2140.組合員を募集
クルィーロたち三人は、地下街チェルノクニージニクの薬局で、水母用の毒消しを買ったが、ここにも例の求人があった。あの魔法戦士は、そこそこの対価を払って、あちこちに貼り出したらしい。
「掲載料払って何カ所も出せるってコトは、ホントに儲かってんのかな?」
DJレーフが首を捻る。
「仲間の宿賃と食費、作業用に借りた倉庫代、自前の装備だけじゃなくて、濃縮傷薬や各種解毒剤、呪符や【魔力の水晶】とかの消耗品代、鑑定や修理の分も入れると、必要経費だけでもかなり掛かりそうですけどね」
レノが指折り数えながら、店長らしいコトを言う。
クルィーロも、気付いたコトを並べた。
「割と安全で行きやすいとこなら、めぼしいものは、大昔に行った人たちがもう拾ってそうだよな。魔獣由来の素材も、消し炭とかはダブついて値下がりしてるみたいだし」
「プートニクさんとクロエーニィエ店長は、遺跡で拾った剣、使ってるって言ってたもんな」
レノが頷く。
「魔肉亭に湖西地方でしか獲れない魔獣の肉を卸してるんなら、そこが高く買ってくれるんじゃないか?」
「あぁ、強い人が大勢参加してるってコトですか」
DJレーフに指摘され、クルィーロは当然のコトに気付いた。
「現地の写真撮って、あちこちの大学や研究機関に売るのもアリだよな。プートニクさんが以前持って行ったら、石ころ一個でも貴重な研究資料になったみたいだし」
「別に大昔の魔法の道具が出土しなくても、稼げるんだ?」
レノが拍子抜けする。
だが湖西地方は、力なき民や【霊性の鳩】学派の術しか使えない者が行くには危険過ぎる。最低限、【鎧】を着こなせなければ、逃げ帰るコトすらできないのだ。
DJレーフが腕時計を見た。
「食材の買出し、ラクリマリスでしないか?」
「えっ? どうしてです?」
「ついでにプートニクさんに色々聞きたいんだ」
「急ぎましょう」
移動放送局プラエテルミッサの車両は今朝、首都クレーヴェル東地区の港に近い公園へ移動したばかりだ。【跳躍】許可地点はあるが、二人ともうろ覚えで、まだ跳べない。夕方六時にクルィーロの父がFMクレーヴェルのワゴン車で、東門まで迎えに来る予定だ。
王都での移動を考えると時間がない。
三人は地下街の階段を駆け上がった。
王都ラクリマリスに着いてすぐ、頼まれた食材の買出しを済ませ、プートニクの素材屋に着いたのは、お茶の時間が終わった頃だ。
「湖西地方の素材、売りに来た奴、居るぞ」
「えッ? 王都にもですか?」
「どっかから、俺があっちで狩ってンの聞きつけたらしくてな。組合に入って欲しいって言われた」
「組合?」
クルィーロたちが思った以上に活動が活発で、人集めも順調らしい。
「入るんですか?」
レノが聞くと、プートニクは顔の前で片手をヒラヒラ振った。
「また組織で働くなんざまっぴらだ。騎士団がイヤでとっとと辞めて一人で店してんだぞ?」
「あ、そ、そうでしたね」
「その組合って、どんなだか聞きました?」
DJレーフが聞く。
「ちょっとだけな。魔法戦士は結構集まったから、壁作る作業員とかが欲しいんだとよ」
「えぇ? 危ないんじゃないんですか?」
「今はテールニィエ遺跡の近く、タポール砦の対岸で拠点作ってるとこで、基礎と結界ができて、そこそこ安全になったとか言ってたな」
「安全ったって」
クルィーロとレノは、何とも言えない顔で続きを飲み込んだ。
「昔の人も多分、同じコトしてダメだったんじゃありませんか?」
DJレーフが金色の眉を顰める。
湖西地方の現状を知るプートニクは、太い息を吐いた。
「だろうと思うけどな。【霊性の鳩】学派しか使えねぇネモラリス人も作業してるとか言ってたぞ」
「えッ?」
「トポリとかの復旧工事じゃなくて、ですか?」
クルィーロは色々な意味で驚いた。
「素材売りに来た奴が言ってただけで、ホントにそうか確認まではしてねぇ」
「まぁ、スクートゥム王国は経済制裁云々って関係ないから、避難先にした人は居るかもしれませんけど」
そう言ったDJレーフ自身、そんなコトないだろうと言いたげな顔だ。
「壁って、どっかから石材とか【無尽袋】で運んでるってコトですか?」
レノが困った顔で聞く。
開戦後、ネモラリス共和国の空襲からの復旧工事、アーテル共和国の連続爆破事件からの復旧と土魚対策で、石材の需要が急増した。
経済制裁が本格的に発動した今年の六月末以降、ネモラリスが輸入できなくなって減ったが、まだまだ品薄だ。
周辺国はアーテルを快く思わない。供給を絞り、ラクリマリス王国による湖上封鎖で輸送費が上昇したことを口実に便乗値上げする。
アーテル共和国とラニスタ共和国は、魔法を忌避するキルクルス教国だ。航空輸送や、マコデス共和国からの陸運で、元々輸送費は高かった。
開戦前までは、マコデス共和国までの輸送には【無尽袋】を使い、ラニスタ共和国との国境付近でコンテナに積み替えて、トラックで運んだからだ。
湖上封鎖とネモラリス共和国の生産力低下で、実際に【無尽袋】や燃料価格は高騰したが、周辺国は結託して便乗値上げして、真綿で首を絞めるようにアーテルの経済力をじわじわ削いでゆく。
「さぁなぁ。建材のコトは【巣懸ける懸巣】学派の奴に聞いてくれ」
「あっ、すみません」
「傷薬一個で話せンのはこんくらいだな。それより、早く帰ンねぇと門限ヤバくねぇか?」
「あッ!」
三人は口々に礼を言って、素材屋を飛び出した。
☆魔肉亭に湖西地方でしか獲れない魔獣の肉を卸してる……「2105.魔肉料理の店」参照
☆アーテル共和国の連続爆破事件……「1218.通信網の破壊」「1223.繋がらない日」参照
☆周辺国はアーテルを快く思わない……「0285.諜報員の負傷」参照




