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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十三章 解悟

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2146.東漁協の窓口

 薬師(くすし)アウェッラーナは、火炎水母(カエンクラゲ)用の毒消しを(たずさ)え、クレーヴェル漁協東支部を訪れた。

 光福(こうふく)三号の船長である兄アビエースと、首都にある程度の土地勘があるパドールリクも同行する。


 首都の市街地は、東へ向かって口を開けたクレーヴェル港をぐるりと取り囲む形で広がる。地図で見た限り、湾の水域だけでも、ゼルノー市より大きかった。


 ……こんな広かったのね。


 光福三号は小さな漁船だ。

 兄アビエースが話を聞きに行った四番目のウハー鮮魚店によると、急に取引を打切られて仕入れが滞り、迷惑したと言う。

 開戦前のヘロディウスたちなら、そんな無責任なコトは決してしなかった。

 アウェッラーナの中で、従兄(いとこ)一家の思い出と、兄や魚屋から聞いた情報が繋がらない。


 漁協の事務所へ向かう足が震えた。

 兄アビエースは今朝から口数が少なく、折角下がって来た血圧が、昨日と比べて三十も高かった。ヘロディウスたちと会えたとしても、兄の血圧と血管が心配だ。



 看板の文字がはっきり見えて来るにつれ、二人の足が鈍くなる。パドールリクは時々振り向いて歩調を緩め、緑髪の兄妹が追い付くのを待ってくれた。


 今朝の漁はもう終わり、岸壁が漁船で埋まる。

 開戦前から、地元の船以外を係留する余裕があったか、わからない。


 風の寄せた波が(ふなばた)や岸壁を洗う音は、ネーニア島もネモラリス島も変わらないと知った。

 アウェッラーナは、不安に()し潰されて止まりそうな足を叱咤して前へ進む。

 震える足で、クレーヴェル漁協東支部の門を(くぐ)った。薄い胸の奥で、心臓が別の生き物のように暴れる。兄と繋いだ掌がじっとり汗ばんだ。


 開け放たれた扉から建物に入る。

 鉄筋コンクリートの二階建て事務所は、平和な頃のゼルノー漁協とよく似た雰囲気だ。懐かしい空気感に触発され、在りし日のゼルノー漁港の風景が脈絡なく脳裡(のうり)(よぎ)った。

 あの場所は、星の道義勇軍のテロと、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で跡形もなく焼け、現在も立入制限が続く。


 兄アビエースが、カウンター越しに声を掛けようとしたが、掠れて言葉にならなかった。アウェッラーナと繋いだ手に力が籠る。

 パドールリクが小さく会釈し、目顔で聞く。兄アビエースは強張った唇を引き結び、辛うじて顎を引いた。

 頷き返したパドールリクが、奥の机で伝票を(めく)る若い事務員に声を掛けた。

 「お忙しいところ、恐れ入ります。昨日、お電話差し上げました光福三号の関係者です」


 緑髪の事務員がこちらを向く。

 兄は更に力を籠めてアウェッラーナの手を握り、背筋を伸ばして顔を上げた。

 「ゼルノー漁協所属、光福三号の船長アビエースです。空襲で生き別れになった親戚がこちらでお世話になっていると、地元の方からお伺いしました。光福三号の乗組員ヘロディウス、ナウタ、ファウトール、イリスが今、どこに居るか、ご存知ありませんか?」

 堰を切ったように言い、事務員を見詰める。


 「あ、あの、ウハー鮮魚店で、去年の春頃までは、取引していたそうなんですけど、急に連絡取れなくなったって」

 アウェッラーナは声の震えを抑えられなかった。

 緑髪に白髪が混じる別の事務員が、カウンターに出て来た。

 「あの電話に出たおばちゃん、今日は休みなんだ。伝言は預かってるけど」

 「教えて下さい。お願いします」


 「昨日の夕方、それと今朝は俺も、ウチの連中に聞いてみたけど、みんな『そう言えば最近、見てないな』って」

 「あ、あの、これ、火炎水母(カエンクラゲ)の毒消しです。従兄たちがお世話になったので、少しですが、どうぞ」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、肩掛け鞄からプラスチックの瓶を三本掴み取ってカウンターに置いた。手が震えて立たせられず、別々の方向へ転がる。

 兄とパドールリク、年配の事務員が、一本ずつ捕まえた。


 「漁業権の支払い記録、何月分が最後ですか?」

 兄が落ち着きを取り戻した声で聞きながら、事務員の前に瓶を置く。

 事務員は両手に一本ずつ瓶を持ち、戸口から射す日の光に透かし見た。火炎水母(カエンクラゲ)用の毒消しは、薄赤い水薬だ。

 アウェッラーナは、襟の中から薬師(くすし)の証【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を引っ張り出した。

 「私が作りました」

 事務員が頷き、背後の机に瓶を置いて答える。

 「避難して来た船の分は、解放軍が一括で立替えてくれるから、ウチじゃ隻数しかわからないんだ」

 「えッ? 名簿を作成していないのですか?」

 パドールリクが驚いた顔で、事務員の前に毒消しの瓶を置く。


 「もし、光福三号が仮設の住民用に獲るボランティアに合流してたら、解放軍と慈善団体、両方が名簿作ってる筈だ。どっちか聞きに行くといい」

 「つい最近、やっとクレーヴェルに来られたばかりで、右も左もわからないんです。ここも、地図を買って地元の人にも教えてもらって、どうにか来られたんで、その、慈善団体のお名前と事務所を教えていただけませんか?」

 兄アビエースは遠慮がちに聞いた。


 流石にネミュス解放軍、つまり、ウヌク・エルハイア将軍の自宅へ問合せに行くのは無理だ。


 若い事務員が救急箱を持ってきて、毒消し三本を仕舞う。ちらりと見えた箱は、中がスカスカだ。

 年配の事務員がメモ用紙に書いて寄越した。

 「東支部の漁場でボランティア仕切ってんのは、朝霧通神殿信徒会だ。操業場所は、こっちで指定したとこだけで、漁協のモンと()ち合わないようにしてるんだ。詳しいコトはあっちで聞いてくれ」


 朝霧通神殿は、首都入りしてすぐ、レノ店長とジョールチがウシェールィエ神官に会いに行ったところだ。


 三人は何度も礼を言って、漁協の事務所を後にした。

☆四番目のウハー鮮魚店……「2131.鮮魚店の情報」「2132.四軒目の魚屋」参照

☆あの場所は(中略)跡形もなく焼け……「0072.夜明けの湖岸」参照

☆朝霧通神殿……「1630.首都での予定」「2113.電話帳で調査」~「2117.湖水の回復量」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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