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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0227.魔獣の討伐隊

 魔装兵ルベルは、宿舎の自室でベッドに寝転がり、天井を睨んだ。

 数日前の戦闘を思い返し、新兵器の【魔哮砲(まこうほう)】が何なのか考える。



 あの日、マスリーナ港に上陸したのは、日の出と同時だ。

 この日最初の光が、人家の灯も街灯も何もない闇夜の港を照らしだす。

 水平線の(きわ)仄白(ほのじろ)くなり、濃紺の空から星々がひとつ、またひとつと朝に溶け込て姿を消す。


 街の(むくろ)が、まだ春浅い朝の光に浮かび上がった。その薄い影の上に急造の討伐隊の影が踊る。

 魔装兵が呪文を詠ずる声が、早朝の空気に低く流れ、吐息が白く宙を漂った。


 ルベルは【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の魔法戦士として【索敵】を唱える。

 「害意(がいい) 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)

  敵を(のが)さぬ蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ) (つまび)らかにせよ」



 術で拡大した知覚を巡らせる。

 西に視点を向け、捜すまでもない気がした。

 朝日を浴びる焼け跡で、赤黒い何かが(うごめ)く。


 他の隊員たちも「それ」に気付き、同じ方向を注視した。

 あの大きさなら、この距離から、普通の肉眼でも見える。

 ビルの残骸が点在する焼け野原で、たったひとつの動くモノは、遠目にもよく目立った。


 ルベルの眼には、間近に視える。

 航空写真とは視点が異なるせいか、殊更(ことさら)に大きく映った。

 赤黒い泥壁のような巨体が、廃墟の中で(うずくま)る。


 顔のようなものも、手足のようなものもない。ただの赤黒い塊だが、ルベルにはそれが朝日を浴び、背を丸めて蹲るように思えた。


 それが身じろぎする度に、ぶよぶよと波打つ。

 報告書にあった長大な触腕(しょくわん)は、この角度からは視えなかった。


 ルベルは魔獣の周囲に視線を巡らせた。ビルや瓦礫の影に、他の魔物や魔獣の姿はない。それどころか、雑妖も居なかった。


 ……えっ? そんなバカな。


 見落としかと思い、改めて【索敵】の力を得た眼を凝らした。

 瓦礫の隙間や廃ビルの中、地を透過して地下室まで、次々と視点を切り替え、慎重に探す。



 「ルベル、どうした? 何か不審なものでもあるのか?」

 隊長に声を掛けられた。ルベルは周囲に眼を遣ったまま答える。

 「いえ……ないんです」

 「何が?」

 「他の魔物や雑妖……生きた人間、鼠、雀も鳩も、鴉も……何も居ません」


 隊長と他の隊員も周囲を見回した。

 普通の霊視力で、自分たちの近くに視線を巡らせ、首を傾げながらルベルに顔を向ける。


 「そりゃ、日が当たってんだから……」

 「生存者を喰らい尽くし、()()が居なくなったから、付近の魔物や雑妖をも喰らったのだろう」

 隊長は、【急降下する(ワシ)】の徽章(きしょう)をつけた魔装兵が怪訝(けげん)な顔で言うのを遮った。

 食われた人間の魔力が強かったのか、共食いのお蔭なのか、航空写真で見たより大きいような気がする。



 「あれだけデカけりゃ、外さんさ」

 振り向くと、【魔哮砲(まこうほう)】の操手がすぐ傍に居た。傍らには、トラック程の大きさの闇が広がる。

 朝日の中で、そこだけ景色が塗り潰されたかのようだ。


 初めて目にする者たちが、一斉に身構える。

 操手が慌てて胸の前で両手を振り、討伐隊を止めた。

 「最近は人工衛星とか言うものを使って、宇宙からも見張ってるそうだから、念の為、術でカモフラージュしてるんだ」


 「カモフラージュ……?」

 「あぁ、これ、新兵器」

 「これが……あの……」

 「【魔哮砲】なのか?」


 操手の説明に【飛翔する(タカ)】の魔装兵がホッと息を吐いた。隊長が確認する。

 他の隊員たちも警戒を解き、のっぺりとした闇の塊を気味悪そうに見上げた。


 操手は、隊長の問いに軽い調子で頷いてみせる。

 「そうそう。我らが秘密兵器です。ルベルさんは哨戒で威力だけ見たよなっ」

 「えっ……あ、あぁ。毎回……一撃で、敵機を全滅させるのを確認した」

 急に話を振られて動揺したが、【索敵】は切らさない。


 何も知らない隊員たちが、ルベルの返事にどよめく。

 「これが……」

 「スゲェ……」

 「触っても……いいか?」

 「いや、それはカンベンな」

 あっさり断られ、手を伸ばし掛けた【飛翔する鷹】の魔装兵は、一瞬ムッとしたが、すぐに気を取り直して言った。

 「そんな凄い威力なら、別に俺たち、要らないかもな?」

 操手は、それには首を横に振った。


 「作戦会議で説明されただろ? 戦闘機なんか何機飛ばしたって、紙飛行機と同じなんだ。でも、魔獣は違う」

 その続きは、隊長が説明する。



 キルクルス教は、科学文明を信奉し、魔法文明を全否定する。

 アーテル共和国は半世紀の内乱後、キルクルス教国として分離独立した。操手の言う通り、アーテル軍には魔法攻撃に対する防禦手段が全くない。

 だが、大抵の魔獣には、魔法に対する防禦力が備わる。軍人なら常識として押さえるべき知識だ。



 「まず、奴の防禦を解かねばならん」

 術の効果範囲まで接敵し、魔法で攻撃する。簡単に傷付くようなら、速やかに離脱し、魔哮砲に任せる。

 攻撃を弾かれた場合は別の術を試し、呪符なども併用して、とにかく魔獣の防禦を解除する。


 行き当たりばったりで、能力のわからない巨大な魔獣と戦うのだ。言うのは容易(たやす)いが、どんな攻撃に見舞われるかわからない。外見は鈍重そうだが、移動手段や速度も不明だ。


 ルベルは【索敵】と【刮目(かつもく)】で魔獣の弱点……防禦が外れた部分を見出(みいだ)し、操手に伝える。

 魔哮砲の攻撃が効けば、相当な威力を発揮するだろう。


 「少なくとも、他の魔物や雑妖が居ないことはわかった」

 隊長が、討伐隊を見回して力強く宣言した。

 隊員たちと【魔哮砲】の操手が(うなず)く。

 「あの魔獣に専念できる。気合いを入れて行くぞ!」


 隊長の号令で、ルベルを除く隊員五人と隊長が散開した。事前の打ち合わせ通りの配置につく。上空からの攻撃を担当する者たちが、【飛翔】の術で地を離れた。


 魔装兵ルベルと操手、【魔哮砲】は、マスリーナ港からゆっくり移動し、大通りに出た。【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派のルベルは【索敵】で魔獣の様子を操手に伝える役目だ。

 木造家屋や倉庫は一棟残らず焼け落ち、港周辺には身を隠せる場所がほぼない。

 「はいはい。こっちだ」

 操手の誘導で【魔哮砲】が移動する。足音ひとつ立たない。


 ……カモフラージュって、俺にそんなの通用しないって知ってて言ってんのか?


 不定形の動く闇。幻術ではない。【魔哮砲】自体が闇の塊なのだ。

 操手も、政府の発表も「兵器」と呼ぶが、どう見ても生きている。

 魔法の道具ではなく、生物だ。


 使い魔の契約で、異界から召還した魔物を使役するにしては、おかしい。

 魔物なら種類を問わず、日光を浴びれば、活動が鈍る。だが、【魔哮砲】はいつも、日光の降り注ぐ甲板に配置されて尚、凄まじい威力で敵機の編隊を一掃した。


 ……弱っててあれなのか?


 仮に、この操手がラクリマリス王家と血縁で、人並み以上の魔力の持ち主だとしても、そんな強力な魔物を使役できるとは思えない。

 ルベルの【索敵】の眼は魔獣に向くが、意識は【魔哮砲】に向いた。


☆数日前の戦闘……「0221.新しい討伐隊」参照

☆ルベルさんは哨戒で威力だけ見た/戦闘機なんか何機飛ばしたって、紙飛行機と同じ……「0136.守備隊の兵士」「0157.新兵器の外観」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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