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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2138.胡散臭い求人

 「店長、これ、貼らせてくんねぇか?」

 「幾ら出す?」

 「そう来ると思ったよ。【魔力の水晶】一個でどうだ?」

 「明日の朝イチで剥がすぞ」

 「待て、待ってくれ! 一月(ひとつき)は貼って欲しいんだ」


 獅子屋の店主と【急降下する(ワシ)】学派の男は交渉の末、大豆と小麦粉各二十キロと【魔力の水晶】三個で、二カ月間掲出することで合意した。

 魔獣駆除業者らしき男が早速、扉の脇にある掲示板に貼る。普段は新メニューや臨時休業のお知らせなどを貼るところだ。

 呼び出された店主は、手付の【水晶】をポケットに入れて厨房に引っ込んだ。


 クルィーロは、駆除屋らしき男が店を出るのを待って、貼紙の写真を撮った。


 「何だった?」

 レノに聞かれ、まだ料理の来ない卓上にタブレット端末を置く。


 どうやら、求人広告らしい。

 ランテルナ島には公共職業安定所がない為、求人は人手が欲しい事業所が、自身の店舗や社屋などに貼り出すのが一般的だ。かなりの対価を支払ってまで、無関係な飲食店に貼るのは珍しかった。


 「湖西地方で発掘作業?」

 レノとDJレーフが同時に声を上げた。



 湖西地方は二千年以上前、三界の魔物最後の一体との戦場になり、荒廃して今も人が住めない場所だ。

 土地の魔力が強くなり過ぎて、他所より強い魔獣がうじゃうじゃ居る。

 入植者が集落を作ろうとしても、すぐ魔獣に蹴散らされて、村にすらなれずに終わる。一攫千金を夢見て遺跡へ足を運ぶ者も居るが、生還者は少なかった。


 素材屋の呼称「プートニク」は記録の神の名で、魔獣図鑑を刊行する際、筆名として出版社が付けたものだ。

 湖西地方で広範な調査を行い、その記録をラクリマリス王国の研究機関や出版社に提供した。なかなかできるものではなく、戦う力のない研究者らから、神様並に有難がられても不思議はない。

 素材屋プートニクは毎年冬になると、郭公(カッコウ)の巣のクロエーニィエ店長と湖西地方へ出掛けて、素材になる魔獣を狩って生還する。



 「プートニクさんたちみたいなのって、例外だと思うけどなぁ」

 レノが、掲示板を眺める男性客の背中を心配そうに見た。レジ横の掲示板は、検品待ちの手頃な暇潰しだ。

 クルィーロとDJレーフも、端末から顔を上げる。男性客は特に何も言わず、会計を終えて獅子屋を出た。


 午後一時を少し過ぎて、忙しさが一段落したところだ。

 「これって、この間、ローク君が魔肉亭で聞いた話じゃないかな?」

 「あッ」

 DJレーフに指摘され、二人は顔を見合わせた。


 発掘作業は学派不問だ。場所は、スヴェート河北岸のテールニィエ遺跡。市内での鑑定作業は、【(あゆ)(トキ)】学派、修復作業は【編む葦切(ヨシキリ)】学派に限定した募集で、連絡先はいずれも魔肉亭への伝言だ。

 宿は南岸にあるスクートゥム王国のタポール市で、食費と宿泊費用は給料に含まれる。


 「えぇ? 『魔獣が出てもタポール砦の騎士団が助けてくれます』? 大丈夫なワケないだろ」

 DJレーフが半笑いになる。

 レノも苦笑した。

 「ですよね。この遺跡と砦、どのくらい離れてるかわかんないのに」

 「プートニクさんとクロエーニィエ店長は、地元の人と隊を組んで行くって言ってたけど、流石に騎士はついてきてくれないだろうし」

 クルィーロにも、命の保証があるとは思えない。


 しかも、報酬は食費と宿代込み。

 建材以外の発掘品が売れたら、職人たちの人件費や必要経費を差し引いた上で、作業日数に応じて作業員の人数で均等に分配だ。


 「命懸けの割に儲かんないよな」

 「食い詰めて財産が自分の命くらいしかない人は、自棄(ヤケ)ンなって行くかもよ?」

 レノが言うと、DJレーフが店内をそっと見回した。


 獅子屋は高級店ではないが、特別安いワケでもなく、そこまで困窮した者には敷居が高い。

 ロークの話では、元神学生のヂオリートが水だけ飲んで出たらしいが、普通の精神状態ならそんなコトはできない。



 本日のおススメ定食が来た。

 クルィーロが魚肉団子のスープを食べながら言う。

 「魔力があっても、自力で跳べない人だと足手纏いって言うか、魔獣に食われたら、いろんな意味でヤバいと思うんだけどなぁ」

 「自力で【跳躍】できるったって、魔獣と鉢合わせしたら怖くて呪文唱えるどころじゃないし、書いてないだけで、魔法戦士以外お断りじゃないかな?」

 DJレーフが節電モードで暗くなった画面を見て言う。


 クルィーロが端末を手に取って傾けると、再び求人の写真が表示された。


 「それだったらいいんですけど。捨て駒作業員の募集だったらヤだなって」

 「あー……」

 「それに、発掘品が高値で売れても、大した値が付かなかったって嘘吐(ウソつ)いて、タダ同然でコキ使われそうだし」

 レノが商売人として、危険性を指摘する。

 「職人さんとか専門家の報酬も、ちゃんと帳簿付けて経費がどのくらい掛かって売上が幾らでって、働いた人みんなに見せるんじゃなきゃ、誤魔化し放題だし」

 「あー……専門家にも経費引いたら大して利益出なかったって、タダ働きさせる可能性、あるよな」

 DJレーフが苦い顔で頷く。


 クルィーロは端末を卓に置き、パンを取った。

 「って言うか、俺たちがちょっと考えただけでもヤバいってわかるのに、こんな胡散臭い求人、申し込む人いないんじゃないかな」

 「でも、ローク君の報告書だと、かなり本気で活動してる人たちが居るっぽいよな?」

 レノが眉を下げた。


 飛べる魔獣が人肉の味を覚え、スクートゥム王国領やネーニア島に飛来するようになれば、立入制限の解除がますます遠のく。


 扉の脇、レジのすぐ横にある掲示板は、必ず客の視界に入る場所だ。

 会計待ちの暇潰しに眺める者は居るが、三人が店を出るまで、メモや写真で控える者は居なかった。

☆ランテルナ島には公共職業安定所がない……「1778.棄民の住む島」参照

☆湖西地方……「0165.固定イメージ」「0301.橋の上の一日」「394.ツマーンの森」参照

☆素材屋の呼称「プートニク」……「1338.記録の古代神」参照

☆ローク君が魔肉亭で聞いた話……「2105.魔肉料理の店」~「2107.出さない情報」参照

☆素材屋プートニクは毎冬(中略)魔獣を狩って生還/地元の人と隊を組んで行く……「1314.初めての来店」「1315.突然のお誘い」参照

☆元神学生のヂオリートが水だけ飲んで出た……「1119.罪負う迷い子」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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