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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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233/3501

0231.出店料の交渉

 「これはこれは、失礼致しました。何分(なにぶん)、この街に薬師(くすし)様がいらっしゃるのは三年振りになりますので、つい……」

 「そうなんですか。先程、こちらの方からも少しお伺いしました。この街の薬師さんが亡くなられたとか」

 「おぉ……! 既に我が街の困窮をお聞き及びでしたか!」

 レノの答えに、組合長ラトゥーニは大仰に驚いてみせた。


 「薬草は大量に育てておりますが、製薬するには、プラヴィーク市まで行かねばなりません。我々の窮状につけこんで、手間賃などを過分に差し引かれますが、致し方なく……」


 組合長ラトゥーニは眉を下げ、上目遣いにアウェッラーナを見た。湖の民の薬師(くすし)が、店長のレノに困惑の眼差しを向ける。

 レノは小さく(うなず)き返し、ソルニャーク隊長の言葉を拝借した。

 「先程もこの方にお話しさせていただいたんですが、私たちも行く所がありますので、あまり長居はできないんですよ」


 「行く所……とおっしゃいますと?」

 「あの……私たち、ネーニア島のネモラリス人なんです。空襲で家族が離れ離れになってしまって、捜しに行く所なんです。私の家族は漁師で、空襲の日は操業中だったんです。だから、南部かフナリス群島に避難してる筈で……」

 「あぁ……! それはお気の毒に! ご家族にパニセア・ユニ・フローラ様のご加護があらんことを!」

 アウェッラーナが一気に(まく)し立てるのを遮り、組合長ラトゥーニは片手で自分の目を覆った。


 ……なんか、嘘臭い同情の仕方だなぁ。クルィーロなら、なんて言うだろう?


 レノは、呼称すら名乗らなかった大男を見た。

 襟元から細い鎖が覗く。徽章(きしょう)はあるようだが、服の中で、学派は不明だ。組合長ラトゥーニとは対称的な無表情で、考えが全く読めない。


 「他の者も同様です。親戚を頼ってネモラリス島やフナリス群島へ行く途中で、一刻も早く移動したいのです」

 ソルニャーク隊長が、組合長ラトゥーニと大男に鋭い視線を向けた。

 組合長が、低く重い声に身を(すく)ませる。レノは、(てのひら)の下で大男に目配せするのを見逃さなかった。

 「難民の身の上で悪事を働くことなく、真っ当な商売で旅費を稼ぎながら、親類縁者の許へ行かれるのですか。何と立派な……!」


 ……そんなの、当たり前じゃないか。ネモラリス人を何だと思ってんだ?


 「えぇ、それでこちらの方が、中央広場で商売するなら、出店料が必要だって教えて下さったんですよ」

 レノは営業スマイルで苛立(イラだ)ちを隠し、道案内を掌で示す。彼は首をカクンと曲げて頷いた。


 「どのくらい、必要ですか?」

 「お急ぎですか……一日当たり……売上の三割でいかがでしょう?」

 「えっ? ここ、現金なんですか?」


 レノが驚くと、組合長ラトゥーニは、首を横に振った。

 「いえ、物品ですよ。お薬は、一日の販売量の三割をあらかじめ納めて下さい」

 「一日にどれだけ売れるかわからないんですが、先払いなんですか?」

 「ここは薬師(くすし)が居りませんので、店に出せば出しただけ、あっという間に売れますよ」

 組合長ラトゥーニは苦笑した。


 「それでも随分、高いのではありませんか?」

 ソルニャーク隊長が、静かだが厳しい声で問う。いや、問いではなく批難だ。

 大男が組合長を見る。ラトゥーニは気付かないのか、身を乗り出した。

 「我々だって困ってるんですよ。パンと細工物の売上なんて要りませんから、何とかして薬をお願いします!」


 話が長引きそうだと見て、道案内を買って出た男性が、恐る恐る声を挙げた。

 「えーっと、あのー……すんません。そろそろ帰んねぇと女房子供が心配するんで……」

 「あぁ、案内料ですね。あの……」

 アウェッラーナが組合長ラトゥーニを見る。


 組合長は、案内した市民をチラリと見て、吐き捨てた。

 「今、大事なところなんだ! 話の腰を折るんじゃない! 薬草を持たせてやるから、それで……」

 「俺はこの人と、案内する代わりに傷薬をもらうって約束したんですぜ」

 案内人は、持参した容器と油の小瓶を卓上に置いて、きっぱり言い返した。


 組合長ラトゥーニが、忌々しげに湖の民アウェッラーナを見る。緑髪の薬師(くすし)は緑の瞳を素早く巡らせ、レノとソルニャーク隊長に視線を送った。


 ……どうすりゃいい? 今日は預かって帰ってもらって、明日の朝市で渡す?


 レノは考え込み、アウェッラーナは困惑し、ソルニャーク隊長は組合長に射るような視線を向ける。組合長は、蛇に睨まれた蛙のように押し黙った。

 案内人がおろおろと一同を見回し、額に(にじ)んだ脂汗を(ぬぐ)う。



 沈黙を守り続けた大男が、不意に口を開いた。

 「おじさん、いいじゃないか。この人の腕前を確める機会だよ。彼はもう関係ないし、帰らせてあげなよ」

 常識的な判断に、案内人だけでなく、レノとアウェッラーナも安堵の息を漏らした。ソルニャーク隊長は相変わらず、二人に厳しい視線を注ぐ。

 

 「つい、取り乱してしまいまして、恐れ入ります。どうぞ、傷薬を作ってやって下さい」

 組合長ラトゥーニは、香草茶を一口啜り、アウェッラーナを促した。


 湖の民の薬師(くすし)がこくりと頷く。

 持って来た袋から薬草を一本取り出し、油瓶の蓋を外した。

 少女の唇が、力ある言葉で呪文を紡ぎ出す。植物油が、意思を持ったように起ち上がり、瓶の口から漂い出た。


 薬師の手が、宙を漂う油に薬草を挿し、更に呪文を唱える。

 薬草と植物油が術で霊的に結合し、溶け混じりあい、緑色の液体に変化した。

 男が持って来た深皿へ注ぎ、結びの一句を唱える。液体は粘度を得て、緑色の軟膏になった。


 ドーシチ市民たちは、薬を作る様子を目にするのが初めてらしい。食い入るように油と薬草を見守り、皿に落ち着いた瞬間、ほぅっと溜め息を漏らした。



 「できましたよ。先に傷口をキレイな水で洗ってから、これを塗って下さい。半日くらいで傷は塞がります。但し、骨折とか、体の奥の怪我は治せません」

 「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 アウェッラーナが使用上の注意を伝えると、男は改まった口調で何度も頭を下げながら、緑色の軟膏で満たされた深皿を抱え込んだ。


 組合長の甥が扉を開け、廊下に声を掛けた。

 「ブイーク! お客様がお帰りだ!」

 下男がすぐ戸口に現れ、案内の男と共に姿を消す。

 組合長の(おい)が扉を閉めるまで、案内の男が湖の民の薬師(くすし)に礼を言い続ける声が、廊下に響いた。

☆出店料が必要……「0226.出店の出店料」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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