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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2145.休めない担当

 「診療所の皆さんは、ちゃんと交代で食べられますから、大丈夫です。先程の患者さんは、外科病棟でお昼ごはんですよ」

 「じゃあ、もうすっかりよくなったんですね」

 「熊に爪で掻かれた傷は塞ぎましたが、出血が酷く、感染症の恐れもあります。三日程度は安静にして様子を見た方がいいのですよ。明日、もし彼が来ても、外科の入院病棟へ戻るように言って下さい」

 「えッ? そんな酷かったんですか」

 「って言うか、ここ、熊とかフツーに出るんですね」

 男子学生が恐々(こわごわ)見回すが、廊下には窓がない。

 呪医セプテントリオーはサンドイッチを頬張って頷いた。


 いつも通り、支援者マリャーナが持たせてくれたものだ。

 揚げた白身魚と夏野菜が挟んである。第九診療所には湖の民が居ない為、緑青(ろくしょう)入りの食品は持ってこなかった。

 難民キャンプでは、救援物資で植物油が来れば魔法の傷薬に加工し、魚と言えば水煮か油漬けの缶詰しか手に入らない。

 どの区画の診療所でも、呪医セプテントリオーの巡回とマリャーナの差し入れは心待ちにされた。


 「今朝もらった中に化膿止めになる薬草がたくさんあったんで、先に作った方がいいですか?」

 女子学生に聞かれ、呪医は野菜ジュースでサンドイッチを流し込んだ。

 男子学生も、未同定の植物を掴んでこちらを見る。

 「私は魔法薬の素人なので、効率のいい手順などはわかりませんが、昨日、集会所で同定した時、何が欲しいか住民の方々から聞き取りしませんでしたか?」

 「あッ、そ、そうでした。アンケートしました」


 女子学生が上着のポケットからタブレット端末を出し、もどかしげにつつく。


 「傷薬は【癒しの風】で何とかなるから濃縮傷薬にして欲しい。化膿止め、蛇や蜂の毒消しがあると助かる。咳止めと熱冷ましは余裕があればでいい」

 「明日、バターとか濃縮傷薬の材料持って来る予定なんです」

 女子学生がメモを読み上げ、男子学生が補足する。


 女子学生は、端末を仕舞って呪医の顔色を窺った。

 「中間素材の傷薬はそこそこできたんで、ごはんの時間終わったら、化膿止めを作ろうと思うんですけど、いいですか?」

 「私の許可は要りませんよ。無理のない範囲でどうぞ」

 呪医セプテントリオーは苦笑して、サンドイッチにかぶりつく。【青き片翼】学派で、術と水だけで傷を癒す為、魔法薬のことはわからないのだ。



 ノックと同時に台所の戸が開き、年配の女性二人と老婦人が入って来た。

 「呪医(せんせい)、いつも有難うございます」

 「学生さんも、ありがとね。今日と明日はごはん作らなくてもいいから、久々にゆっくりできるわ」

 「今日は何のご馳走かしら?」

 調理台に積んだ白い紙箱をひとつずつ取って、食卓に着く。


 三人とも看護師たちの家族で、入院患者の食事担当だ。

 病状とアレルギーなどの禁忌に合わせ、乏しい食材から工夫して療養食や除去食を用意する。

 調理や次の食事の下拵(したごしら)えだけでなく、配膳や食事介助、後片付け、新規入院患者の食事の聞き取り、食料品の受取りと仕分けなど、一日中忙しかった。


 パテンス神殿信徒会のボランティアも手伝ってくれるが、朝食前と夕飯後には居なくなる。

 日光の助けがなくなる時間帯は、診療所近在の住民も手伝いに来るが、冬季は暗く、魔物や野生動物と鉢合わせする懸念が絶えない。雪や嵐など悪天候の日には、朝食前と夕飯後を三人だけで乗り切ることもあった。


 食事は毎日欠かせない。病院食の調理担当者らは、どこの診療所でも休みをとれなかった。

 今回、薬学部の学生に診療所の台所で調合させるのは、調理担当者らを休ませる目的もあるのだ。


 「散らかしててすみません」

 「いいのよ。そのままにして帰ってくれても」

 「その方が明日、続きをしやすいでしょ?」

 「私たちはごはんの後、奥で他の作業するんだけど、用があったら遠慮なく呼んでね」

 「えっ? あ、は、はい!」

 「有難うございます」


 若者二人がおばさん二人とお婆さんに恐縮する。


 「あ、あれっ? 別の作業って、何するんです? 今日はみなさん、お休みって聞いたんですけど」

 男子学生がふと気付いた顔で聞いた。

 「お料理以外のコトよ」

 「職人さんに型紙と材料を分けてもらえたから、刺繍するの」

 「刺繍……ですか?」

 女子学生が仕分けの手を止めて首を傾げる。


 「自警団の人に【守りの手袋】をあげようと思ってね」

 三人は微笑を返した。


 女子学生が三人の胸元に視線を走らせる。

 「あれっ? みなさん、【編む葦切(ヨシキリ)】学派じゃ」

 「違うんだけどね。刺繍は誰でもいいって聞いたから」

 「仕上げは職人さんにしてもらうけどね」

 「外で働く人たちが、なるべく怪我しなくて済むようにしたいのよ」

 「そうだったんですか。魔法の刺繍って誰でもできるんですね。友達に広めます」

 女子学生は端末を手に取ったが、すぐポケットに戻した。

 経済制裁発動後、通信事業者がアンテナ車を引揚げた為、難民キャンプは全域が圏外なのだ。



 呪医セプテントリオーは、食べ終わってすぐ診察室へ戻り、魔法使いの看護師が一人、遠慮がちに昼休みに入る。

 今日の体制では、食事を急いで胃に収めるだけで、一時間ゆっくり休むことなどできなかった。


 ……魔法使いの医療者が少ない診療所は、魔法薬の配布を手厚くするか、巡回医療者を同時に三人くらい寄越さなければ、ゆっくり食事もできないな。


 国連などによる経済制裁が発動する前は、車が通行可能な区画に医師会の健診車が入り、魔法と科学の医療チームが支援してくれた。

 現在は、健診車が来られなくなり、科学の医療ボランティアがほぼ居ない日が続く。


 元々足りなかった医薬品の寄付が更に減り、ファーキルの動画も広告収入が落ち込んで、不足に拍車が掛かった。


 医薬品不足に反比例して、受診者は増えたが、それも氷山の一角だ。

 持病の悪化や治療薬不足で、助からなくなった者が、じわじわ数を増してゆく。


 病気で作業できなくなった者は、報酬の食料が手に入らず、栄養失調で更に悪化する。働ける者に負担が偏り、過労やストレスがよくない結果を生み出した。


 各小屋を巡回する保健師や歯科医、理学療法士などから、アサコール党首ら亡命議員に報告や陳情が寄せられる。

 曰く、体調不良を隠して無理に働いて悪化させる者が後を絶たない、と。周囲の目、医薬品や魔法使いの癒し手不足への諦め、仕事の報酬として支払われる食料品の確保。体調不良を隠す理由は様々だ。


 保健師らが、早期発見・早期治療を呼掛けるが、効果は薄かった。

☆車が通行可能な区画には医師会の健診車……「805.巡回する薬師」「1148.祈りを湖水に」参照

☆経済制裁発動後、通信事業者がアンテナ車を引揚げた……「1871.効力なき権力」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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