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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0229.待つ身の辛さ

 レノ店長、薬師(くすし)アウェッラーナ、ソルニャーク隊長の三人は、まだ戻らない。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の代表者として、ドーシチ市の商業組合長宅へ行ったままだ。



 広場に着いたのが十六時過ぎで、今は二十一時過ぎだ。

 遅くなるかもしれないと言われ、仕方なく先に夕飯を食べた。

 その後しばらくは、歌詞の書き写し、蔓草(つるくさ)細工、クッキー生地の仕込みなど、それぞれ自分ができることをしながら待った。


 日没後は、いつも通りに荷台の戸を半分開けて、留守の三人を抜いて、見張りの順番を決めた。今はモーフとロークが見張りに立つ。


 兄のレノを心配して、半ベソをかいたエランティスは、姉のピナティフィダに寝かしつけられた。

 姉も兄が心配だが、顔に出すと妹が泣いてしまう。だから、姉は殊更(ことさら)に明るい声で妹を安心させた。


 ピナティフィダは、ほぼ部外者のファーキルにもわかるくらい無理をするが、何と慰めればいいかわからず、何も言えないでいる。

 ソルニャークは「隊長」と呼ばれるから、何か頼りになる人なのだろう。それに緑髪の魔法使いアウェッラーナも同行した。


 ……今夜はもう危ないから、組合長さんちに泊めてもらうのかな?


 ファーキルは、毛布の中でタブレットをいじりながら予想した。

 自分の安心材料を探したことに気付き、実際はどうかわからない不安と、戻って来ない懸念についても考えを巡らせる。


 ……無許可営業で逮捕なら、ここにも警察が来るよな? って言うか、まだ何もしてないし。営業許可が下りなくても、まさか命まで取られることはないよな?


 それなら、明日の朝、すぐにここを出て、次の街に行けばいい。

 前のモールニヤ市では、あんなことは言われず、街の人たちも普通に物々交換に応じてくれた。

 ここで心配したところで、何ができるでもない。

 組合長の家もわからない。工員クルィーロ以外は力なき民で、夜の街を歩くのは危険だ。



 ファーキルは見張りの二番手で、運転手のメドヴェージが相方だ。

 寝てから起されるより、時間まで起きる方が楽だと思い、今日のできごとをテキストにまとめてSNSに公開した。それから、溜まったコメントを読み進める。


 大部分が励ましの言葉で、その中に幾つか罵倒が混じる。

 どのコメントも同じフォントで表示されるが、ファーキルの眼には罵倒のコメントが薄暗く見えた。胃が小さく痛み、急いでスクロールさせて、次のコメントを表示させる。


 役に立ちそうなニュース記事のリンクを貼ってくれたコメントもあった。アドレスを見て、情報源(ソース)を確認し、タップする。


 ラクリマリス王国は、難民の受容れ表明をしないが、ネモラリス人の流入を拒んでもいない。

 帰化(きか)が許されるのは、力ある民だけで、それにも一定の要件と煩雑(はんざつ)な手続きが必要だと報じる。

 第三国への通行だけが、許可されたに等しい。


 ……それは、まぁ、前の街でわかったからなぁ。


 記事は、アミトスチグマ王国に本社を置く湖南経済新聞のものだ。同国は、難民の受け容れを表明する。

 要するに、ラクリマリス王国を経由して、アミトスチグマに避難するよう、促すのだろう。

 だが、少なくとも、ファーキルが行動を共にするネモラリス人たちは、タブレット端末が何か知らず、インターネットも知らないようだ。


 ……アミトスチグマの新聞が言っても、ネモラリス人には伝わらないよなぁ。


 もしかすると、ラクリマリス王国の役所の広報や、ラジオでも報道済みかもしれない。国民に浸透しなければ、ネモラリスの避難民との間に無用のトラブルが発生する。


 ……なんで、何もかも失くした人を受容れたいのか、わかんないけど。


 人情としては、困っている人を助けたいと思う。だが、何万人もの避難民を支えるとなると、自国民の生活が圧迫されて共倒れし兼ねない。



 力ある民なら、自分の生活はある程度なんとかできる為、魔物などから守るだけでもいいが、力なき民なら当分の間、衣食住を全て支えなければならない。

 無闇に与えれば、自国民から反発の声が上がる。


 何もかも失くした者が、犯罪に走らないとも限らない。

 下手に関われば、ここも戦禍(せんか)に巻き込まれるのではないか。


 すぐに仕事や住居が手に入る保障はない。いつまで支えなければならないのか。

 誰がその費用を負担するのか。この国に税を納めない者にこの国の税を湯水のように使うのか。

 難民に仕事を奪われ、自国民が路頭に迷うのではないか。


 彼らは、このままアミトスチグマの民として、この地に骨を埋めるのか。

 祖国を捨てた者を信用できるのか。恩を返す前に出て行くのではないのか。



 ファーキルが家にいた頃、ネットの掲示板で見た限り、外国の世論は(おおむ)ねそんな空気を醸し出す。


 理不尽に人権を蹂躙(じゅうりん)された人々を一時的に保護する為、実際に活動する宗教団体や人権団体、国際機関などもあるが、それらはいずれも長期的な支援ではない。

 取敢えず「今」死なないように、今日を生き延びられるようにするだけだ。


 生き延びなければ、その先の何も決められない。


 長期的に支援を続け、隣人として受容れる側の人々にとっては違う。

 ネモラリスとアーテルの戦争に限らず、どこの紛争でも、掲示板でさんざん出尽くした問題が実際に発生する。


 ファーキルは、アミトスチグマの事情を詳しく調べなかったが、今はそれどころではなかった。



 ――旅人さん、ネモラリスにはもう行かないんですか?



 最新の書き込みは、そんな質問だった。


 ……行かないって言うか、行ける状況じゃないって言うか……


 当分の間、移動販売店プラエテルミッサの一行と一緒に居るしかないだろう。


 グロム市で別れた後は、船でフナリス群島に渡って、王都ラクリマリスでフラクシヌス教団の実際の支援活動を伝える。

 その後、余裕があればネモラリス島に渡り、首都クレーヴェルの様子を伝える。

 グロム市民だと嘘を()いてしまったので、クルィーロたちとは一緒に行けないのだ。


 いつか伝わると信じ、アーテルのニュースが伝えない真実を情報の海へ流す。

 自分の投稿が削除されても、保存した誰かが、ほとぼりが冷めた頃に再投稿してくれるかもしれない。


 現に画像と動画は、転載許可を明示した為、急速に拡散が進む。その全てをアーテル当局が削除して回るのは不可能だ。

 SNSの本社は、外国にある。規約違反ではない画像や動画について、小国の政府から圧力を掛けられても、削除要請には応じないだろう。

 ()してや、個人のローカルにまで手を伸ばすことはできない。



 ……本当のことを伝えたい。それだけなんだ。



 ファーキルは質問には答えず、タブレット端末の電源を落とした。

☆前のモールニヤ市……「0217.モールニヤ市」~「0219.動画を載せる」「0222.通過するだけ」参照

☆SNSに公開……「0188.真実を伝える」参照

☆グロム市民だと嘘を()いてしまった……「0198.親切な人たち」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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