0227.魔獣の討伐隊
魔装兵ルベルは、宿舎の自室でベッドに寝転がり、天井を睨んだ。
数日前の戦闘を思い返し、新兵器の【魔哮砲】が何なのか考える。
あの日、マスリーナ港に上陸したのは、日の出と同時だ。
この日最初の光が、人家の灯も街灯も何もない闇夜の港を照らしだす。
水平線の際が仄白くなり、濃紺の空から星々がひとつ、またひとつと朝に溶け込て姿を消す。
街の躯が、まだ春浅い朝の光に浮かび上がった。その薄い影の上に急造の討伐隊の影が踊る。
魔装兵が呪文を詠ずる声が、早朝の空気に低く流れ、吐息が白く宙を漂った。
ルベルは【飛翔する蜂角鷹】学派の魔法戦士として【索敵】を唱える。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
術で拡大した知覚を巡らせる。
西に視点を向け、捜すまでもない気がした。
朝日を浴びる焼け跡で、赤黒い何かが蠢く。
他の隊員たちも「それ」に気付き、同じ方向を注視した。
あの大きさなら、この距離から、普通の肉眼でも見える。
ビルの残骸が点在する焼け野原で、たったひとつの動くモノは、遠目にもよく目立った。
ルベルの眼には、間近に視える。
航空写真とは視点が異なるせいか、殊更に大きく映った。
赤黒い泥壁のような巨体が、廃墟の中で蹲る。
顔のようなものも、手足のようなものもない。ただの赤黒い塊だが、ルベルにはそれが朝日を浴び、背を丸めて蹲るように思えた。
それが身じろぎする度に、ぶよぶよと波打つ。
報告書にあった長大な触腕は、この角度からは視えなかった。
ルベルは魔獣の周囲に視線を巡らせた。ビルや瓦礫の影に、他の魔物や魔獣の姿はない。それどころか、雑妖も居なかった。
……えっ? そんなバカな。
見落としかと思い、改めて【索敵】の力を得た眼を凝らした。
瓦礫の隙間や廃ビルの中、地を透過して地下室まで、次々と視点を切り替え、慎重に探す。
「ルベル、どうした? 何か不審なものでもあるのか?」
隊長に声を掛けられた。ルベルは周囲に眼を遣ったまま答える。
「いえ……ないんです」
「何が?」
「他の魔物や雑妖……生きた人間、鼠、雀も鳩も、鴉も……何も居ません」
隊長と他の隊員も周囲を見回した。
普通の霊視力で、自分たちの近くに視線を巡らせ、首を傾げながらルベルに顔を向ける。
「そりゃ、日が当たってんだから……」
「生存者を喰らい尽くし、生き餌が居なくなったから、付近の魔物や雑妖をも喰らったのだろう」
隊長は、【急降下する鷲】の徽章をつけた魔装兵が怪訝な顔で言うのを遮った。
食われた人間の魔力が強かったのか、共食いのお蔭なのか、航空写真で見たより大きいような気がする。
「あれだけデカけりゃ、外さんさ」
振り向くと、【魔哮砲】の操手がすぐ傍に居た。傍らには、トラック程の大きさの闇が広がる。
朝日の中で、そこだけ景色が塗り潰されたかのようだ。
初めて目にする者たちが、一斉に身構える。
操手が慌てて胸の前で両手を振り、討伐隊を止めた。
「最近は人工衛星とか言うものを使って、宇宙からも見張ってるそうだから、念の為、術でカモフラージュしてるんだ」
「カモフラージュ……?」
「あぁ、これ、新兵器」
「これが……あの……」
「【魔哮砲】なのか?」
操手の説明に【飛翔する鷹】の魔装兵がホッと息を吐いた。隊長が確認する。
他の隊員たちも警戒を解き、のっぺりとした闇の塊を気味悪そうに見上げた。
操手は、隊長の問いに軽い調子で頷いてみせる。
「そうそう。我らが秘密兵器です。ルベルさんは哨戒で威力だけ見たよなっ」
「えっ……あ、あぁ。毎回……一撃で、敵機を全滅させるのを確認した」
急に話を振られて動揺したが、【索敵】は切らさない。
何も知らない隊員たちが、ルベルの返事にどよめく。
「これが……」
「スゲェ……」
「触っても……いいか?」
「いや、それはカンベンな」
あっさり断られ、手を伸ばし掛けた【飛翔する鷹】の魔装兵は、一瞬ムッとしたが、すぐに気を取り直して言った。
「そんな凄い威力なら、別に俺たち、要らないかもな?」
操手は、それには首を横に振った。
「作戦会議で説明されただろ? 戦闘機なんか何機飛ばしたって、紙飛行機と同じなんだ。でも、魔獣は違う」
その続きは、隊長が説明する。
キルクルス教は、科学文明を信奉し、魔法文明を全否定する。
アーテル共和国は半世紀の内乱後、キルクルス教国として分離独立した。操手の言う通り、アーテル軍には魔法攻撃に対する防禦手段が全くない。
だが、大抵の魔獣には、魔法に対する防禦力が備わる。軍人なら常識として押さえるべき知識だ。
「まず、奴の防禦を解かねばならん」
術の効果範囲まで接敵し、魔法で攻撃する。簡単に傷付くようなら、速やかに離脱し、魔哮砲に任せる。
攻撃を弾かれた場合は別の術を試し、呪符なども併用して、とにかく魔獣の防禦を解除する。
行き当たりばったりで、能力のわからない巨大な魔獣と戦うのだ。言うのは容易いが、どんな攻撃に見舞われるかわからない。外見は鈍重そうだが、移動手段や速度も不明だ。
ルベルは【索敵】と【刮目】で魔獣の弱点……防禦が外れた部分を見出し、操手に伝える。
魔哮砲の攻撃が効けば、相当な威力を発揮するだろう。
「少なくとも、他の魔物や雑妖が居ないことはわかった」
隊長が、討伐隊を見回して力強く宣言した。
隊員たちと【魔哮砲】の操手が頷く。
「あの魔獣に専念できる。気合いを入れて行くぞ!」
隊長の号令で、ルベルを除く隊員五人と隊長が散開した。事前の打ち合わせ通りの配置につく。上空からの攻撃を担当する者たちが、【飛翔】の術で地を離れた。
魔装兵ルベルと操手、【魔哮砲】は、マスリーナ港からゆっくり移動し、大通りに出た。【飛翔する蜂角鷹】学派のルベルは【索敵】で魔獣の様子を操手に伝える役目だ。
木造家屋や倉庫は一棟残らず焼け落ち、港周辺には身を隠せる場所がほぼない。
「はいはい。こっちだ」
操手の誘導で【魔哮砲】が移動する。足音ひとつ立たない。
……カモフラージュって、俺にそんなの通用しないって知ってて言ってんのか?
不定形の動く闇。幻術ではない。【魔哮砲】自体が闇の塊なのだ。
操手も、政府の発表も「兵器」と呼ぶが、どう見ても生きている。
魔法の道具ではなく、生物だ。
使い魔の契約で、異界から召還した魔物を使役するにしては、おかしい。
魔物なら種類を問わず、日光を浴びれば、活動が鈍る。だが、【魔哮砲】はいつも、日光の降り注ぐ甲板に配置されて尚、凄まじい威力で敵機の編隊を一掃した。
……弱っててあれなのか?
仮に、この操手がラクリマリス王家と血縁で、人並み以上の魔力の持ち主だとしても、そんな強力な魔物を使役できるとは思えない。
ルベルの【索敵】の眼は魔獣に向くが、意識は【魔哮砲】に向いた。
☆数日前の戦闘……「0221.新しい討伐隊」参照
☆ルベルさんは哨戒で威力だけ見た/戦闘機なんか何機飛ばしたって、紙飛行機と同じ……「0136.守備隊の兵士」「0157.新兵器の外観」参照




