情で、考えが全く読めない。
「他の者も同様です。親戚を頼ってネモラリス島やフナリス群島へ行く途中で、一刻も早く移動したいのです」
ソルニャーク隊長が、組合長ラトゥーニと大男に鋭い視線を向けた。
組合長が、低く重い声に身を竦ませる。レノは、掌の下で大男に目配せするのを見逃さなかった。
「難民の身の上で悪事を働くことなく、真っ当な商売で旅費を稼ぎながら、親類縁者の許へ行かれるのですか。何と立派な……!」
……そんなの、当たり前じゃないか。ネモラリス人を何だと思ってんだ?
「えぇ、それでこちらの方が、中央広場で商売するなら、出店料が必要だって教えて下さったんですよ」
レノは営業スマイルで苛立ちを隠し、道案内を掌で示す。彼は首をカクンと曲げて頷いた。
「どのくらい、必要ですか?」
「お急ぎですか……一日当たり……売上の三割でいかがでしょう?」
「えっ? ここ、現金なんですか?」
レノが驚くと、組合長ラトゥーニは、首を横に振った。
「いえ、物品ですよ。お薬は、一日の販売量の三割をあらかじめ納めて下さい」
「一日にどれだけ売れるかわからないんですが、先払いなんですか?」
「ここは薬師が居りませんので、店に出せば出しただけ、あっという間に売れますよ」
組合長ラトゥーニは苦笑した。
「それでも随分、高いのではありませんか?」
ソルニャーク隊長が、静かだが厳しい声で問う。いや、問いではなく批難だ。
大男が組合長を見る。ラトゥーニは気付かないのか、身を乗り出した。
「我々だって困ってるんですよ。パンと細工物の売上なんて要りませんから、何とかして薬をお願いします!」
話が長引きそうだと見て、道案内を買って出た男性が、恐る恐る声を挙げた。
「えーっと、あのー……すんません。そろそろ帰んねぇと女房子供が心配するんで……」
「あぁ、案内料ですね。あの……」
アウェッラーナが組合長ラトゥーニを見る。
組合長は、案内した市民をチラリと見て、吐き捨てた。
「今、大事なところなんだ! 話の腰を折るんじゃない! 薬草を持たせてやるから、それで……」
「俺はこの人と、案内する代わりに傷薬をもらうって約束したんですぜ」
案内人は、持参した容器と油の小瓶を卓上に置いて、きっぱり言い返した。
組合長ラトゥーニが、忌々しげに湖の民アウェッラーナを見る。緑髪の薬師は緑の瞳を素早く巡らせ、レノとソルニャーク隊長に視線を送った。
……どうすりゃいい? 今日は預かって帰ってもらって、明日の朝市で渡す?
レノは考え込み、アウェッラーナは困惑し、ソルニャーク隊長は組合長に射るような視線を向ける。組合長は、蛇に睨まれた蛙のように押し黙った。
案内人がおろおろと一同を見回し、額に滲んだ脂汗を拭う。
沈黙を守り続けた大男が、不意に口を開いた。
「おじさん、いいじゃないか。この人の腕前を確める機会だよ。彼はもう関係ないし、帰らせてあげなよ」
常識的な判断に、案内人だけでなく、レノとアウェッラーナも安堵の息を漏らした。ソルニャーク隊長は相変わらず、二人に厳しい視線を注ぐ。
「つい、取り乱してしまいまして、恐れ入ります。どうぞ、傷薬を作ってやって下さい」
組合長ラトゥーニは、香草茶を一口啜り、アウェッラーナを促した。
湖の民の薬師がこくりと頷く。
持って来た袋から薬草を一本取り出し、油瓶の蓋を外した。
少女の唇が、力ある言葉で呪文を紡ぎ出す。植物油が、意思を持ったように起ち上がり、瓶の口から漂い出た。
薬師の手が、宙を漂う油に薬草を挿し、更に呪文を唱える。
薬草と植物油が術で霊的に結合し、溶け混じりあい、緑色の液体に変化した。
男が持って来た深皿へ注ぎ、結びの一句を唱える。液体は粘度を得て、緑色の軟膏になった。
ドーシチ市民たちは、薬を作る様子を目にするのが初めてらしい。食い入るように油と薬草を見守り、皿に落ち着いた瞬間、ほぅっと溜め息を漏らした。
「できましたよ。先に傷口をキレイな水で洗ってから、これを塗って下さい。半日くらいで傷は塞がります。但し、骨折とか、体の奥の怪我は治せません」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
アウェッラーナが使用上の注意を伝えると、男は改まった口調で何度も頭を下げながら、緑色の軟膏で満たされた深皿を抱え込んだ。
組合長の甥が扉を開け、廊下に声を掛けた。
「ブイーク! お客様がお帰りだ!」
下男がすぐ戸口に現れ、案内の男と共に姿を消す。
組合長の甥が扉を閉めるまで、案内の男が湖の民の薬師に礼を言い続ける声が、廊下に響いた。
☆出店料が必要……「0226.出店の出店料」参照




