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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0226.出店の出店料

 ドーシチ市の門を通ったのは、日が傾き始める頃だった。

 パンとクッキーの生地は発酵と休息を終え、後は焼かれるのを待つだけだ。


 運転手のメドヴェージが、トラックの荷台を開けてくれた。

 街の中央広場らしい。


 「今から、お店するんですか?」

 アミエーラは、移動販売店プラエテルミッサ(みおとされたもの)の店長となったレノに聞いてみた。


 広場のあちこちで、露店が後片付けをする。

 トラックが停まったのは、そうしてできた空きスペースだ。

 買い物帰りの人々が、物珍しげにこちらを見て、足早に家路を辿(たど)る。


 「今日はもう遅いから、明日の朝市からにしよう」

 先に荷台を降りたレノ店長が、少し考えて答えると、近くで店を片付ける男性が振り向いた。

 「兄ちゃん、ここらじゃ見ない顔だな」

 「はい。移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)です。この街は初めてで……」


 男性はレノの返事を聞いて鼻を鳴らした。

 「ここで店するんなら、組合に話を通さにゃならん」

 「あ、そうなんですか。組合長さんって、今からお話できますか?」


 レノ店長が聞くと、彼は作業の手を止め、眉根を寄せた。

 「う~ん……どうだろうなぁ? 忙しいお人だからなぁ」

 「何とかなりませんか?」


 アミエーラは、口を挟まず二人の遣り取りを見守る。

 リストヴァー自治区では、物の取引に許可などいちいち必要なかった。物々交換で、(ほとん)ど顔見知りとしか取引しないからだろう。


 ……揉めごとは怖いし、面倒でも、ここのやり方に合わせなくちゃね。


 ここは、魔法文明偏重政策を採り、フラクシヌス教を国教とするラクリマリス王国だ。力なき民のキルクルス教徒ばかりが暮らすリストヴァー自治区とは、何かと違いが多いだろう。



 「お兄ちゃんたち、売り物はなんだい?」

 荷物をまとめ終えた別の露店の老婆が、話に割り込んだ。レノ店長は、老婆に笑顔を向けて答える。

 「傷薬とパンとクッキーと蔓草(つるくさ)細工です」

 老婆と男性が顔を見合わせる。二人で一言二言交わし、男性が改まった口調でレノ店長に言った。

 「口利き料に傷薬をひとつくれるなら、会わせてやるよ」

 「私ゃ、明日の朝市を楽しみにしてるからね」

 顔を一層しわくちゃにして呪文を唱えると、荷物を抱えた老婆が広場から掻き消えた。


 レノ店長がホッとして、男性に向き直って答える。

 「ありがとうございます。植物油と容れ物は、お客さんにご用意いただいてるんですけど……」

 「そうか。じゃ、ちょっと取りに帰るから、待ってな」

 彼は手早く片付けると、老婆と同じ呪文を唱えて姿を消した。



 アミエーラには、成り行きを見守ることしかできないが、何とかなりそうな様子に胸を撫で下ろした。


 「交渉には、私も行こう」

 ソルニャーク隊長がレノ店長に声を掛けた。

 若い店長の顔に安堵の色が広がる。

 「ありがとうございます。助かります」


 「それなら、私も行った方がいいでしょうね」

 湖の民アウェッラーナが、薬草の束を手に申し出た。

 ソルニャーク隊長が頷く。

 「そうだな。パン部門、細工部門、製薬部門の各代表者と言うことにしよう」


 ……そうよね。それに、魔法使いの人も行った方がいいでしょうし。


 ここは魔法使い中心の国で、今は街の中だ。魔物に襲われる心配はないだろう。

 レノ店長が荷台に戻る。

 何をするのかと見ていると、紙袋を持って降りて来た。


 「見本……あった方がいいと思って。それと、出店料とかも要るかもしれないから……アウェッラーナさん、お願いします」

 「わかりました」

 紙袋からは薬草の束が覗く。

 アミエーラにはよくわからなかったが、自治区の外では普通らしく、緑髪の薬師(くすし)は気軽に了承した。


 ……出店料……?


 仕立屋の店長に送り出されてから、ずっと、初めてのことや知らなかったことの連続だ。自治区の外へ出たのも、魔物に食われそうになったのも、骨折したのも初めてだった。


 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)は、何も悪事を働こうと言うのではない。

 ほんの数日、このドーシチの街で商売させて欲しいだけだ。

 相手は魔法使いとは言え、人間だから、話し合えばわかってもらえるだろう。



 先程の男性が広場に姿を現した。

 油の小瓶と陶器の深皿を持ち、バツの悪そうな顔でレノ店長に言った。

 「丁度いいのがなくてな……」

 レノ店長が湖の民の薬師(くすし)に視線を送る。アウェッラーナは笑顔で、明るい声を掛けた。

 「はい。それで大丈夫ですよ」

 「ん? あんたが薬師なのか」

 「はい。こちらは店長で、パン職人さんです」

 アウェッラーナは、男の怪訝(けげん)な顔にも笑顔を崩さず、レノ店長を(てのひら)で示して紹介する。


 「私は蔓草細工の責任者です。各部門の責任者も同席した方が、話をしやすいでしょう」

 ソルニャーク隊長が言った。

 口調こそ丁寧だが、湖のように静かな瞳は、鋭い光で男性を射す。

 彼は眼光に射竦(いすく)められたように一瞬、息を止め、ぎこちなく(うなず)いた。


 「薬を作るのは、話がついてからにしませんか?」

 ソルニャーク隊長が畳みかけると、男は魅入られたように首を縦に振った。三人を促し、先に立って歩きだす。

 「そ、そうだな。早くしないと、日が暮れちまう。こっちだ」


 「あ、そうだ。遅くなるかもしれないから、晩ご飯、先に食べてて」

 レノ店長が振り向いて声を掛ける。

 ピナティフィダとエランティスが小さく手を振り、不安な面持ちで兄たち一行を見送った。

☆店長となったレノ……「0211.森で素材集め」「0215.外部に伝える」参照

☆植物油と容れ物は、お客さんにご用意いただいてる……「0211.森で素材集め」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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