0219.動画を載せる
空が茜色に染まり、客がすっかり引いた。
生地の発酵を終えたレノ店長が、工員クルィーロに魔法で火を熾してもらい、パンとクッキーを焼き始める。
移動販売店プラエテルミッサの他の面々は、店を片付けて夕飯の準備をした。
防壁で守られるとは言え、内部で雑妖が全く発生しないワケではない。
手早く夕飯を済ませ、日のある内に荷台へ戻った。
夜中にトイレへ行く時に困るので、ザカート隧道で過ごした夜と同様、荷台の扉は半分開けて、見張りを置くことになった。
三番手のファーキルは、充電が八割方回復したタブレット端末を持って、昨日と同じ運転席の後ろの小部屋に入る。
毛布を頭から被り、ブラウザを起ち上げてすぐ、昼間撮った歌の練習動画をアップロードした。タイトルは「移動販売の歌を練習する避難民の少女たち」だ。
アップロードを待つ間、今日一日の出来事を頭の中で文章にまとめる。
動画の説明文も「避難民の人たちは、タダで物を恵んでもらったりせず、森で集めた薬草や蔓草を加工して、食糧などと物々交換しています」と追加して、SNSに投稿した。
テキストエディタを起動し、さっき考えた文章を入力する。
――無事にラクリマリス王国領の街に到着しました。
――クブルム山脈の南には空襲がなくて、人の暮らしがありました。
――充電が足りなくなったので、写真はありません。
――検問などはありませんでした。【跳躍】で出入りできるからでしょうか。
――広場で薬や蔓草細工、クッキーなどを物々交換。
――それらは、衣服や食料と交換してもらえました。
――街の人たちは親切で、いい物をたくさんくれました。
――トラックの人たちは、この臨時の店を「見落とされた者」と名付けました。
――なんとかしてグロム港に行って、ネモラリス島に渡る予定だそうです。
――ラクリマリスでは、難民の扱いがわからなくて、不安を感じています。
――ネモラリス領の最寄りの街ガルデーニヤ市は、避難民がぎゅうぎゅうで、子供や女性の人身売買や、口減らしと【魔力の水晶】目当ての殺人も横行……と噂を耳にしました。
――それなら、ダメ元でラクリマリス王国で難民申請して、アミトスチグマ王国の難民キャンプに行くのがいいんじゃないかってことで、話がまとまりました。
見出しを「今日のできごと」にして、テキストだけの記事を連続投稿する。
早速、動画の記事にコメントが付いた。
曲名など、似たような質問が幾つも並ぶ。ファーキルは少し迷ったが、正直に答えた。
――元歌は、ネモラリス国営放送の天気予報のBGM「この大空をみつめて」です。
返事を投稿すると、短時間で、それが【飛翔する燕】学派の呪歌をアレンジしたものだ、と補足がついた。
三人の歌声を「可愛い」と評した単純なコメントもたくさん並ぶ。
支援の申し出もあったが、悪徳な奴隷商人や女の子たちに危害を加える目的の輩の可能性もある。
ファーキルは、善意の人たちの気持ちだけもらって、現在地は明かさないことにした。
SNSをログアウトしてニュースサイトを開く。
この辺りの現地情報に一番詳しそうなのは、アミトスチグマ王国に本社を構える湖南経済新聞のサイトだ。
思った通り、ネモラリス共和国内の企業や工場の被災状況、鉱業など資材調達への影響などが詳細に掲載される。
経済を軸に全体を俯瞰する情報が多い印象だ。
外国企業からの支援情報、難民キャンプへの寄付など、別コーナーを設けて特集する。難民を積極的に雇用する企業を集めた就職情報コーナーもみつけた。
……グロム市まで行ったら、この人たちともお別れなんだよな。
そうしなければ、嘘がバレる。
ファーキルは、アーテル共和国を捨てて来たが、彼らはきっと、敵だと思うだろう。嘘を吐いてずっと傍に居たとバレたら、最悪、殺されるかも知れない。
……フラクシヌス教徒の人たちは、キルクルス教徒をどう思ってるんだろう?
家に居る頃、フラクシヌス教について調べたことがある。
他の宗教にありがちな、天地開闢の創世神話はなく、ラキュス湖の成立神話から始まる。
考古学者や宗教学者は、古代に実在した魔法使いが、神々のモデルではないかと推測する。
地質学者も、それを裏付ける「不自然な地層」を幾つも見出した。少なくともラキュス湖については、フラクシヌス教が成立した時代の少し前に「誰かが作った」と証明済みだ。
それ以前は、今の湖北地方の南側の領域と、ネーニア島の近くに小さな湖やオアシスが点在するだけの砂漠だったらしい。
広大な砂漠は水没し、山やちょっとした高地だけが島々として残った。
現在、ラキュス湖に浮かぶ島々は、どれも緑豊かだ。かつて砂漠だったと言われても、ファーキルにはピンとこなかった。
フナリス群島の聖地などは、巡礼者や観光客が、多数の写真や動画、テキストでネットに足跡を残す。
……ネット上にラクリマリス王国の生活情報は少ないし、この国のローカル情報と、避難したネモラリス人の情報を伝えるだけでも、充分、役に立つよな。
ラクリマリス領内でも、フナリス群島やグロム市など、外国から巡礼者が多く訪れる地域は、割と情報が充実している。だから、ファーキルはボロが出ないよう、グロム市出身と偽ったのだ。
……あ、そうだ。住所。
いつ、誰に聞かれるかわからない。
ファーキルは、フラクシヌス教の信徒向け不動産情報のサイトを開いた。
巡礼者向けの仕事目当てで、外国から出稼ぎに来る者も多いらしい。複数の不動産会社が、短期専用のアパートや借家の情報をまとめたサイトを共同運営する。
テキトーに選んだ空家の住所をテキストエディタに保存し、地図検索のサイトを開く。検索バーに住所を入力し、衛星写真を拡大して街並を確認した。
視点を切り替え、その家から近くの学校や商店街、役所などへ、歩行者目線で道順を辿る。巡礼者が多いからか、地図の会社は、狭い路地裏の写真まで用意していた。
心の中で何度も住所を繰り返しながら、街並を辿る。
ファーキルは、充電が切れる寸前まで、ヴァーチャル上の街を歩き続けた。




