0225.教えるべき事
少年兵モーフは、セリェブロー区民の少年ロークに葉っぱ毟りを任せ、せっせと籠を編む。
することがあれば、余計なことを考えずに済むと思ったが、そうでもなかった。
先々の不安が次々涌いてくる。
……自治区に居た頃は、こんなじゃなかったのに。
あの頃は、日々を生き延びるのに精いっぱいで、「希望」と言うものの存在さえ知らなかった。
モーフは食い扶持を稼ぐ為、小学校さえロクに通っていない。
朝から晩まで、工場の下働きや使い走りとして、息つく間もなくコキ使われ、怒鳴られ、殴られた。
仕事を捨て、家族を見捨て、星の道義勇軍に入ってから、モーフの暮しは一変した。
今はもっと違う。
誰にも怒鳴られず、殴られず、自分の為に必要な仕事を自分で選んでできる。
無茶しようとすれば、隊長やメドヴェージに止められるが、それ以外は、モーフが自分で選んだことをさせてもらえる。
何より違うのは、外国に居ること。
フラクシヌス教徒や魔法使い、湖の民と一緒に居ることだ。
自治区の外の世界は、何もかもが新鮮で、少年兵モーフには刺激的だった。
リストヴァー自治区の隣にあんなキレイな街があったなんて知らなかった。
魚の実物を見たのは初めてで、焼魚があんなにおいしいとは知らなかった。
大好きな天気予報のBGMにあんな歌があることも、知らなかった。
平地に樹木が生い茂った「森」と言うものが、どこまで続くかわからない景色も初めて見た。
あんな誰も居ない森の中に研究所があることも、道端の草が薬になって、それが売れることも知らなかった。
食べられる草があんなにたくさん、手つかずで道端に残るのが信じられない。
……こっちの国は魔法使いばっかだから、いいモン食ってんだろうな。
少年兵モーフは、手を動かしながら顔を上げ、ファーキルを見た。
魔法文明偏重政策を採るラクリマリス王国に生まれた力なき民だ。
彼は今、天気予報の歌「この大空をみつめて」の歌詞を書き写す。
外国人だが、元はひとつの国だから、使う文字も話す言葉も同じだ。
彼の家があると言うグロム市がどこにあるか、少年兵モーフは知らない。ただ、とても遠いらしいことだけ、何となくわかった。
ネモラリスの知り合いの家へ行き、空襲に巻き込まれて両親を亡くしたと言う。国が分かれた後も、ネモラリスとラクリマリスに国交があるが故の悲劇だ。
グロム市の自宅に帰れたところで、ファーキルは今後どうなるのか。
……俺、何で他の奴の心配なんかしてんだ?
ここに居るのは、何もかもを失い、国に見落とされた者ばかりだ。
人種、国籍、性別、年齢、職業、貧富、信仰、魔力の有無……何もかもが違う。
共通するのは「見落とされた者」のただ一点のみ。
その中でも、ファーキルには帰る家があるだけ、まだマシだ。
少年兵モーフが自治区に居た頃は毎日、明日まで生きられるか、それさえも自信がなかった。
飢えて死ぬかもしれない。
火事や事件に巻き込まれるかもしれない。
雇い先で殴られて殺されるかもしれない。
夜まで生きられても、寝ている間に魔物に食われるかもしれない。
汚染された井戸水を飲むしかなく、病気になって長生きできない。
それでも、あの頃は、明日の心配をしたことがなかった。
……先のことなんか考えても仕方ないくらい、ダメな状態だったってコトかよ。
少年兵モーフは自分が今までずっと、全く希望のないどん底に居たと気付いた。
その日、その時を生きるだけで精いっぱいだった。
今は、違う。
自治区に居た頃よりずっといいものを食べ、いい服を着て、いい所に居て、柔らかであたたかい毛布に包まって眠れる。
やりたくもない仕事をして、理不尽に怒鳴られ、殴られることもない。
常に身構える必要もなく、ソルニャーク隊長やメドヴェージのおっさん、魔法使いたちが守ってくれる。
空襲のないこの地では、魔物に遭いさえしなければ、きっと無事に明日の朝を迎えられるだろう。
自治区に居た頃より、ずっと快適で安心して日々を送れる。
……なのに、何で……俺はずっと先の心配して、他の奴の心配までしてんだ?
手は着々と蔓草を編み、籠を形作るが、考えは同じ所をぐるぐる回る。
隣を見たが、隊長は何か考え事をしながら編むのか、話し掛け難い空気を纏う。
「葉っぱ、全部取れたよ」
不意に声を掛けられ、少年兵モーフは声の主に顔を向けた。
セリェブロー区民のロークだ。いつの間にか、ゴミ袋に集めた蔓草は、余分な葉を全て落としてあった。
「あの、それで……俺……作り方、知らないから、教えて欲しいんだけど、ダメかな?」
何故か申し訳なさそうに言われた。
……ダメッて言うか……教える? 俺が? この兄ちゃんに?
どう見てもロークは少年兵モーフより、ふたつかみっつ年上だ。
それに、今まで誰かに何かを教えられたことはあっても、教えたことなどない。そもそも、モーフにとって、世の中は知らないことだらけだ。
モーフが困って、ソルニャーク隊長を見る。今度は気付いてくれた。
「籠の作り方なら、よく心得ているだろう。手順とコツをイチから教えてやれ」
隊長が、作りかけの籠を上げてみせた顔には、穏やかな笑みが浮かぶ。
ロークを見る。
隊長の言葉で期待した眼が、少年兵モーフの返事を待つ。
もう一度、隊長を見た。目が合い、力強く頷かれる。目尻に皺が寄り、その面には苦笑が混じる。
「えっと……全然、やったことねぇのか?」
ロークに向き直り、聞いてみた。
「うん。商業高校だから帳簿の付け方とかは習ったけど、細工物を作ったりとかは、全然……」
「そ……そっか……全然……じゃあ、えーっと……」
モーフには「ちょうぼ」とやらが、何なのかわからなかった。
ついでに言うと、全く何も知らない相手に「イチから説明」と言われても、どこから説明すればいいかわからない。
いつも何となく作業していた。
また、隊長を見る。
ソルニャーク隊長は、籠を編む手を止めずに助言した。
「今まで何となくしていたことを人に説明すると、自分にとっても勉強になる。まずは、簡単な笊でも作らせたらどうだ? そうだな……使う蔓の本数から説明してやれ」
「は、はいッ!」
説明の道筋を示され、少年兵モーフは張り切って、ロークに向き合った。




