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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十二章 王国

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224/3503

0222.通過するだけ

 モールニヤ市に入って三日目。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行は、中央広場に移った。


 中央広場には朝市が立つと、北門付近の住人が教えてくれた。

 南の農村から新鮮な野菜などを持ち寄り、街の住人が作った手工芸品と交換すると言う。


 ここでも、レコードで「この大空をみつめて」を流すと、年配の人たちが昔を懐かしみ、色々オマケしてくれた。


 交換品でもらった服に着替え、ソルニャーク隊長とメドヴェージも店番に立つ。剃刀(カミソリ)と石鹸をもらってからは、髭を剃ってさっぱりし、人前に出ても怖がられない外見になった。


 レノは、ラクリマリス人が何故、こんなに親切にしてくれるのか、不思議だ。

 だが、その問いを発すると、何かが失われる気がして、何も聞けない。

 モールニヤ市民も、レノたち一行が、どこの何者か聞かないでくれた。


 レコードから流れる曲の懐かしさで、老人が集まり、若者は「こんな田舎街に珍しい」と、プラエテルミッサの移動販売車を歓迎する。


 ……それで、いいじゃないか。


 商売人と買物客。それだけだ。いちいちネモラリス難民と、受容れ国のラクリマリス人なんて、思う必要はない。


 ……俺たち、普通に商売してるだけで、誰にも迷惑掛けてないし、街の人も喜んでくれてるし。


 誰かに(とが)められることなどしない。

 トラックは後でちゃんと……ネモラリスの首都クレーヴェルに着いたら、国営放送局に返すつもりだ。

 このイベントトラックがなければ、みんなの命はなかっただろう。


 レノは長机に売り物を並べながら、暗い物思いに囚われた。

 生きる為、妹を守る為、仕方ない。

 何度打ち消してみても、心の奥底から滲み出る罪悪感の苦い水が、レノの血に混じり、薄められた毒となって全身を巡るのを止められなかった。



 クルィーロが、客と交換品を交渉する。

 「グロム港へ行きたいんで、トラックの燃料が欲しいんですけど、どなたかお持ちじゃありませんか?」

 「トラックか……ここらは田舎で、みんな力ある民だから……」

 「すまんな、この街にゃガソリンスタンドってもんがないんだ」

 買物客たちが、申し訳なさそうに首を振る。


 別の客が、南を指差した。

 「隣のドーシチにはあるぞ。空っぽになる前に早く行くといい」

 それを聞いた他の住人も、そう言えばあったな、と頷く。

 今のレノたちには、たったそれだけの情報も有難かった。

 ファーキルにタブレット端末で調べてもらったが、ここは田舎だからか、役所の場所さえ、地図情報が出ない。



 「わたしゃ丁度、そっちへ帰るんだよ。ついといで」

 昼過ぎ、買物を終えた老婆が、モールニヤ市役所への道案内を申し出てくれた。

 ソルニャーク隊長と魔法使いのクルィーロが、代表で老婆について行く。


 ……まさか、いきなり逮捕……なんてコトはないだろうけど……な。


 レノは不安を(ぬぐ)いきれず、営業スマイルの下で、岩山の守護神スツラーシに二人の無事を祈った。

 アマナは何も言わず、兄の後ろ姿を目で追って、店番を手伝う。



 ここでも「この大空をみつめて」の歌詞を書いた紙は、人気商品だ。

 女の子たちはリクエストを受け、プラエテルミッサのパン屋のCMソングと「この大空をみつめて」をアカペラで何度も歌った。

 聴衆は対価として、お菓子やリボン、可愛らしい模様のハンカチなど、女の子が喜びそうな物をくれる。

 妹たちは、歌う度に上手くなった。


 ……こんな才能があったなんてな。


 レノは店番をしながら、ピナとティス、アマナが買物客を前に背筋を伸ばし、堂々と歌う後ろ姿を感慨深く見守った。



 三時間程して、客が粗方(あらかた)引いた頃。

 ソルニャーク隊長とクルィーロが、モールニヤ市役所から戻った。

 二人とも、何とも言えない顔だ。


 「後で話すよ。店の片付けとメシの用意、さっさとしよう」

 クルィーロは、レノの質問を制して作業を始めた。ソルニャーク隊長を見ると、「大した話ではない」とだけ言って、片付けに加わる。


 レノも仕方なく、食事の準備に手を着けた。

 交換品で少し古いフライパンをもらい、一度にたくさん焼けるようになった。

 ステンレスのバットに【炉】を掛けるクルィーロは、以前の二倍の魔力が必要で大変そうだが、レノの労力はそうでもなかった。


 ……大したことじゃないなら、今、言ってくれてもいいのに。


 そんなことを考えながらでも、パンはいつも通り、ふっくら焼けた。

 焼いた干し魚と乾物の野菜スープ、焼き立てのパンを食べながら、クルィーロたちの話に耳を傾ける。


 「親切なお婆さんが、帰るついでだからって、市役所まで案内してくれたんだ」

 「役人に難民申請の件を訊ねたが、地方の役場では受付けない、と言われてな」

 ソルニャーク隊長が、苦笑交じりに役人との遣り取りを説明する。



 空襲直後から数日は、ネモラリスからの避難民が大勢、この地を通り過ぎたが、誰も難民申請の話をしなかった。逃げるのに必死で、それどころではなかったのだろう。


 力ある民でも、知らない場所へは【跳躍】できない。


 車を持つ者は、その日の内にモールニヤ市を通過した。

 徒歩の者には、モールニヤ漁業組合が魚を与え、自治会が広場で休息させた。

 親戚や知人など頼るアテがある者は、翌日以降、その街を目指して旅立った。


 「ラクリマリスとネモラリスは、元々は友好国だ。ここの暮しを(おび)かさず、通過するだけなら、住民たちは気の毒に思いこそすれ、積極的に追い出すことはない」

 市民課の課長と名乗った年配の職員は、相談した二人に同情の眼差しを向けた。



 ……その代り、受け容れもしないってコトだよな。


 レノは、北門と中央広場の近隣住民が、プラエテルミッサの一行に親切で、行き先があるなら早く行けるよう、(はか)らってくれたことに気付いた。

 追い出したいワケではないのも、わかった。

 彼らは、純粋な親切心で言ってくれたのだ。


 「東岸のゼルノー市から来たと言ったら、驚かれた」

 ネーニア島を横断したのだから、無理もない。

 ソルニャーク隊長が、経緯(いきさつ)()(つま)んで説明すると、納得と同時に同情され、申し訳なさそうに断られた。



 「お気の毒ではありますが、市役所には、難民保護の権限が与えられておらず、職業や住居の斡旋(あっせん)はできないんですよ」


 「俺たち、定住許可じゃなくて、クレーヴェルまでの通行許可が欲しいんですけど……」

 クルィーロが言うと、観光課の課長が頬を緩めて教えてくれた。


 東のリストヴァー自治区付近以外の国境には、【跳躍】を防ぐ結界はない。

 現に巡礼者は、遠方からも聖地へ【跳躍】する。

 パスポートは、旅人に何かあった時の身元確認の為のものだ。術での行き来を完全に遮断するのは不可能で、科学文明国のような入国管理目的では、使い物にならない。


 「この街で問題を起こさない限り、君たちを追い出したりせんよ」

 対応した市民課と観光課の課長は、二人を市役所の玄関まで見送ってくれた。



 「えーっと、つまり、今日までと同じ感じで、住むとこと仕事を自分たちで何とかして、地元の人に迷惑掛けなきゃ、お咎めなしってコトですか?」

 レノが聞くと、ソルニャーク隊長は「そう。何も変わらない」と頷いた。


 挿絵(By みてみん)

☆「この大空をみつめて」……「170.天気予報の歌」参照

☆イベントトラック……「0130.駐車場の状況」「0133.休むのも大切」「0142.力を合わせて」「0159.荷物の搬入出」参照

☆歌詞を書いた紙……「0218.移動販売の歌」参照

☆プラエテルミッサのパン屋のCMソング……「0210.パン屋合唱団」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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