2127.受講生の視点
「ついこの間、ザーイエッツさんの工房で星道記の講習会があったんですよ」
「ザーイエッツさんって、カクタケアの剣とか作ってみた動画の人ですよね」
「そうなんですよ」
クラウストラが無邪気な「冒険者カクタケア」ファンを装って確認すると、神学生ファーキルは嬉々として食いついた。
「大聖堂のレフレクシオ司祭様もお越しでした」
「もしかして、参加したんですか?」
「えぇ」
「えッ? 凄い! 私たち、共通語はそこそこわかるけど、金属加工とか全然わかんないから、諦めたんですよ」
女子高生ファクスに扮したクラウストラが大袈裟に驚く。
神学生ファーキルは、頬を染めて頭を掻いた。
「ウチの司祭様にお願いして、参加のお許しをいただいたんです」
……司祭のコネで捻じ込んだのか。
ロークたちは、町工場の工員などが参加するだろうと踏んで、潜入できないと判断した。
レフレクシオ司祭から聞くと決めて、少しでも多くのアーテル人に聖典と魔術の関係を知らせる為、貼紙作戦を実行したのだ。
予想外の情報源ができた。
今日は、カクタケアファンの誰かを捕まえて、神学生とキルクルス教団の動向を探るつもりで来たが、思った以上の収穫を期待できそうだ。
「日曜は礼拝のお手伝いがあるので、基本的に休めませんが、今日のように平日がお休みなんです」
「私たちはずっと休校で、毎日が日曜日みたいなものですけどね」
クラウストラが苦笑する。
ロークは、ガレチャーフキの声を作って聞いた。
「講習会ってどうでした?」
「とても充実した内容で、信じられないかもしれませんが、魔法使いの職人さんも飛び入り参加したのですよ」
「え?」
「は?」
「しかも、カクタケアみたいに魔法の武器と防具で身を固めて、魔獣を狩りに来られたそうなのですよ」
神学生ファーキルが、興奮気味に語る。
その魔法使いはラクリマリス人だが、アーテル領に魔法の道具の材料になる魔獣を狩りに来た。
偶然、バス停の貼紙を見て、星道記の講習会に飛び入り参加したと言う。
曰く、【飛翔する鷹】学派の職人として、アーテル人の武器作りが気になったのだ、と。魔法使いお断りとは書いていない云々と受付と揉めたが、騒ぎを聞きつけたレフレクシオ司祭と主催者のザーイエッツ氏が招じ入れた。
魔獣が一頭でも減れば、大勢のアーテル人が助かる。だが、彼は目的が素材採取なので、特に駆除の報酬は要求しなかった。
「あ、それもなんだか、カクタケアっぽい」
「ですよね! 外見は全然違うんですけど、昔、ラキュス・ラクリマリス王国の騎士だったそうで、元軍人って言うのも似てて」
「えぇー! スゴーい! 私も会いたかったなー」
クラウストラが、カクタケアファンの女子高生ファクスを演じて続きを促す。
……報告書に「神学生っぽい人」って書いてあったの、このファーキル君だったのか。
ロークは先日、薬師アウェッラーナの報告書で、素材屋プートニクが乱入した講習会の件を読んだばかりだ。
受講者側の視点……それも、キルクルス教神学の素養がある者の受け留め方がわかる絶好の機会を得た。ロークはクラウストラの誘導と、乗せられてペラペラ喋る神学生ファーキルの観察を続ける。
「って言うか、レフレクシオ司祭様とザーイエッツさんって、魔法使いの人が参加するの、よく許してくれたわね」
「それが、講習会の内容が、聖典と魔術の関連を読み解くものだったので、聖なる星の道のお導きだと大歓迎でしたよ」
「えッ? えッ? 待って! 聖典と魔術?」
ロークは、クラウストラの名演技に感心した。一応、自分も驚いた顔を作って神学生ファーキルを見る。彼は二人の視線を受け留め、重々しい表情で顎を引いた。
「星道記の記述は、全て魔道書を古い共通語で解説したものなのだそうです」
「えぇッ? どう言うコト?」
クラウストラが、何も知らない女子高生の体で聞く。
「レフレクシオ司祭様とザーイエッツさんが、聖典の星道記の記述は、人々を守る正しき業が失われないように聖者様が書き留めたものだと」
「ただしきわざ?」
「善き業とも呼ぶそうですが、魔物とかから身を守る魔法です」
「よきわざ……そんな……でも、魔法が聖典に?」
「以前、CDの特典からリンクを辿ってみつけたファイルで、聖職者の衣や教会の建物、それに光ノ剣にも、その善き業が施されていると指摘があったのを覚えていますか?」
「あー……ありましたね」
二人が曖昧な顔で頷くと、神学生ファーキルは二人の目を見て頷いた。
「じゃあ、司祭になったら、魔法が使えるようになるってコトですか?」
ロークが敢えて的外れな質問をすると、神学生ファーキルは首を横に振った。
「いえ。アーテル人は基本的に無原罪の清き民で、魔力がありませんから、魔法は使えないそうです」
「え? でも、聖典の魔法、司祭様の服とか光ノ剣に掛かってるんですよね?」
クラウストラが可愛く小首を傾げる。
「無原罪の清き民は、剣や衣を作るところまではできても、その魔法の効果を得るには、魔力を持つ人が使うか、魔法使いの協力が必要なのだそうです」
「じゃあ、星の標みたいに魔法使いを完全に排除したら、軍の特殊部隊の隊員でも、光ノ剣本来の力を引き出せなくて、みんなを魔獣から守れなくなるってコトですか?」
ロークが聞くと、神学生ファーキルは暗い顔で頷いた。
「光ノ剣の効果は、一部を除いて、魔力のある人が持つだけでも、きちんと発動するそうです」
「持っただけじゃダメな一部って?」
「剣を握って合言葉を唱えると、呪文を知らない人や、魔法の訓練を受けていない人でも、【光の矢】と言う攻撃魔法が使えるそうです」
「ひかりのや? 光ノ剣なのに?」
「魔力を矢にして飛ばす魔法だそうです」
「へぇー……そんなのあるんですねー」
クラウストラが何も知らないフリで感心してみせる。【光の矢】は、彼女が小型の魔獣を倒す時によく使う【急降下する鷲】学派の初歩的な術だ。
神学生ファーキルが項垂れた。
「アルキオーネたちの新曲……真の教えを……あれの意味が、やっと本当にわかりました」
「教会で、みんなを守るイイ魔法もあるよって、フツーに教えてくれてたら、星の標が魔力あるのわかった人たちを火炙りにするとか、なかったのにね」
クラウストラがしんみり言うと、神学生ファーキルはゆっくり顔を上げた。
「えぇ。そうなのです。教団が何故、聖典に魔術の記載があるコトを隠すのか、理由がわかりません」
「光ノ剣の作り方とか伝わってるから、最初は、みんなにイイ魔法のコトちゃんと伝えてたっぽいのにね」
「えぇ。聖典のページを捲るだけの動画が、何人もの手でユアキャストにUPされていた……その意図も、やっと本当の意味でわかった気がします」
神学生ファーキルは、夢から醒めたような顔で言った。
☆ザーイエッツさんの工房で星道記の講習会……「1995.伝承の復元を」参照
☆カクタケアの剣とか作ってみた動画の人……「1362.情報を与える」参照
☆貼紙作戦を実行……「1996.バラ撒く情報」参照
☆魔法使いの職人さんも飛び入り参加/薬師アウェッラーナの報告書……「2083.素材屋の乱入」~「2085.断たれた知識」参照
☆CDの特典からリンクを辿ってみつけたファイル……「1105.窓を開ける鍵」→「1410.リンクを辿る」「1411.データの宝箱」参照
☆真の教えを……歌詞全文「0987.作詞作曲の日」、歌詞の拡散「1429.拡散する楽譜」参照
☆星の標が魔力あるのわかった人たちを火炙り……「1409.テロに屈さず」参照




