2148.信徒会の活動
昼食後、薬師アウェッラーナたちは三人と二人に分かれ、朝霧通神殿へ重い足を運んだ。
朝霧通神殿信徒会は、敷地内にある集会所の会議室のひとつを事務局に使う。
パドールリクの予想通り、クレーヴェル漁協東支部の事務員は信徒会に連絡してくれていた。
待っていた信徒会の男女三人はいずれも、緑髪に白いものが目立つ湖の民だ。会議用の長机には、紐で綴じられた帳簿のようなものだけが乗る。
「恐れ入りますが、流石に赤の他人の方にはお見せできませんので、何か身分証を拝見させていただけませんか?」
年配の男性信徒に言われ、三人はポケットからゼルノー市の市民証を出した。三人とも、身分証にある住所は空襲で壊滅し、立入制限で帰れない為、住所不定だ。
「私はご覧の通り他人ですが、彼らはご近所さんで、一緒に避難しています」
金髪のパドールリクが言うと、会議用の長机に並んで座る信徒会の三人は、兄アビエースを見た。
「平和な頃、出張で何度もクレーヴェルに来たコトがあるそうで、道案内をお願いしたんです」
「そうだったんですか」
信徒会の事務局には、【明かし水鏡】など真偽を確認できる魔法の道具はない。市民証は、所持者個人の呼称や写真などしかなく、家族関係の証明にはならなかった。
信徒会の三人が、素早く視線を交わして微かに顎を引く。
「生き別れのお身内を二年もずっと捜してたんですって? この人たちがそうだといいのですけれど」
品のいい婦人が、三十センチ定規を挟んだ名簿の該当箇所を開いて、兄アビエースに向けた。
光福三号 ゼルノー漁協
船長 ヘロディウス
甲板員 ナウタ
補助員 イリス
現住所欄には仮設住宅の名称がある。
朝霧通神殿信徒会の登録日は、去年の四月だ。
「船長……ヘロディウス」
「プルーヴィア義姉さんとアルンドー君とファウトール叔父さんは?」
「仮設に入居できたんですか」
兄アビエースとアウェッラーナ、付き添いのパドールリクは同時に声を発した。
信徒会の女性が、同情で顔を曇らせる。
見開きのページは、どうやらこれが最新らしく、一番上に従兄一家の名があるだけで、他は空行だ。
「あ……ま、前のページを見せていただいても?」
「船長さんを最初に書きますから、光福三号はこの三名様だけなんですよ」
アウェッラーナが聞くと、年嵩の男性が眉を下げて答えた。
もう一人の男性が、訪問者三人を見回して言う。
「これは、仮設住宅に魚を寄付して下さる漁船の乗員名簿なんです」
「えっ? どう言うコトですか?」
「陸で他の活動やお仕事をなさっている方は、載せてないんですよ」
兄アビエースは呆然と聞き、パドールリクが手帳に控えてくれる。
薬師アウェッラーナは必死に頭を働かせ、質問を捻り出した。
「甥のアルンドーとファウトール叔父さんは、いつも一緒に乗組んで、兄を含めて五人で操業してたんです。光福三号は、魔道機船です。従兄たち三人だけでは魔力が足りなくて動かせませんが」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。他のボランティアの方が乗組んでますから」
「えッ……?」
兄妹は予想外の話に言葉を失った。
パドールリクが質問する。
「乗員名簿にない人が乗組むんですか? 万が一、何かあったら」
「当然、操業当日の……実際の乗員名簿は毎回、別に作ってますよ。これは信徒会に登録しているボランティア漁船の名簿なんですよ」
「星の標のテロで、地元の漁船が何隻も沈められました。船の再建がまだだったり、諦めたりした漁師さんも、ボランティア活動に参加して下さってるんですよ」
信徒会の男性二人が説明する。
仮設住宅の入居者に対する食料支援ボランティアは、漁協から指定された水域のみで操業する。
勿論、他に仕事がある為、全ての漁船が毎日、慈善操業できるワケではない。また、漁業資源保護の為、獲り尽くさないよう、漁獲量の調整も必要だ。
名簿に記載された漁船で隊を組み、一カ月毎に出漁担当日を決めて当番を回す。一組三隻で、助け合って操業。毎週水曜と悪天候時は休みだ。
漁労ボランティアは、漁船を失った地元漁師だけでなく、母港に帰れなくなったネーニア島の漁船や、空襲ですべてを喪い、身ひとつで逃れて来た漁師も居る。
「仮設住宅にお住いの漁師さんでしたら、私たち信徒会や、他の慈善団体が定期的に家庭訪問しています。明日、水曜日ですし、よろしかったらご一緒しましょうか?」
信徒会の婦人が、兄妹に気遣わしげな眼を向ける。
アウェッラーナの指先は白く冷たかった。鏡を見るまでもなく、顔から血の気が引いたのがわかる。
「仮設? 通帳の再発行は? 賃貸に入る貯金くらいあったのに?」
アウェッラーナの口から疑問がこぼれ出る。兄アビエースは膝の上で拳を握り、一言も発さない。
信徒会の男性が言う。
「資産までは存じませんが、ヘロディウスさんたちは、単身用のお部屋に一家三人でお住まいですよ」
「仮設に入るまでは、どうしてたんですか?」
「港に係留した船で寝起きなさっていたそうです」
「仮設に三人だけって、ね、義姉さんたち、どこへ行ったか、ご存知ありませんか?」
質問するアウェッラーナの声が震える。
「私たちが知っているのは、仮設に入居された方と、漁労ボランティアの方だけで、ご自分でお部屋を契約なさった方や、別団体の支援者さんのおうちに身を寄せておられる方は、ちょっとわからないんです」
信徒会の婦人が、目を伏せて名簿を閉じる。
アウェッラーナは鞄から毒消しを三本出して会議机に置いた。
「火炎水母の毒消しです。従兄たちがお世話になっているので、少しですけど、漁師さんたちにどうぞ」
「えっ? よろしいんですか? 今、お薬はどれも値上がりが凄いのに」
年嵩の男性が目を丸くする。
薬師アウェッラーナは胸元で輝く【思考する梟】学派の徽章を示した。
「私が作りました。材料が少ししか買えなかったんで、アレですけど」
「いえいえ、そんな!」
「漁師さんたち、凄く助かると思います」
「あの、明日、従兄が居る仮設住宅へ案内していただいていいですか?」
「勿論ですとも」
「水の縁が繋がりますように」
明日の朝、朝霧通神殿に集まる時間を決め、重い足を引きずってトラックに帰った。
☆プルーヴィア義姉さんとアルンドー君とファウトール叔父さん……「824.魚製品の工場」参照
☆兄を含めて五人で操業……「0002.老父を見舞う」参照




