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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十三章 解悟

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2148.信徒会の活動

 昼食後、薬師(くすし)アウェッラーナたちは三人と二人に分かれ、朝霧通神殿へ重い足を運んだ。


 朝霧通神殿信徒会は、敷地内にある集会所の会議室のひとつを事務局に使う。

 パドールリクの予想通り、クレーヴェル漁協東支部の事務員は信徒会に連絡してくれていた。


 待っていた信徒会の男女三人はいずれも、緑髪に白いものが目立つ湖の民だ。会議用の長机には、紐で綴じられた帳簿のようなものだけが乗る。


 「恐れ入りますが、流石に赤の他人の方にはお見せできませんので、何か身分証を拝見させていただけませんか?」

 年配の男性信徒に言われ、三人はポケットからゼルノー市の市民証を出した。三人とも、身分証にある住所は空襲で壊滅し、立入制限で帰れない為、住所不定だ。


 「私はご覧の通り他人ですが、彼らはご近所さんで、一緒に避難しています」

 金髪のパドールリクが言うと、会議用の長机に並んで座る信徒会の三人は、兄アビエースを見た。

 「平和な頃、出張で何度もクレーヴェルに来たコトがあるそうで、道案内をお願いしたんです」

 「そうだったんですか」


 信徒会の事務局には、【()かし水鏡(みかがみ)】など真偽を確認できる魔法の道具はない。市民証は、所持者個人の呼称や写真などしかなく、家族関係の証明にはならなかった。

 信徒会の三人が、素早く視線を交わして(かす)かに顎を引く。


 「生き別れのお身内を二年もずっと捜してたんですって? この人たちがそうだといいのですけれど」

 品のいい婦人が、三十センチ定規を挟んだ名簿の該当箇所を開いて、兄アビエースに向けた。



 光福三号 ゼルノー漁協

 船長 ヘロディウス

 甲板員 ナウタ

 補助員 イリス



 現住所欄には仮設住宅の名称がある。

 朝霧通神殿信徒会の登録日は、去年の四月だ。

 「船長……ヘロディウス」

 「プルーヴィア義姉(ねえ)さんとアルンドー君とファウトール叔父さんは?」

 「仮設に入居できたんですか」

 兄アビエースとアウェッラーナ、付き添いのパドールリクは同時に声を発した。

 信徒会の女性が、同情で顔を曇らせる。


 見開きのページは、どうやらこれが最新らしく、一番上に従兄(いとこ)一家の名があるだけで、他は空行だ。

 「あ……ま、前のページを見せていただいても?」

 「船長さんを最初に書きますから、光福三号はこの三名様だけなんですよ」

 アウェッラーナが聞くと、年嵩(としかさ)の男性が眉を下げて答えた。


 もう一人の男性が、訪問者三人を見回して言う。

 「これは、仮設住宅に魚を寄付して下さる漁船の乗員名簿なんです」

 「えっ? どう言うコトですか?」

 「(おか)で他の活動やお仕事をなさっている方は、載せてないんですよ」

 兄アビエースは呆然と聞き、パドールリクが手帳に控えてくれる。


 薬師(くすし)アウェッラーナは必死に頭を働かせ、質問を捻り出した。

 「甥のアルンドーとファウトール叔父さんは、いつも一緒に乗組んで、兄を含めて五人で操業してたんです。光福三号は、魔道機船です。従兄(いとこ)たち三人だけでは魔力が足りなくて動かせませんが」

 「あぁ、それは大丈夫ですよ。他のボランティアの方が乗組んでますから」

 「えッ……?」

 兄妹は予想外の話に言葉を失った。


 パドールリクが質問する。

 「乗員名簿にない人が乗組むんですか? 万が一、何かあったら」

 「当然、操業当日の……実際の乗員名簿は毎回、別に作ってますよ。これは信徒会に登録しているボランティア漁船の名簿なんですよ」

 「星の(しるべ)のテロで、地元の漁船が何隻も沈められました。船の再建がまだだったり、諦めたりした漁師さんも、ボランティア活動に参加して下さってるんですよ」

 信徒会の男性二人が説明する。



 仮設住宅の入居者に対する食料支援ボランティアは、漁協から指定された水域のみで操業する。

 勿論(もちろん)、他に仕事がある為、全ての漁船が毎日、慈善操業できるワケではない。また、漁業資源保護の為、獲り尽くさないよう、漁獲量の調整も必要だ。

 名簿に記載された漁船で隊を組み、一カ月毎に出漁担当日を決めて当番を回す。一組三隻で、助け合って操業。毎週水曜と悪天候時は休みだ。


 漁労(ぎょろう)ボランティアは、漁船を失った地元漁師だけでなく、母港に帰れなくなったネーニア島の漁船や、空襲ですべてを喪い、身ひとつで逃れて来た漁師も居る。



 「仮設住宅にお住いの漁師さんでしたら、私たち信徒会や、他の慈善団体が定期的に家庭訪問しています。明日、水曜日ですし、よろしかったらご一緒しましょうか?」

 信徒会の婦人が、兄妹に気遣わしげな眼を向ける。

 アウェッラーナの指先は白く冷たかった。鏡を見るまでもなく、顔から血の気が引いたのがわかる。


 「仮設? 通帳の再発行は? 賃貸に入る貯金くらいあったのに?」

 アウェッラーナの口から疑問がこぼれ出る。兄アビエースは膝の上で拳を握り、一言も発さない。

 信徒会の男性が言う。

 「資産までは存じませんが、ヘロディウスさんたちは、単身用のお部屋に一家三人でお住まいですよ」

 「仮設に入るまでは、どうしてたんですか?」

 「港に係留した船で寝起きなさっていたそうです」

 「仮設に三人だけって、ね、義姉(ねえ)さんたち、どこへ行ったか、ご存知ありませんか?」

 質問するアウェッラーナの声が震える。


 「私たちが知っているのは、仮設に入居された方と、漁労ボランティアの方だけで、ご自分でお部屋を契約なさった方や、別団体の支援者さんのおうちに身を寄せておられる方は、ちょっとわからないんです」

 信徒会の婦人が、目を伏せて名簿を閉じる。


 アウェッラーナは鞄から毒消しを三本出して会議机に置いた。

 「火炎水母(カエンクラゲ)の毒消しです。従兄たちがお世話になっているので、少しですけど、漁師さんたちにどうぞ」

 「えっ? よろしいんですか? 今、お薬はどれも値上がりが凄いのに」

 年嵩の男性が目を丸くする。


 薬師(くすし)アウェッラーナは胸元で輝く【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を示した。

 「私が作りました。材料が少ししか買えなかったんで、アレですけど」

 「いえいえ、そんな!」

 「漁師さんたち、凄く助かると思います」

 「あの、明日、従兄が居る仮設住宅へ案内していただいていいですか?」

 「勿論(もちろん)ですとも」

 「水の(えにし)が繋がりますように」

 明日の朝、朝霧通神殿に集まる時間を決め、重い足を引きずってトラックに帰った。

☆プルーヴィア義姉(ねえ)さんとアルンドー君とファウトール叔父さん……「824.魚製品の工場」参照

☆兄を含めて五人で操業……「0002.老父を見舞う」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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