0216.説得を重ねる
「セプテントリオー呪医、アゴーニさん、我々と共に戦ってくれませんか?」
これでもう何度目になるだろう。研究所の警備員が、ゼルノー市から避難した湖の民二人に明るい土色の頭を下げる。
星の道義勇軍のテロに続くアーテル軍の空襲から、かれこれ一カ月以上経った。
レサルーブの森にある研究所は、医療産業都市クルブニーカの製薬会社の所有物だ。空襲直後には、ここを知る者たちが大勢身を寄せた。社員やその家族、研究に協力した経験がある呪医や薬師、素材採取に同行する護衛らだ。
大半の者は、ここで食糧などの補給と休息を終えてすぐ、親類縁者を頼って北部の都市や、ネモラリス島、ラクリマリス王国などに【跳躍】した。
ネモラリス軍による迎撃が始まり、ネーニア島北部の安全が確保されたとの報道を受け、罹災者救護の為、空襲に遭った都市へ【跳躍】した者もある。
力なき民の研究員などは、車で西へ大周りしてネーニア島北東のトポリ港を目指し、そこからネモラリス島などに避難した。
今、ここに残るのは【青き片翼】学派の呪医セプテントリオーと、葬儀屋アゴーニの二人だけだ。
セプテントリオーが勤務したゼルノー市立中央市民病院は、テロの標的となり、空襲で追い打ちを掛けられた。アゴーニは市民病院でテロリストと戦いつつ、遺体を処理した。
「ラクリマリスが湖上を封鎖したせいで、水軍は反撃できません。防戦一方なんです」
警備員が戦況を語り、懇願する。
救護や避難をした者ばかりではない。
南のアーテル共和国へ、戦闘に赴いた者もあった。
民間にも【急降下する鷲】学派など、魔物と戦う術を修め、警備員や魔物駆除業者として働く者が居る。【編む葦切】や【飛翔する鷹】の職人たちは、武器を供給できる。
今、彼らが【跳躍】などでアーテル領に侵入し、報復攻撃を行うと言う。
「お二人に直接、戦闘に加わって欲しいワケじゃないんです。拠点で負傷者の治療や、戦死者の弔いをしていただきたいんです」
セプテントリオーが修めた【青き片翼】学派の術は、主に外傷を癒す治癒魔法。アゴーニの【導く白蝶】学派は、遺体の火葬や、死者から生者への伝言の橋渡しなどだ。
どちらも攻撃には使えないが、戦場では必要とされる。
「呪医、ホントは迷ってるんでしょ? 仇を討つの、手伝いたいって気持ちがあるから、避難所の救護に行かないで、こんなとこで燻ってるんでしょう?」
警備員の言葉が、懇願から哀切な詰問に変わる。
……ここ数日、ラジオで、アーテル軍の編隊を迎撃したとのニュースがない。彼らの働きのお蔭なのか?
警備員たちは、作戦行動の内容を口にしない。
毎回、人を替え、何度もここを訪れ、ただ、参加して欲しいと言うだけだ。
呪医と葬儀屋にどこで何をさせる気なのか。
セプテントリオーは先日、ゼルノー市から避難して来た市民を思い出した。
彼らは、街を焼いたテロリスト「星の道義勇軍」の戦闘員と行動を共にする。恐らく、現在もそうだろう。
アガート病院の薬師アウェッラーナまで居た。
キルクルス教徒と湖の民の魔法使い。テロの加害者と被害者。
お互い、居心地のいい関係の筈はないが、彼らは一カ月近く一緒だと言った。
……どう言う風の吹き回しだったのだろう?
セプテントリオーがぼんやり考える間にも、警備員は説得の言葉を重ねる。
「奴らはネモラリス人のフラクシヌス教徒だと言うだけで、力なき民も無差別に殺してます。彼らの教義には、異教徒を殺せなんて文言はありません。彼らは無辜の民を無差別に虐殺してるんです」
「教義に適ってりゃ、俺たち力ある民は殺られてもいいってのかい?」
葬儀屋アゴーニが口を挟んだ。緑の瞳に暗い光が灯る。
警備員はその目に射竦められ、寸の間、口を噤んだ。
やがて口を開き、反論する。
「彼らは自治区のキルクルス教徒を救う為、信仰を拠り所として宣戦しておきながら、自ら、教義に悖る行いをしてるんですよ。我々や、世界の基準だけでなく、彼ら自身の規範に照らしても、彼らに正義はありません」
セプテントリオーは、熱っぽく語る警備員を改めて見た。
これで五人目か六人目。
力ある陸の民で、二十代半ばに見える。長命人種かもしれないが、言葉の若さから、外見通りの年齢のような気がした。
「ですから、呪医、アゴーニさん、お願いします。共に戦って下さい」
「……何の為に、何をしに、何処へ行くんです?」
セプテントリオーは今日初めて口を開いた。いや、これまで来た使者の誰にも、言葉を掛けずにやり過ごしてきた。
警備員の顔に喜びの色が広がる。
髪と同じ明るい土色の瞳が熱を帯び、湖の民セプテントリオーに注がれた。
「我々は、キルクルス教徒の暴虐を止める為、アーテル軍や政府の施設、キルクルス教会を破壊しています。お二方には、ランテルナ島での後方支援をお願いします」
「アーテル軍のように、街全体を焼き払うことはないのですね?」
「そんな無差別攻撃はしません。奴らと同類になってしまいます」
セプテントリオーの質問に、警備員は心外だと言いたげな顔で、不快感も露わに答えた。
☆星の道義勇軍のテロ……「0006.上がる火の手」~「0025.軍の初動対応」参照
☆アーテル軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照
☆ネモラリス軍による迎撃……「0137.国会議員の姉」「0157.新兵器の外観」「0168.図書館で勉強」参照
☆ゼルノー市立中央市民病院……テロ「0008.いつもの病室」~「0019.壁越しの対話」、空襲「0073.なにもない街」参照
☆アゴーニは市民病院でテロリストと戦いつつ、遺体を処理……「0016.導く白蝶と涙」参照
☆ラクリマリスが湖上を封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」「0181.調査団の派遣」参照
☆水軍は反撃できません……「0154.【遠望】の術」「0165.固定イメージ」参照
☆先日、ゼルノー市から避難して来た市民……「0194.研究所で再会」「0195.研究所の二人」参照
☆信仰を拠り所として宣戦……「0078.ラジオの報道」「0144.非番の一兵卒」参照




