2147.信用ならない
薬師アウェッラーナと兄アビエース、付き添ってくれたパドールリクは一旦、移動放送局プラエテルミッサの車を停めた南地区の公園に戻った。
港が広い為、クレーヴェル漁協は南地区の本部の他、東と西に支部を置く。光福三号と取引があったウハー鮮魚店が東地区だったので、先に東支部へ足を運んだのだ。
兄アビエースが漁協の件を伝えると、ジョールチは「そうでしたか」と言ったきり、ふっつり無言になった。
クーデター勃発後、朝霧通神殿のウシェールィエ神官と直接会って話したコトがあるのは、ジョールチとレノ店長だけだ。
レノ店長は今日、情報収集を兼ねた買物で、葬儀屋アゴーニと南地区の商店街へ出掛けた。
ラゾールニクが端末をつつく手を止めて聞く。
「そんな難しいコト?」
「今のウシェールィエ神官は、解放軍の連絡係なのです。朝霧通神殿信徒会も、ネミュス解放軍の一部と考えた方がいいでしょう」
「あッ……!」
クルィーロとパドールリクが顔を見合わせる。
クリュークウァ支部長カピヨーのように友好的な者ばかりではない。
ラキュス・ネーニア家の双子サル・ウルとサル・ガズのように人狩りを実行した者も居るのだ。
双子は、ウヌク・エルハイア将軍に咎められ、現在は首都クレーヴェルの神殿十二カ所を巡って、贖罪の祈りを捧げる日々を送る。
だが、双子の配下たちの情報は、入手できなかった。ウヌク・エルハイア将軍の目を逃れ、密かに隠れキルクルス教徒狩りを続ける可能性は無視できない。
移動放送局プラエテルミッサには現在、力なき陸の民が八人も居るのだ。
誰か湖の民が一緒なら、外出しても問題なさそうだが、力なき陸の民だけで出歩けば、何が起きるかわからない。
「朝霧通神殿信徒会も、以前は本当に慈善団体でしたが、解放軍の息が掛かった以上、全面的に信用するワケにはゆきません」
クーデター前は都民だったジョールチが、苦い顔で言葉を絞り出して俯く。
これまで見て来た街の仮設住宅では、力なき陸の民が圧倒的に多かった。
魔力がない為、就職や住居の契約で壁があるのだ。
力なき陸の民を雇用すると、魔法が使えないハンデを補う為に余分な経費が発生する反面、彼らは建物の【魔除け】【耐暑】【耐寒】などに魔力を供給できない。
湖の民や力ある陸の民なら、出勤してただそこに居るだけで、建物に掛けられた各種防護の術を維持できる。
賃貸住宅でも同様で、【防火符】の費用を家賃に上乗せされる。家賃を値上げしてでも入居させてもらえるなら、まだマシな方だ。安い賃貸の家主は大抵、火災を恐れて、力なき陸の民の入居を断る。
平和な頃から問題視されたが、開戦後は更に深刻化した。
湖の民や力ある陸の民なら、避難先でも早期に就労して住宅を確保できるが、力なき陸の民は、仮設住宅から出られず、寄付だけが頼りの暮らしが続く。
戦禍で燃料価格が上がり、その後、国連などによる経済制裁で輸入量が大幅に減少した。
ネモラリス共和国は、ウーガリ山脈で石炭を産出するが、産油国ではない。
ラクリマリス王国とフラクシヌス教団は、ネモラリス人を支援する為、ネモラリス領の神殿に燃料の横流しを始めたが、品薄を完全に解消するには程遠く、燃料価格は高止まりが続く。
ネモラリス領内では、自家用車がテントよりマシな仮住まいになり、走らせるものではなくなった。
既存のバス路線も著しく便数を減らし、力なき陸の民の通勤の足が殆ど機能しない。通勤不能に陥り、転職や失業に繋がった。
仮に、力なき陸の民を雇ってくれる事業所が現れたとしても、仮設住宅から遠ければ、諦めざるを得ないのだ。
「開戦から二年余り経ち、仮設住宅にお住いの方々の多くは、貯金が底をつきました。寄付への依存度が上がり、解放軍に取り込まれた可能性を否定できません」
ジョールチが苦しげに仮説を語る。
従兄のヘロディウス一家と叔父ファウトール、それに兄嫁プルーヴィアと甥のアルンドーは、解放軍に参加すると言って、アウェッラーナの兄アビエースから光福三号を奪ったのだ。
活動内容が仮設住民への食料支援であっても、ネミュス解放軍の一員としての目的は、知れたものではない。
「でも、わざわざ貴重な毒消し払ってまで、身内に繋がる情報を教えてもらったのに、神殿へ行かないのって、不自然だよなぁ」
ラゾールニクが困った顔で苦笑する。
みんなの目が緑髪の兄妹に集まった。
……早く行かなきゃいけないのはわかってるけど。
ヘロディウスたちと会ってどうすればいいか。未だに考えがまとまらず、漁協で妻子の呼称を出さなかった兄の意向を確認するのも怖かった。
船を奪われた状況から、和解は難しいだろう。
彼らが、住居兼収入源となった漁船を「ハイそうですか」と簡単に返すとは思えなかった。
従兄一家と兄嫁と甥の元気な姿に会えたとしても、素直に喜べる気がしない。
……でも、もうこれ以上、先延ばしにするワケにはゆかないのよね。
「あ、あの、午後……お昼ごはん、終わってから行きます。神殿」
アウェッラーナの声は、自分で思った以上に震え、何を言うのかよくわからなくなってしまった。
隣で兄アビエースが頷く。
「私もご一緒しましょう。漁協の事務員さんが、信徒会へ連絡して下さったかもしれません」
「あッ……!」
「同じ組合わせの方がいいでしょう」
「有難うございます」
兄アビエースは、パドールリクの申し出に即答した。
ラゾールニクが小さく片手を挙げる。
「んじゃ、フツーの参拝客のフリして、ちょっと離れたとこから見とくよ」
「俺も行きます」
クルィーロも加え、五人で行くと決まった。
☆朝霧通神殿のウシェールィエ神官と直接会って話した……「2113.電話帳で調査」~「2117.湖水の回復量」参照
☆双子サル・ウルとサル・ガズのように人狩りを実行……「1622.高校生の報告」~「1629.支配者の命令」参照
☆首都クレーヴェルの神殿十二カ所を巡って贖罪の祈りを捧げる日々……「2116.償いの水呼び」参照
☆魔力がない為、就職や住居の賃貸契約で壁……「1540.欺かれた人々」参照
就職……「0107.市の中心街で」「723.殉教者を作る」「1029.分断の阻止へ」「1092.バザーの準備」「1186.難民支援窓口」「1408.過去から学ぶ」「1467.会場での調査」参照
住宅の契約……「0107.市の中心街で」「612.国外情報到達」「1467.会場での調査」「1501.公約の問題点」参照
☆ネモラリス領の神殿に燃料の横流し……「1984.細く繋がる糸」参照
☆解放軍に参加すると言って(中略)光福三号を奪った/船を奪われた状況……「827.分かたれた道」参照




