0218.移動販売の歌
主にレノとクルィーロが、交換品の交渉をする。
緑髪の薬師が作る傷薬のついでに「クッキーも欲しい」と言ってくれる人が何人か居た。
レコードの曲に惹かれ、通りを行く人が広場に集まってくる。
老人が目を細めて曲に聴き入る。
「懐かしいな」
「懐かしい?」
クルィーロが思わず聞くと、一緒に来た老婦人が、ふんわり微笑んで答えた。
「若い人は知らないでしょうけど、ラキュス・ラクリマリス共和国時代の天気予報の曲よ。【飛翔する燕】の呪歌だけど、こんな歌詞も付いてたのねぇ」
「これ、行商のお歌で、私たちが作ったの」
「あら、お嬢ちゃんたちが作ったのー。すごいわねー」
エランティスが元気いっぱいに言うと、老婦人はにっこり笑った。
「天気予報の歌は、また別の歌詞がありますよ」
「あら、そうなの。あなた、歌える?」
クルィーロが言うと、老婦人だけでなく、他の人々も興味を示した。
「よかったら、後で歌詞書いてお渡ししますよ」
「いいの? じゃあ、ウチからもっと持ってくるわ」
老婦人たちが瞳を輝かせる。
レノが幾つか交換品を挙げると、集まった人たちが、誰が何を持ってくるか相談を始めた。
クルィーロは口を挟まず、成り行きを見守る。
やがて相談がまとまり、太った男性が代表で答えた。
「燃料以外の物は用意できるよ。薬とお菓子の他に、天気予報の歌詞も、えーっと……六枚よろしく」
「ありがとうございます。お待ちしています」
レノが笑顔で頭を下げる。女の子たちは、歌いながら彼らに手を振った。
「じゃ、早速ご用意します」
クルィーロも彼らに会釈し、荷台に駆け戻る。助手席のファーキルも、いつの間にか荷台に居た。
小部屋からレコードのジャケットを出し、荷台のみんなに手伝いを頼む。
「人手をかければすぐ終わるな。私とメドヴェージ……君もいいか?」
ソルニャーク隊長が促すと、ファーキルは快諾した。
「それでは、モーフたちは引き続き、細工物を作ってくれ」
隊長が役割分担を即決し、反対する者は一人もない。
クルィーロは、ミスプリントの束から印刷の少ない物を選ぶ。白い部分だけを切り取って、大きさを揃えた。
ノートを台にして、男四人でレコードジャケットを囲み、黙々と書き写す。
いつもは大体、現金で取引したクルィーロは、こんな物まで交換品になるとは思わなかった。できるだけキレイな字で書く。
四人で数枚ずつ書き写した紙を束ね、クルィーロは荷台を降りた。
話を聞きつけたらしく、買物客が増えた。さっきの人たちも全員、戻って来た。
アウェッラーナが薬草の束を持ち、呪文を唱える。緑色の液体が宙を舞い、小さな壺やマグカップに落ち着く。
レノが交換品を受け取り、クルィーロが商品を手渡した。
レコードのA面が終わり、女の子たち三人が聴衆にお辞儀する。疎らに拍手が起こり、最後まで聞いた数人が、小さな【魔力の水晶】やお菓子などをくれた。
三人は何度もお礼を言って受け取り、もう一度お辞儀して荷台に戻った。
クルィーロもついて行き、発電機を止める。
女の子たちは、休む間もなくクッキー作りに取り掛かった。
歌とレコードが止んでも、話を聞きつけた客が、切れ目なくちょこちょこ広場に来る。
「あのー……」
「何でしょう?」
取引が一段落ついたところで、一人だけ残った若い女性に声を掛けられた。
「交換品って、服でもいいですか? 編み物が趣味でいっぱいあるんですけど」
持って来た紙袋の口を開いて見せてくれた。
畳まれて種類はわからないが、編み目はキレイに揃い、腕前の程が窺える。
「いいですよ。どれにします?」
「あの、傷薬って……」
「容れ物と植物油は今、手持ちがなくて、そちらでご用意いただいてるんです」
丁度、一仕事終えたアウェッラーナがにっこり微笑んで説明する。
「あ、じゃあ、取りに帰ります。待ってて下さいね」
女性は【跳躍】許可地点の看板へ駆けて行き、呪文を唱えて姿を消した。
……あ、そっか。【跳躍】で行き来できるから、検問所とか、意味ないんだ。
国境警備すら居ないのはどうかと思うが、クルィーロは何となく安心した。これなら、移動販売をしながら、もっと南へも行けそうだ。
お茶の時間にはすっかり人が引いた。
先に焼いたクッキーは完売。傷薬もかなり売れ、急拵えの蔓草細工も幾つか捌けた。ソルニャーク隊長とメドヴェージ、ファーキルには歌詞の筆写に専念してもらい、こちらも二十枚近く出た。
誰に聞いても燃料はなかったが、交換品は割といい物をたくさんもらえた。
……まさか、こんな上手くゆくとは思わなかったなぁ。
クルィーロは店番中、アウェッラーナと二人で、もらった品を整理した。
毛糸のマフラーと手袋、帽子、リネンのストール、小麦粉、砂糖、乾物の野菜、ドライフルーツ、チーズ、瓶入りの新鮮な牛乳、食用の植物油、バター。
もらった材料で、レノがパン生地の仕込みをする。
交替で店番に立ち、念の為、店は閉めない。
元々イベント用の広場なのか、トラックを止めたのとは反対側の隅に公衆トイレと水飲み場があった。
……いつまでも居られるワケじゃないけど、ここは割と生活しやすそうな場所だよな。
クルィーロは、こんな場所での車中泊を「居心地よさそうだ」と思ってしまった自分に驚いた。
日暮れ近くになると、売り物は傷薬用の薬草と蔓草細工だけになった。
パン屋のレノとエランティスは、引き続きパンとクッキー作り。ピナティフィダとアマナ、クルィーロとアウェッラーナの四人で店を回す。
傷薬を買う人が居ない間、アウェッラーナには荷台で休んでもらった。
アミエーラとソルニャーク隊長、少年兵モーフは蔓草細工を作り、メドヴェージとファーキルが歌詞を書き写す。
さっきの流れで何となく役割分担が固定され、みんなそれぞれ、自分の作業に没頭した。
人の暮らしがあって、空襲はない。
平和な街の中で、火事場泥棒ではなく、ちゃんとした手段で稼げる。
それがこんなに有難く、幸せなことだったとは、知らなかった。
☆天気予報の曲よ。【飛翔する燕】の呪歌……「178.やさしき降雨」「220.追憶の琴の音」参照
☆行商のお歌……「210.パン屋合唱団」参照
☆天気予報の歌は、また別の歌詞……「170.天気予報の歌」参照
☆国境警備すら居ない……「0217.モールニヤ市」参照
☆いつもは大体、現金で取引……物々交換「0026.三十年の不満」パン屋の現金取引例「0021.パン屋の息子」参照




