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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0216.説得を重ねる

 「セプテントリオー呪医(せんせい)、アゴーニさん、我々と共に戦ってくれませんか?」


 これでもう何度目になるだろう。研究所の警備員が、ゼルノー市から避難した湖の民二人に明るい土色の頭を下げる。


 星の道義勇軍のテロに続くアーテル軍の空襲から、かれこれ一カ月以上経った。



 レサルーブの森にある研究所は、医療産業都市クルブニーカの製薬会社の所有物だ。空襲直後には、ここを知る者たちが大勢身を寄せた。社員やその家族、研究に協力した経験がある呪医(じゅい)薬師(くすし)、素材採取に同行する護衛らだ。


 大半の者は、ここで食糧などの補給と休息を終えてすぐ、親類縁者を頼って北部の都市や、ネモラリス島、ラクリマリス王国などに【跳躍】した。

 ネモラリス軍による迎撃が始まり、ネーニア島北部の安全が確保されたとの報道を受け、罹災者(りさいしゃ)救護の為、空襲に遭った都市へ【跳躍】した者もある。

 力なき民の研究員などは、車で西へ大周りしてネーニア島北東のトポリ港を目指し、そこからネモラリス島などに避難した。


 今、ここに残るのは【青き片翼】学派の呪医セプテントリオーと、葬儀屋アゴーニの二人だけだ。

 セプテントリオーが勤務したゼルノー市立中央市民病院は、テロの標的となり、空襲で追い打ちを掛けられた。アゴーニは市民病院でテロリストと戦いつつ、遺体を処理した。



 「ラクリマリスが湖上を封鎖したせいで、水軍は反撃できません。防戦一方なんです」

 警備員が戦況を語り、懇願(こんがん)する。


 救護や避難をした者ばかりではない。

 南のアーテル共和国へ、戦闘に(おもむ)いた者もあった。


 民間にも【急降下する(ワシ)】学派など、魔物と戦う術を修め、警備員や魔物駆除業者として働く者が居る。【編む葦切(ヨシキリ)】や【飛翔する(タカ)】の職人たちは、武器を供給できる。

 今、彼らが【跳躍】などでアーテル領に侵入し、報復攻撃を行うと言う。


 「お二人に直接、戦闘に加わって欲しいワケじゃないんです。拠点で負傷者の治療や、戦死者の(とむら)いをしていただきたいんです」


 セプテントリオーが修めた【青き片翼】学派の術は、主に外傷を癒す治癒魔法。アゴーニの【導く白蝶】学派は、遺体の火葬や、死者から生者への伝言の橋渡しなどだ。

 どちらも攻撃には使えないが、戦場では必要とされる。


 「呪医(せんせい)、ホントは迷ってるんでしょ? 仇を討つの、手伝いたいって気持ちがあるから、避難所の救護に行かないで、こんなとこで燻ってるんでしょう?」

 警備員の言葉が、懇願から哀切な詰問に変わる。


 ……ここ数日、ラジオで、アーテル軍の編隊を迎撃したとのニュースがない。彼らの働きのお蔭なのか?


 警備員たちは、作戦行動の内容を口にしない。

 毎回、人を替え、何度もここを訪れ、ただ、参加して欲しいと言うだけだ。

 呪医と葬儀屋にどこで何をさせる気なのか。



 セプテントリオーは先日、ゼルノー市から避難して来た市民を思い出した。

 彼らは、街を焼いたテロリスト「星の道義勇軍」の戦闘員と行動を共にする。恐らく、現在もそうだろう。

 アガート病院の薬師(くすし)アウェッラーナまで居た。


 キルクルス教徒と湖の民の魔法使い。テロの加害者と被害者。

 お互い、居心地のいい関係の(はず)はないが、彼らは一カ月近く一緒だと言った。



 ……どう言う風の吹き回しだったのだろう?


 セプテントリオーがぼんやり考える間にも、警備員は説得の言葉を重ねる。

 「奴らはネモラリス人のフラクシヌス教徒だと言うだけで、力なき民も無差別に殺してます。彼らの教義には、異教徒を殺せなんて文言はありません。彼らは無辜(むこ)の民を無差別に虐殺してるんです」


 「教義に(かな)ってりゃ、俺たち力ある民は()られてもいいってのかい?」

 葬儀屋アゴーニが口を挟んだ。緑の瞳に暗い光が(とも)る。

 警備員はその目に射竦(いすく)められ、寸の間、口を(つぐ)んだ。


 やがて口を開き、反論する。

 「彼らは自治区のキルクルス教徒を救う為、信仰を()(どころ)として宣戦しておきながら、自ら、教義に(もと)る行いをしてるんですよ。我々や、世界の基準だけでなく、彼ら自身の規範に照らしても、彼らに正義はありません」


 セプテントリオーは、熱っぽく語る警備員を改めて見た。

 これで五人目か六人目。

 力ある陸の民で、二十代半ばに見える。長命人種(ちょうめいじんしゅ)かもしれないが、言葉の若さから、外見通りの年齢のような気がした。


 「ですから、呪医(せんせい)、アゴーニさん、お願いします。共に戦って下さい」


 「……何の為に、何をしに、何処へ行くんです?」

 セプテントリオーは今日初めて口を開いた。いや、これまで来た使者の誰にも、言葉を掛けずにやり過ごしてきた。


 警備員の顔に喜びの色が広がる。

 髪と同じ明るい土色の瞳が熱を帯び、湖の民セプテントリオーに注がれた。

 「我々は、キルクルス教徒の暴虐を止める為、アーテル軍や政府の施設、キルクルス教会を破壊しています。お二方には、ランテルナ島での後方支援をお願いします」


 「アーテル軍のように、街全体を焼き払うことはないのですね?」

 「そんな無差別攻撃はしません。奴らと同類になってしまいます」


 セプテントリオーの質問に、警備員は心外だと言いたげな顔で、不快感も(あら)わに答えた。

☆星の道義勇軍のテロ……「0006.上がる火の手」~「0025.軍の初動対応」参照

☆アーテル軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照

☆ネモラリス軍による迎撃……「0137.国会議員の姉」「0157.新兵器の外観」「0168.図書館で勉強」参照

☆ゼルノー市立中央市民病院……テロ「0008.いつもの病室」~「0019.壁越しの対話」、空襲「0073.なにもない街」参照

☆アゴーニは市民病院でテロリストと戦いつつ、遺体を処理……「0016.導く白蝶と涙」参照

☆ラクリマリスが湖上を封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」「0181.調査団の派遣」参照

☆水軍は反撃できません……「0154.【遠望】の術」「0165.固定イメージ」参照

☆先日、ゼルノー市から避難して来た市民……「0194.研究所で再会」「0195.研究所の二人」参照

☆信仰を()(どころ)として宣戦……「0078.ラジオの報道」「0144.非番の一兵卒」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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