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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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0224.見習うべき事

 トラックが止まった。


 「この辺で素材集めしましょう」

 湖の民の薬師(くすし)が、助手席から振り返って声を掛けた。

 程なく荷台の扉が開けられ、視界が明るくなる。魔法の【灯】も明るいが、月光を模した光だ。陽光の明るさには(かな)わない。



 ロークは新品のゴミ袋を持ち、みんなと一緒に荷台を降りた。

 トラックはラキュス湖に近い側の路側帯に停まる。擁壁は腰くらいの高さで、その向こうで湖水が春の光に輝く。

 ラクリマリス王国の湖上封鎖は、開戦から一カ月以上経つ今も続き、航行する船はない。


 擁壁の足下には、先日、レノが摘んだ食べられる雑草が生い茂る。早速、少年兵モーフが摘み採った。

 東にはプラヴィーク山脈が連なり、裾野から続くツマーンの森が迫る。道路脇には、等間隔で【魔除け】の(いしぶみ)が並ぶ。


 ロークは少し考え、薬師(くすし)アウェッラーナの薬草採りを手伝うことにした。

 森に近い草地に入り、教えてもらいながら摘む。鋸歯型(きょしがた)の葉を茂らせた常緑の多年草だ。芽吹いたばかりの若葉の中で、背丈と葉の色の濃さが目を引く。


 ロークは薬師の指示通り、白い虫綿のない枝を折り取った。

 青臭い草の香が辺りに広がり、あっという間に手が緑に染まる。



 黙々と摘み、すぐに袋がひとつ、いっぱいになる。

 顔を上げて腰を伸ばすと、ソルニャーク隊長と針子のアミエーラが、(ハサミ)蔓草(つるくさ)を切るのが見えた。

 レノ、エランティス、メドヴェージ、モーフは食べられる雑草を集め、残りの者は薬草を摘む。


 ロークは、いっぱいになった袋をトラックの前に置き、二枚目を広げた。

 次はいつ、素材集めできるかわからない。術で水抜きすれば、薬草も雑草もかなり日持ちするらしい。

 みんな一心に、それぞれがこれと決めた素材を集める。

 無駄口を叩く暇などなかった。



 薬草採りを再開した直後、森から(かす)かに葉擦れの音が聞こえた。

 ロークは、ギョッとして顔を上げ、森の奥に目を凝らす。


 「……鹿だ」

 ソルニャーク隊長が短く発すると、場の空気が少し緩んだ。見回すと、みんなが緊張した顔で同じ方向を見詰める。


 ……あれが……鹿。


 ロークは、野生の鹿を初めて()の当たりにした。もっとよく見ようと、一歩、踏み出す。

 鹿は弾かれたように身を翻し、森の奥へ跳ねて逃げた。茶色い身体が木の幹に紛れ、あっという間に見えなくなる。


 「あ、行っちゃった」

 エランティスとアマナが同時に言い、顔を見合わせて笑う。

 クルィーロが笑いながら、妹たちに作業の再開を促した。

 「出て来たのが鹿でよかったじゃないか。魔獣だったら大変だ」



 今回は、乾燥させた薬草が大きいゴミ袋で七枚分、食用の雑草が二袋分、蔓草は三袋分集められた。

 昼食は移動しながら摂ることになり、急いでトラックに乗り込んだ。


 モールニヤ市民の話では、ドーシチ市は平野に拓けた農業都市だと言う。

 生きた家畜を近隣都市に出荷する為、トラックや燃料もあるそうだ。

 住居は、湖の女神のご加護の届く沿岸部にまとめてあり、モールニヤ市同様、防壁に守られる。


 だが、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行に教えてくれた市民は、門の開閉時間までは知らなかった。


 トラックが速度を上げ、荷台が傾く。

 道路に損傷がなく、ほぼ直線だからか、あの巨大な魔獣から逃れた時のようには揺れず、荷台の傾きも少ない。


 ……空襲がないって、こう言うことなんだよな。


 ロークは、カーラジオから流れる語学番組に耳を傾けた。

 トラックでの移動中、自分のラジオは電池を外して節約する。

 ファーキルが持つタブレット端末があれば、必要な情報をいつでも調べられるからだ。


 ラジオの必要性が急に薄れ、ロークは自分自身も、不要な人間になってしまったような寂しさを感じた。

 タブレット端末の情報は、ラジオのようにその時、聴き(のが)せば二度と手に入らないこともない。新聞のように過去の情報を何度でも読み返せる。


 ……まぁ、あの子はグロム市で別れるし、別にいいよな。


 何が別にいいのか、深く考えることなく、その先に思いを()せる。

 グロム市から先……ネモラリス島への船があれば、首都クレーヴェルに行くと決まった。

 魔法使いの工員クルィーロとアマナの兄妹(きょうだい)は、父親が仕事で首都に居るらしい。他の者はロークを含め、行くアテがない。



 天涯孤独の身になった今、ロークには、頼れるものが何もなかった。



 ファーキルが調べてくれた情報では、政府もあまり当てにならないようだ。

 高校生のロークは、もう小さな子供ではないが、今すぐ働いて生活費を稼げと言われても、雇ってもらえる気がしない。

 商業高校では、それなりに成績もよかったが、まだまだ勉強中だ。知識は中途半端、実務経験は皆無だ。


 ……今やってる移動販売で商売のコツを覚えて、どこかの店で雇ってもらえるように頑張ろう。


 ロークは、パン屋の兄姉妹(きょうだい)から色々教わろうと心に決めた。

 兄のレノは、既に実家の店を継ぐ為に働いていた。流れで何となく、移動販売店プラエテルミッサの店長に決まった。二十歳前後の青年だが、店長として違和感を感じさせない何かがある。

 ピナティフィダとエランティスも、幼い頃からずっと店を手伝ってきたようだ。姉妹が作ったクッキーは、ちゃんとおいしかった。

 見習うべきことは多いだろう。

 最初の客を呼び込んだのは、ピナティフィダだ。まだ中学生なのに商売のコツを心得て、度胸も実際の行動力もある。


 ……俺なんかより、よっぽどしっかりしてんだよなぁ。


 しっかりしていると言えば、薬師(くすし)アウェッラーナ、自治区民のアミエーラとモーフもそうだ。

 湖の民アウェッラーナは、外見こそ中学生くらいの女の子だが、話を聞くと、内乱時代生まれの長命人種(ちょうめいじんしゅ)で、そこそこ年配だとわかった。


 ……教えてもらった薬草、しっかり覚えてちゃんと見分けられるようにしよう。


 どこかで雇ってもらえるまで、薬草を摘んで薬屋に買取ってもらえれば、生活費の足しになる。

 もっと直接、レノたちが摘んだ「食べられる雑草」を何種類か覚えておけば、少なくとも草が生える季節は、餓死せずに済む。


 ……次、草摘みする時は、あっちを手伝おう。



 「手伝います」

 「あ、どうも」

 ロークが手を伸ばすと、少年兵モーフは無造作に蔓草(つるくさ)を掴んで寄越した。

 葉を(むし)り、分岐した短い蔓を取り除く。あっという間に手が青臭くなった。


 ……(カゴ)とか作れるようになったら、もっといいよな。


 針子のアミエーラが、機械のような正確さで蔓草を編む。しかも速い。まだ若い女性で、もしかするとロークと同年代かもしれないが、既に熟練の職人技を身に着けていた。

 少年兵モーフは、迷いのない手つきで、ちゃっちゃと籠を編む。ソルニャーク隊長も黙々と作る。


 ……自治区民必須のスキルなのか?


 そんな考えが浮かぶ程、三人は当たり前のように蔓草(つるくさ)細工が上手い。



 知識、経験、技術。

 ロークには、何もないことを思い知らされた。



 首都クレーヴェルに着けば、移動販売店プラエテルミッサは解散するだろう。

 その後すぐ、ローク一人でどこかに就職できるとも思えない。

 ラジオで、戦争のせいで倒産が増えたと聞いた。個人商店もそうだろうから、就職先はかなり減った筈だ。


 住むところもない。

 力なき民のロークは、衣食住すべてで困窮してしまう。

 それどころか、【魔力の水晶】に籠めてもらった魔力が尽きれば、ヴィユノークがくれた【魔除け】の護符が効力を失い、野宿では、一晩たりとも生き延びられないのだ。


 ……俺、ホント……何もできないんだ。


 改めて己の無力を思い知り、ロークは愕然とした。

☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」参照

☆あの巨大な魔獣から逃れた時……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆レノは、既に実家の店を継ぐ為に働いていた……「0021.パン屋の息子」=スカラー区の美味いパン屋=「0034.高校生の嘆き」参照

☆流れで何となく、移動販売店プラエテルミッサの店長に決まった……「0211.森で素材集め」「0215.外部に伝える」参照

☆ヴィユノークがくれた【魔除け】の護符……「0068.即席魔法使い」「0131.知らぬも同然」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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