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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2116.償いの水呼び

 湖の女神に使える緑髪の神官は、レノに可哀相なモノを見る目を向けて言う。

 「あなた方、常命人種は歴史の教科書でしか旧王国時代を知らないでしょうが、実際、当時は我々湖の民も、力ある陸の民と力なき陸の民も、いえ、キルクルス教徒でさえ、ラキュス・ネーニア家とラクリマリス王家による共同統治の許で、平和に共存していたのですよ」

 「長命人種の人たちから、昔はよかったって、何回も聞きました」


 この中年に見える聖職者は、三百年か四百年余り生きたらしい長命人種だ。得意げに頷いて、レノに熱っぽく語り続ける。


 「そうでしょう。民草に権力を与えたところで、たかだか数年の任期付き。仕事をモノにするには短過ぎます。だからと言って、任期を長くすれば汚職の温床になります。何かあった時に責任を取ると言っても、職を辞するだけ。それも、(ほとぼり)が冷めれば、また選挙に打って出ます。魔哮砲のような裏切りを平気でしでかすだけなのです」

 「でも、もし、ラキュス・ネーニア家の偉い人が悪いコトしたら、どうなるんですか?」

 レノは、なけなしの勇気を振り絞って質問した。


 ジョールチがすかさず助け舟を出す。

 「旧直轄領の複数の村で、サル・ガズ様とサル・ウル様による隠れキルクルス教徒狩りの件と、ウヌク・エルハイア将軍が、お二人を処罰なさったと言う話を何度も耳にしました」

 「処罰の内容は、お聞きになりましたか?」

 ウシェールィエ神官が、思いの(ほか)、静かな声で聞く。


 「いえ。ウヌク・エルハイア将軍は、お二方を処刑なさるご意向だったそうですが、シャウラ様が、命を奪うより償いをさせた方が、間違いで命を奪われた力なき民のフラクシヌス教徒と、遺族の為になると進言なさって、死罪を免れたとしか」


 「左様ですか。お二人は、祭壇の広間でサファイアをご覧になりましたよね?」

 「サファイア……水が出てた青い宝石、【魔道士の涙】じゃなかったんですね」

 レノが少し安心して聞くと、神官は頷いて説明した。

 「クーデターの戦闘で亡くなられたラキュス・ネーニア家の方々は、既に塋域(えいいき)の島のラクテア神殿に葬られました。現在、クレーヴェルの神殿にあるのは、【水呼び】を掛けたサファイアです」


 初めて聞く件を一度にたくさん言われ、レノは何をどう質問すればいいやらわからず、隣に座るジョールチを見た。

 国営放送のアナウンサーは、全く動揺する様子もなく質問する。

 「まず、ラキュス・ネーニア家の方々の訃報に接し、皆様方の魂の平安をお祈り申し上げます。恐れ入りますが、いつ、どこで、どなたが、何故、亡くなられたのか、差し(さわ)りなければ、教えていただけませんか?」

 「個人名などの詳細は、遺族の方々のご意向で控えさせていただきます」

 「はい。概要だけでもお聞かせ願えましたら、助かります」


 ラキュス・ネーニア家からも死者が出たとは初耳だ。

 旧直轄領の村々には伝えなかったのか、余所者(よそもの)には口止めしてあったのか。


 「いずれも首都で、戦闘が激しかったクーデター初期の三カ月間です」

 神官は、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに祈りを捧げて語った。



 クーデターに関連して死亡したラキュス・ネーニア家の血縁者は合計五人。男性四人と女性一人だ。

 男性の内一人は、戦闘で病院が機能せず、呪医の手配も間に合わなかった為、病死した。他の男性三人は解放軍側二人、政府軍側一人で、別々に戦死。唯一の女性は年端(としは)も行かぬ子供で、住居が戦闘に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになった。



 「そんな……身内同士で殺し合うなんて……」

 レノが言葉を失うと、長命人種の神官は沈んだ声を出した。

 「半世紀の内乱時代は、日常茶飯事でしたよ」

 「恐れ入ります。祭壇の広間にあったサファイアがどんなものか、お聞かせ願えますか」

 アナウンサーのジョールチが話を戻すと、緑髪の神官は硬い表情で応じた。


 「現在は再建工事が完了しましたが、都内にある神殿が三カ所、混乱に乗じた星の(しるべ)の爆弾テロで破壊されました」



 再建まで、祈りと魔力の供給が途絶え、ラキュス湖の水位が更に低下した。


 ウヌク・エルハイア将軍が、戦闘の落ち着いた印暦二一九二年三月、都内に残る【巣懸(すかけ)ける懸巣(カケス)】学派と【穿(うが)啄木鳥(キツツキ)】学派の術者を徴用(ちょうよう)。都内に十二カ所あるパニセア・ユニ・フローラ神殿の改修と水路の新設工事を命じる。

 道路や病院などの工事は、公共事業として、都内に残る力なき民の建設事業者を中心に発注した。


 神殿と水路を優先させたのは、水位が危機的状況にまで低下したからだ。


 首都クレーヴェルのパニセア・ユニ・フローラ神殿からは、王都ラクリマリスの大神殿に魔力を供給せず、この場で【水呼び】を行うよう、祭壇の広間全体の術式を変更させた。

 主神フラクシヌスや岩山の神スツラーシなどの神殿からは、従前通り、大神殿へ魔力を送る。



 「一時的な措置で、水位が目標値まで回復すれば、元に戻すそうです」

 「目標水位とは、具体的な数値目標があるのですか? いや、それより、大神殿への魔力供給を遮断しては、旱魃(かんばつ)の龍の封印が弱まるのではありませんか?」

 アナウンサーのジョールチが懸念を口にする。レノは全く思いつきもしなかった視点だ。


 「大神殿とラクリマリス王家に確認済みで、問題ないそうです。目標は、印暦二一九二年四月一日時点の水位から、三メートル増加です」

 「三メートルも?」

 レノは絶句した。


 ラキュス湖は広大な塩湖だ。日々の蒸発もある。

 水位を三メートル回復させるのに何立方キロメートルの水が必要か、勉強が苦手なレノには見当もつかなかった。


 「サル・ガズ様とサル・ウル様はそれぞれ、ウヌク・エルハイア将軍とシャウラ様に付き添われ、毎日【水呼び】の呪歌を(うた)っておられます」

 「それが、償いなのですね?」

 ジョールチが確認する。

 「はい。六カ所ずつ担当して、魔力の消耗が激しい呪歌を六日間(うた)い続けて一日休み。近頃は、他のことをする気力さえ全くないご様子です」


 レノは、人狩りをした双子が本当に戦えないとわかって少し安心した。

☆民草に権力を与えたところで(中略)裏切りを平気でしでかすだけ……「1629.支配者の命令」参照

☆処罰の内容……「1552.首都圏の様子」「1552.首都圏の様子」参照

☆塋域の島のラクテア神殿……オーストロフ島「1393.遠い島の墓所」「1486.ラクテア神殿」~「1488.水呼びの呪歌」、レノの認識「1542.神殿を守る民」参照


☆王都ラクリマリスの大神殿に魔力を供給

 仕組み……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「821.ラキュスの水」「1308.水のはらから」参照

 中心部の様子……「684.ラキュスの核」参照

 低下の話……「534.女神のご加護」「536.無防備な背中」「585.峠道の訪問者」「874.湖水減少の害」「1086.政治の一手段」参照

 水位……「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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