2149.身内との再会
「おや……そちらの方は?」
「お兄さん、どうされました?」
朝霧通神殿信徒会の会員二人が同時に聞いた。
「兄は昨日の夜、体調を崩してしまって」
「まぁ……奥さんとお子さんが名簿になかったのが、そんなにも」
薬師アウェッラーナが言うと、上品な婦人は顔を曇らせた。
……あれっ?
アウェッラーナは胸の奥がザワついた。
昨日、義姉と甥とは言ったが、誰の妻子かは言わなかった。
兄アビエースは何故か、漁協でも妻子の呼称を口にしなかった。アウェッラーナはその時も気になったが、兄の血圧が心配でその件を聞けなかったのだ。
案の定、血圧が上がり過ぎて頭痛までする今、そんな強いストレスになるコトなど、ますます聞けなくなってしまった。
昨夜と今朝、魔法薬を作って飲ませ、血圧はやや落ち着いたが、少なくとも今日一日は安静にして欲しい。
表情を繕って当たり障りのない答えを口にする。
「お気遣い有難うございます。お薬を作って飲ませましたから、心配ありませんよ」
「お兄さん、お大事に」
「妹さんが薬師さんだと、お兄さんも安心ですね」
信徒会の婦人がにっこり笑う。
昨日は、クルィーロとラゾールニクも、それとなく神殿について来てくれた。朝霧通神殿の方は、祭壇の宝石から滝のように水が流れる以外、特に変わった様子はなかったと言う。
今日は、寝込んだ兄アビエースの代わりにラゾールニクが来てくれた。
「あ、どうも初めまして。俺、ラクリマリスのフリージャーナリストで、今はこの人たちの車に泊めてもらって、ネモラリス情報を世界に向けて発信してます」
ラゾールニクが、首にぶら下げたいつもの偽造記者証を軽く小突く。
信徒会のボランティア二人は、記者証と金髪の若者の顔を何度も見比べた。
「勿論、ネモラリス島のガイド料と、車に泊めてもらう宿代は払ってますよ」
「そ、そうですか」
「本日は何の取材ですか?」
婦人はたじろいだが、年嵩の男性は動じることなく聞いた。
「彼女が、空襲のせいで生き別れになった家族と再会できるかもってコトで」
ラゾールニクはアウェッラーナを掌で示すと、大袈裟な身振りを交えて言った。
「感動のご対面! 世界中に向けて配信したら、アーテルがいきなり吹っ掛けた戦争のせいで、ネモラリスでは何が起こってるか、わかりやすく伝わると思うんですよ」
年嵩の男性が食いつく。
「それで、経済制裁が解除される、と?」
ラゾールニクは苦笑して、片手をひらひら振った。
「一足飛びにそこまでの影響が出るとは思えませんけど。バルバツム連邦とか、キルクルス教圏の国にとって馴染みの薄いネモラリス共和国がどんなとこか、どんな人が暮らしてるか、ちゃんとした実像を知るきかっけくらいには、なるのかなって思ってます」
「どう言うコトですか?」
婦人が首を傾げる。
「あっち側の国で、ネモラリス共和国がどう思われてるか、知ってますか?」
「いえ……戦争が始まってから、国際ニュースが薄くなりましたから」
婦人が困った顔になる。
ラゾールニクは拳を握って一息に捲し立てた。
「三界の魔物の再来になりかねないヤバい魔法生物をこっそり開発した邪悪な魔法使いの巣窟で、絶対存在を許しちゃいけない! みたいに思ってる人、割と多いんですよ」
「えぇ? 力なき陸の民も大勢居るのにですか?」
年嵩の男性が目を剥く。
「ラキュス湖から遠い国の人は、知らないんですよ。そう言うの。で、人間には知らないモノを怖がる習性があります」
「あぁ……まぁ、それはなんとなくわかりますが」
「得体のしれないモノは、薄気味悪いですものね」
信徒会の二人が、困惑と納得の入り混じった顔で頷く。
「そう! それなんですよ。だから、伝えるんです」
「彼女とご家族の再会を?」
「ここに住んでるのも、魔法を使えるってだけの普通の人間ってコトを、です」
ラゾールニクは、付き添いの方便として記者のフリをするのではなく、本気でアウェッラーナたちの再会を記事化して、新聞社に売込むか、動画をユアキャストで配信するつもりらしい。
……えぇ? そんなの聞いてないんだけど?
アウェッラーナはボランティア二人の手前、口に出せず、仮設住宅へ向かう歩調が鈍った。パドールリクがアウェッラーナの隣を歩く。
ラゾールニクは、信徒会の二人にインターネットとタブレット端末の説明をしながら前を歩き、アウェッラーナの視線に気付かない。
朝霧通神殿から十五分ばかりで、北の公園に着いた。
敷地の広さの割に遊具は砂場と滑り台しかない。隣接する市民グラウンドには、プレハブの仮設住宅が建ち並び、洗濯物が夏の陽射しを浴びてはためく。
蝉の声は賑やかだが、公園で遊ぶ子供の姿はなく、仮設の通路も人影が疎らだ。
「実は昨日も訪ねたのですが、お留守でお会いできなかったのですよ」
「ドアにメモを挟んでおいたので、今日はご在宅だと思うのですが」
信徒会の二人は、百棟以上あるプレハブの通路を迷いのない足取りで進み、ひとつの扉の前で立ち止まった。
表札はない。
年嵩の男性がノックした。
「こんにちはー。信徒会ですー」
「はーい。いつもお世話になってまーす」
すぐに戸が開き、緑髪の中年男性が顔を出した。
従兄の息子ナウタだ。
ゼルノー市に居た頃より少し痩せたが、間違いない。
ボランティアの二人が脇へ退き、アウェッラーナを前に出す。
「ラーナさん?」
ナウタが先に口を開いた。
緑の目を瞠り、口を半開きにしたまま土の通路に一歩踏み出す。
「ナウタ……一人?」
「父さんと母さんは、集会室でみんなのスープ作ってる」
「スープ?」
「この仮設、魔法使い少ないから、漁が休みの日は【炉】の係してるんだ。俺も行くハズだったけど、信徒会の人が『何か大事な用で来る』ってメモ挟んであったから、留守番頼まれたんだ」
ナウタは一気に言って、ボランティアの二人を見た。
☆邪悪な魔法使いの巣窟……「1118.攻めの守りで」「1229.名もなき肯定」参照
☆ラキュス湖から遠い国の人は、知らない……「1229.名もなき肯定」参照
☆従兄の息子ナウタ……「827.分かたれた道」参照




