2138.胡散臭い求人
「店長、これ、貼らせてくんねぇか?」
「幾ら出す?」
「そう来ると思ったよ。【魔力の水晶】一個でどうだ?」
「明日の朝イチで剥がすぞ」
「待て、待ってくれ! 一月は貼って欲しいんだ」
獅子屋の店主と【急降下する鷲】学派の男は交渉の末、大豆と小麦粉各二十キロと【魔力の水晶】三個で、二カ月間掲出することで合意した。
魔獣駆除業者らしき男が早速、扉の脇にある掲示板に貼る。普段は新メニューや臨時休業のお知らせなどを貼るところだ。
呼び出された店主は、手付の【水晶】をポケットに入れて厨房に引っ込んだ。
クルィーロは、駆除屋らしき男が店を出るのを待って、貼紙の写真を撮った。
「何だった?」
レノに聞かれ、まだ料理の来ない卓上にタブレット端末を置く。
どうやら、求人広告らしい。
ランテルナ島には公共職業安定所がない為、求人は人手が欲しい事業所が、自身の店舗や社屋などに貼り出すのが一般的だ。かなりの対価を支払ってまで、無関係な飲食店に貼るのは珍しかった。
「湖西地方で発掘作業?」
レノとDJレーフが同時に声を上げた。
湖西地方は二千年以上前、三界の魔物最後の一体との戦場になり、荒廃して今も人が住めない場所だ。
土地の魔力が強くなり過ぎて、他所より強い魔獣がうじゃうじゃ居る。
入植者が集落を作ろうとしても、すぐ魔獣に蹴散らされて、村にすらなれずに終わる。一攫千金を夢見て遺跡へ足を運ぶ者も居るが、生還者は少なかった。
素材屋の呼称「プートニク」は記録の神の名で、魔獣図鑑を刊行する際、筆名として出版社が付けたものだ。
湖西地方で広範な調査を行い、その記録をラクリマリス王国の研究機関や出版社に提供した。なかなかできるものではなく、戦う力のない研究者らから、神様並に有難がられても不思議はない。
素材屋プートニクは毎年冬になると、郭公の巣のクロエーニィエ店長と湖西地方へ出掛けて、素材になる魔獣を狩って生還する。
「プートニクさんたちみたいなのって、例外だと思うけどなぁ」
レノが、掲示板を眺める男性客の背中を心配そうに見た。レジ横の掲示板は、検品待ちの手頃な暇潰しだ。
クルィーロとDJレーフも、端末から顔を上げる。男性客は特に何も言わず、会計を終えて獅子屋を出た。
午後一時を少し過ぎて、忙しさが一段落したところだ。
「これって、この間、ローク君が魔肉亭で聞いた話じゃないかな?」
「あッ」
DJレーフに指摘され、二人は顔を見合わせた。
発掘作業は学派不問だ。場所は、スヴェート河北岸のテールニィエ遺跡。市内での鑑定作業は、【歩む鴇】学派、修復作業は【編む葦切】学派に限定した募集で、連絡先はいずれも魔肉亭への伝言だ。
宿は南岸にあるスクートゥム王国のタポール市で、食費と宿泊費用は給料に含まれる。
「えぇ? 『魔獣が出てもタポール砦の騎士団が助けてくれます』? 大丈夫なワケないだろ」
DJレーフが半笑いになる。
レノも苦笑した。
「ですよね。この遺跡と砦、どのくらい離れてるかわかんないのに」
「プートニクさんとクロエーニィエ店長は、地元の人と隊を組んで行くって言ってたけど、流石に騎士はついてきてくれないだろうし」
クルィーロにも、命の保証があるとは思えない。
しかも、報酬は食費と宿代込み。
建材以外の発掘品が売れたら、職人たちの人件費や必要経費を差し引いた上で、作業日数に応じて作業員の人数で均等に分配だ。
「命懸けの割に儲かんないよな」
「食い詰めて財産が自分の命くらいしかない人は、自棄ンなって行くかもよ?」
レノが言うと、DJレーフが店内をそっと見回した。
獅子屋は高級店ではないが、特別安いワケでもなく、そこまで困窮した者には敷居が高い。
ロークの話では、元神学生のヂオリートが水だけ飲んで出たらしいが、普通の精神状態ならそんなコトはできない。
本日のおススメ定食が来た。
クルィーロが魚肉団子のスープを食べながら言う。
「魔力があっても、自力で跳べない人だと足手纏いって言うか、魔獣に食われたら、いろんな意味でヤバいと思うんだけどなぁ」
「自力で【跳躍】できるったって、魔獣と鉢合わせしたら怖くて呪文唱えるどころじゃないし、書いてないだけで、魔法戦士以外お断りじゃないかな?」
DJレーフが節電モードで暗くなった画面を見て言う。
クルィーロが端末を手に取って傾けると、再び求人の写真が表示された。
「それだったらいいんですけど。捨て駒作業員の募集だったらヤだなって」
「あー……」
「それに、発掘品が高値で売れても、大した値が付かなかったって嘘吐いて、タダ同然でコキ使われそうだし」
レノが商売人として、危険性を指摘する。
「職人さんとか専門家の報酬も、ちゃんと帳簿付けて経費がどのくらい掛かって売上が幾らでって、働いた人みんなに見せるんじゃなきゃ、誤魔化し放題だし」
「あー……専門家にも経費引いたら大して利益出なかったって、タダ働きさせる可能性、あるよな」
DJレーフが苦い顔で頷く。
クルィーロは端末を卓に置き、パンを取った。
「って言うか、俺たちがちょっと考えただけでもヤバいってわかるのに、こんな胡散臭い求人、申し込む人いないんじゃないかな」
「でも、ローク君の報告書だと、かなり本気で活動してる人たちが居るっぽいよな?」
レノが眉を下げた。
飛べる魔獣が人肉の味を覚え、スクートゥム王国領やネーニア島に飛来するようになれば、立入制限の解除がますます遠のく。
扉の脇、レジのすぐ横にある掲示板は、必ず客の視界に入る場所だ。
会計待ちの暇潰しに眺める者は居るが、三人が店を出るまで、メモや写真で控える者は居なかった。




