2137.潮目を変える
ラゾールニクが撮ったこの動画は、ここまでだ。
報告書によると、国連人権査察団とアルトン・ガザ大陸北部の国々から来た記者たちは、フェレトルム司祭に理詰めで問い詰められても、飛行機の時間までだんまりで通し、この日の予定はこれで潰れたと言う。
動画のコメント欄は、共通語の書き込みが殺到して大荒れだが、ラゾールニクは暴言の類を削除せず放置する。
ファーキルは、コメント表示を投稿時間順から、賛同が多い順に切替えた。
〈無差別爆撃はフツーに人権侵害だよな。〉
〈キルクルス教系先進国のダブスタなんて今に始まったこっちゃない。〉
上位二件のコメントが、一万以上の賛同を集め、それぞれ数百件の返信が寄せられる。
ファーキルは返信コメントを展開した。
〈アーテル人は攻撃の前に話し合いのひとつもできないのか。〉
〈殺るにしても魔法生物を兵器化させた連中だけにしろよな。〉
〈いきなり爆撃はないわー。マジ引くわー。〉
〈人として終わってる。〉
〈赤ちゃんとか、魔法生物どうのって一ミリも関わってないからね。〉
〈罪のない子供たちもまとめて焼き殺すとか鬼畜過ぎ。〉
〈空爆で更地になったとこ、無原罪の清き民も住んでたんだ?〉
〈フェレトルム司祭様に問い詰められても口割らねぇとか、まっくろじゃん。〉
〈黙秘権行使ワロタwww〉
〈そうなんだよな。聖典って。
悪しき業は使用禁止ってだけで魔法使いブチ殺せとか書いてない。〉
〈全部読んだのかよ?〉
――二重規範に基づくルールの恣意的な運用。
ファーキルの胸にレーチカ臨時政府の役人の言葉が刺さった。
実家に居た頃、ずっと感じ続けた理不尽。フラクシヌス教徒の大人から見ても、そうなのだ。
ファーキルは、アーテル人がユアキャストにアクセスできないのがもどかしかった。
ロークたちの報告書によると、フリージャーナリストのクアエシートルは、衛星移動体通信の機材とタブレット端末で、動画を生配信した。バルバツム連邦から、かなり大容量の機材を持ち込んだらしい。
アーテル共和国では、企業や病院でも、中古品すら手に入らない所が多い。入手できた事業所でも、回線が細く、テキストメールの送受信だけでやっとだ。
大統領選で落選したザーイエッツは、潤沢な資金と調達先との繋がりを持つらしく、星道の碑党の公式サイトで情報発信を再開した。地元民ではなく、アーテルに派遣されたバルバツム連邦陸軍と、随行する記者団向けの内容だ。
大多数のアーテル人は、通信途絶の渦中にある。
昔ながらのラジオは、所有する世帯が少ない。カーラジオは、土魚にタイヤをやられ、自家用車を自宅に置いて避難した世帯が多かった。
都市間移動の制限とガソリンなど燃料の販売規制で、一般家庭の自家用車は車体が無事でも、ほぼ使用不能だ。カーラジオを聴くだけでバッテリーが上がっても、整備屋などは戦争による物資不足で対応しきれず、交換すらできなくなった。
紙の新聞は、辛うじて発行が続く。
魔獣の大量発生と燃料不足で各戸配達できなくなり、店舗での一部売りと避難所への配送に切替えた。
自宅に留まる市民は、気軽に買物にも行けない。通勤経路に新聞の取扱店がなければ、入手困難だ。
また、経済的な事情で、新聞や雑誌を購入できなくなった世帯が著しく増加。辛うじて営業を続ける飲食店が、新聞や雑誌を調達し、情報収集の場として重視されるようになった。
アーテルにはテレビ放送もあるが、大部分がインターネットと一体化した安価なケーブルテレビ契約で、ほぼ受信不能に陥った。受信アンテナやチューナー内蔵型受信機を追加購入できるのは、富裕層だけだ。
物体の掲示板があちこちに作られ、役所などの連絡事項や求人情報を貼り出す。
だが、植栽が豊富で土の地面が多い地区は、少し外出するだけでも命懸けで、情報を得られない住民が孤立した。
……本当に届けたい所に情報が届かないなんてな。
ファーキルは溜息を吐いた。
それでも、アーテル軍に兵器を供与し、様々な形で支援を続けるバルバツム連邦や、キルクルス教国などに届けば、何か少しでも、変化がある筈だ。
教会にそっぽを向いた若い世代には、国を動かすだけの政治的な力はない。
SNSなどで、アーテル共和国への支援に疑問の声を上げるだけでもいい。実際に何が起きているか、キルクルス教圏の国際社会の目を事実に向けさせるきっかけになって欲しかった。
〈兵士の話がホントなら、魔法生物はアーテル人、殺してないってコト?〉
〈アーテルの無人機は、ネモラリスの一般人殺しまくってるけど。〉
〈ダブスタで国際法捻じ曲げてんのな。〉
〈正義(笑)〉
〈それな。〉
他の動画では、ウェンツス司祭と星道の職人二人が、東教区の生活がどんなによくなったか、以前との比較を語る。
「魔法使いには、無原罪の清き民が、日常生活のどんな部分で何にどう困るか、わかりません。魔法が使えて当たり前なので、それが全くない暮らしを想像できないからです」
「逆に俺らは、魔法を使う暮らしがわかりませんけどね」
ラクエウス議員の姉と大工が言うと、ウェンツス司祭が頷いた。
「ネモラリスの中央政府が、リストヴァー自治区を支援しようにも、魔法が使用禁止では、手の出しようがなかったのです」
「半世紀の内乱前は、工事も水の浄化も何もかも、魔法でしたからね」
九十歳を超えるラクエウス議員の姉が付け足した。
大工が魔装兵に目を向けて言う。
「星の標が居なくなって、前みたいにビクビクしなくてよくなって、呪医の治療で怪我や病気がすっかり治るようになったし、魔装兵が受肉前の魔物をやっつけてくれるから、前みたいに誰かが食われるまで倒せないなんてコトもなくなって、安心して暮らせるようになったんですよ」
〈星道の職人、魔法OKなの前から知ってたよな?〉
〈星の標にバレたら殺されるから、言えなかったんだろ。〉
〈魔法ナシだと死ぬエリアで制限プレイしてたワケだ。〉
〈ヤベーな。〉
ファーキルは、ラゾールニクが撮った動画に共通語の説明を付けて、SNSで拡散した。
☆ずっと感じ続けた理不尽……「0164.世間の空気感」~「0166.寄る辺ない身」「0182.ザカート隧道」「0183.ただ真実の為」参照
☆動画を生配信……「2044.魔法を生配信」「2045.呪歌を生配信」参照
☆ザーイエッツの工房(中略)星道の碑党の公式サイトで情報発信を再開……「1982.商取引の進化」参照
☆飲食店が(中略)情報収集の場として重視……「2125.カフェの情報」参照
☆アーテルにはテレビ放送もある……「0162.アーテルの子」「0210.パン屋合唱団」「803.行方不明事件」、ランテルナ島にもある「0331.返事を待つ間」参照
☆教会にそっぽを向いた若い世代……「433.知れ渡る矛盾」「434.矛盾と閉塞感」「1528.格差の固定化」参照
☆前みたいに誰かが食われるまで倒せない……「554.信仰への疑問」、アーテルでもそう「0359.歴史の教科書」参照




