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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0225.教えるべき事

 少年兵モーフは、セリェブロー区民の少年ロークに葉っぱ(むし)りを任せ、せっせと(カゴ)を編む。

 することがあれば、余計なことを考えずに済むと思ったが、そうでもなかった。

 先々の不安が次々涌いてくる。


 ……自治区に居た頃は、こんなじゃなかったのに。


 あの頃は、日々を生き延びるのに精いっぱいで、「希望」と言うものの存在さえ知らなかった。

 モーフは食い扶持を稼ぐ為、小学校さえロクに通っていない。

 朝から晩まで、工場の下働きや使い走りとして、息つく間もなくコキ使われ、怒鳴られ、殴られた。

 仕事を捨て、家族を見捨て、星の道義勇軍に入ってから、モーフの暮しは一変した。


 今はもっと違う。


 誰にも怒鳴られず、殴られず、自分の為に必要な仕事を自分で選んでできる。

 無茶しようとすれば、隊長やメドヴェージに止められるが、それ以外は、モーフが自分で選んだことをさせてもらえる。


 何より違うのは、外国に居ること。

 フラクシヌス教徒や魔法使い、湖の民と一緒に居ることだ。


 自治区の外の世界は、何もかもが新鮮で、少年兵モーフには刺激的だった。

 リストヴァー自治区の隣にあんなキレイな街があったなんて知らなかった。

 魚の実物を見たのは初めてで、焼魚があんなにおいしいとは知らなかった。


 大好きな天気予報のBGMにあんな歌があることも、知らなかった。


 平地に樹木が生い茂った「森」と言うものが、どこまで続くかわからない景色も初めて見た。

 あんな誰も居ない森の中に研究所があることも、道端の草が薬になって、それが売れることも知らなかった。

 食べられる草があんなにたくさん、手つかずで道端に残るのが信じられない。


 ……こっちの国は魔法使いばっかだから、いいモン食ってんだろうな。


 少年兵モーフは、手を動かしながら顔を上げ、ファーキルを見た。

 魔法文明偏重政策を採るラクリマリス王国に生まれた力なき民だ。


 彼は今、天気予報の歌「この大空をみつめて」の歌詞を書き写す。

 外国人だが、元はひとつの国だから、使う文字も話す言葉も同じだ。


 彼の家があると言うグロム市がどこにあるか、少年兵モーフは知らない。ただ、とても遠いらしいことだけ、何となくわかった。

 ネモラリスの知り合いの家へ行き、空襲に巻き込まれて両親を亡くしたと言う。国が分かれた後も、ネモラリスとラクリマリスに国交があるが(ゆえ)の悲劇だ。

 グロム市の自宅に帰れたところで、ファーキルは今後どうなるのか。


 ……俺、何で他の奴の心配なんかしてんだ?


 ここに居るのは、何もかもを失い、国に見落とされた者ばかりだ。

 人種、国籍、性別、年齢、職業、貧富、信仰、魔力の有無……何もかもが違う。

 共通するのは「見落とされた者(プラエテルミッサ)」のただ一点のみ。

 その中でも、ファーキルには帰る家があるだけ、まだマシだ。


 少年兵モーフが自治区に居た頃は毎日、明日まで生きられるか、それさえも自信がなかった。

 飢えて死ぬかもしれない。

 火事や事件に巻き込まれるかもしれない。

 雇い先で殴られて殺されるかもしれない。

 夜まで生きられても、寝ている間に魔物に食われるかもしれない。

 汚染された井戸水を飲むしかなく、病気になって長生きできない。


 それでも、あの頃は、明日の心配をしたことがなかった。


 ……先のことなんか考えても仕方ないくらい、ダメな状態だったってコトかよ。


 少年兵モーフは自分が今までずっと、全く希望のないどん底に居たと気付いた。

 その日、その時を生きるだけで精いっぱいだった。


 今は、違う。


 自治区に居た頃よりずっといいものを食べ、いい服を着て、いい所に居て、柔らかであたたかい毛布に(くる)まって眠れる。

 やりたくもない仕事をして、理不尽に怒鳴られ、殴られることもない。

 常に身構える必要もなく、ソルニャーク隊長やメドヴェージのおっさん、魔法使いたちが守ってくれる。

 空襲のないこの地では、魔物に遭いさえしなければ、きっと無事に明日の朝を迎えられるだろう。

 自治区に居た頃より、ずっと快適で安心して日々を送れる。


 ……なのに、何で……俺はずっと先の心配して、他の奴の心配までしてんだ?


 手は着々と蔓草(つるくさ)を編み、(カゴ)を形作るが、考えは同じ所をぐるぐる回る。

 隣を見たが、隊長は何か考え事をしながら編むのか、話し掛け(にく)い空気を(まと)う。



 「葉っぱ、全部取れたよ」

 不意に声を掛けられ、少年兵モーフは声の主に顔を向けた。

 セリェブロー区民のロークだ。いつの間にか、ゴミ袋に集めた蔓草は、余分な葉を全て落としてあった。


 「あの、それで……俺……作り方、知らないから、教えて欲しいんだけど、ダメかな?」

 何故か申し訳なさそうに言われた。


 ……ダメッて言うか……教える? 俺が? この兄ちゃんに?


 どう見てもロークは少年兵モーフより、ふたつかみっつ年上だ。

 それに、今まで誰かに何かを教えられたことはあっても、教えたことなどない。そもそも、モーフにとって、世の中は知らないことだらけだ。


 モーフが困って、ソルニャーク隊長を見る。今度は気付いてくれた。

 「籠の作り方なら、よく心得ているだろう。手順とコツをイチから教えてやれ」

 隊長が、作りかけの籠を上げてみせた顔には、穏やかな笑みが浮かぶ。


 ロークを見る。

 隊長の言葉で期待した眼が、少年兵モーフの返事を待つ。

 もう一度、隊長を見た。目が合い、力強く(うなず)かれる。目尻に皺が寄り、その(おもて)には苦笑が混じる。


 「えっと……全然、やったことねぇのか?」

 ロークに向き直り、聞いてみた。

 「うん。商業高校だから帳簿の付け方とかは習ったけど、細工物を作ったりとかは、全然……」

 「そ……そっか……全然……じゃあ、えーっと……」


 モーフには「ちょうぼ」とやらが、何なのかわからなかった。

 ついでに言うと、全く何も知らない相手に「イチから説明」と言われても、どこから説明すればいいかわからない。

 いつも何となく作業していた。


 また、隊長を見る。

 ソルニャーク隊長は、籠を編む手を止めずに助言した。

 「今まで何となくしていたことを人に説明すると、自分にとっても勉強になる。まずは、簡単な(ザル)でも作らせたらどうだ? そうだな……使う蔓の本数から説明してやれ」

 「は、はいッ!」

 説明の道筋を示され、少年兵モーフは張り切って、ロークに向き合った。

☆工場の下働きや使い走りとして、息つく間もなくコキ使われ……「0043.ただ夢もなく」「0117.理不尽な扱い」参照

☆星の道義勇軍に入ってから、モーフの暮しは一変……「0053.初めてのこと」参照

☆魚の実物を見たのは初めて……「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」参照

☆天気予報のBGMにあんな歌がある……「0115.昔の音の部屋」「170.天気予報の歌」参照

☆彼の家があると言うグロム市……「0198.親切な人たち」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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