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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2115.連絡役の神官

 緑髪のウシェールィエ神官が一人で話し続ける。


 十人掛けの会議机を囲む席には、レノとアナウンサーのジョールチ、この神殿に努める中年の神官、三人だけだ。ジョールチの返事を待たず、神官の声だけが小会議室に響く。


 レノは【耐暑】のリボンを巻いた蔓草(つるくさ)細工の帽子を脱いで、会議机に置いた。

 神殿の集会所全体に掛けられた【耐暑】の術で、魔法の品を外しても涼しい。


 「実は、兄が解放軍に参加しておりまして、私は連絡役を頼まれたのですよ」



 ネミュス解放軍による政権奪取宣言に続く政府軍との戦闘は、約半年後の印暦二一九二年二月末まで続いた。

 クリペウス政権の中枢が早々にレーチカ市へ移った為、首都防衛、あるいは奪還の意義が薄れたことが、戦闘が終了した理由のひとつだ。


 星の(しるべ)と隠れキルクルス教徒は戦闘の混乱に乗じ、爆弾テロを行ったが、双子のサル・ウルとサル・ガズがそれぞれ率いる調査隊の働きで、芋蔓式(いもづるしき)に捕えられた。


 その年の春頃から、議員宿舎襲撃事件以来、ずっと行方不明だった国会議員が首都クレーヴェルに戻り、ネミュス解放軍と合流。魔哮砲を使役するクリペウス政権の打倒で一致協力する。



 「今、首都に留まるのは、魔哮砲の廃棄と神聖復古を望む人たちなのですよ」

 湖の女神を奉じるウシェールィエ神官が、暗に異教徒の完全排除を語ってジョールチを見た。



 首都に戻った国会議員たちは、議員宿舎襲撃事件の真相を語った。誰もが耳を疑い、(にわ)かには信じられない事態だ。

 解放軍は、警察署や裁判所を押え、改めて、彼らに【()かし水鏡(みかがみ)】と【(ただ)しき燭台】を使用。議員宿舎でも、何らかの痕跡が残る現場で【鵠しき燭台】を使った。



 「国会議員たちが語った信じ(がた)い顛末は、(おおむ)ね事実だと確認されました」

 「そんなコトが」

 アナウンサーのジョールチが、驚いた顔で続きを飲み込む。


 ウシェールィエ神官に伝えられた「真相」は、アサコール党首ら亡命議員から直接聞いて知った内容とほぼ同じだ。

 細部が少し違うのは、神官が覚えきれなかった部分や、単純な記憶違いなのだろう。大筋が変わるような重要な部分には、間違いがなかった。


 「ネモラリス共和国の民主主義は、あの日、死んだのです」


 「民主主義が……死ぬ?」

 レノは思わず聞き返した。

 神官の緑の目がレノに向けられたのはほんの一瞬で、すぐジョールチに戻った。


 「秦皮(トネリコ)の枝党と湖水の光党の一部議員、そして、事もあろうにアル・ジャディ将軍が率いるようになった政府軍は、国民を欺いて魔法生物の兵器利用を研究し、魔哮砲を実戦投入したのです」

 「その情報は、いつ、どこで手に入れたのですか?」

 ジョールチが会議机にやや身を乗り出して聞く。


 ウシェールィエ神官は、眼鏡の奥にある黒い瞳を正面から見詰めて答えた。

 「ラクリマリス王国領の神殿で見たニュースや、信徒の方々が外国で仕入れた情報などです」

 「確かに、国内でどんなに情報統制しても、土地勘があれば、外国の情報が手に入りますね」

 力ある陸の民のジョールチが頷く。


 「そうなのです。国内では、物資不足や情報統制で、新聞のページ数も内容も薄くなりましたが、ラクリマリスに行けば、分厚くて内容の濃い湖南経済新聞などが手に入りますからね」



 外国に親類縁者や友人などが居る者は、定期的に通って古新聞をもらって帰る。

 こちらから提供するのも、情報だ。

 元より、ネモラリス共和国にはインターネットが開通しておらず、個人による情報発信はないに等しい。外国人や外国企業は、身内や友人知人、取引先の安否を含め、ネモラリスの状況を知りたがった。



 ……俺たちが行く先々でみんなに言ってるのと、同じコトしてたんだな。


 「私も、ラクリマリスの伯母から古新聞をもらって、集会所で信徒のみなさんが自由に読めるようにしております」

 「土地勘のない人も、助かりますね」

 ジョールチが相槌を打つと、ウシェールィエ神官は力強く頷いた。

 「えぇ。報道の自由は民主主義の基本ですからね」

 「どうしてですか?」

 レノが聞くと、緑髪の神官は一瞬面倒臭そうな顔をしたが、すぐ表情を消して答えを寄越した。

 「情報がなければ、主権者となった国民は、正しい判断ができませんから」

 「あぁ、選挙公報とか、普段のニュースとか」

 「そうです。しかし……」



 クリペウス政権は、魔哮砲の使用に異を唱えた国会議員を宿舎に軟禁して言論を弾圧。政府軍の兵士が、脱出を試みた議員を殺害したのが、議員宿舎襲撃事件の真相だ。



 緑髪の神官は先回りして、レノが聞くであろう質問の答えも口にした。

 「議員の殺害は、本人の生命が奪われるだけではありません。その人物に票を投じた多数の主権者の信任、民意をも殺したに等しいのです」

 「それが……民主主義の死」

 レノが呟くと、今度は神官の目がきちんと力なき陸の民を捉えた。


 「その通りです。クリペウス首相と彼に(くみ)する議員たちは、形式的には民主的な選挙を経た国民の代表者です。しかし、彼らの行動は到底、民意を反映しているとは言えません」

 「そうですね」

 レノは、神官の勢いに押されて頷いた。


 「ですが、国際社会は、独裁者と化したクリペウス首相と、彼のレーチカ臨時政府を正統と看做(みな)しています。彼らには票を投じなかった国民や、魔哮砲の使用に反対して殺害された議員に信任を与えた有権者も、十把一絡(じっぱひとから)げで経済制裁の対象にされ、飢えに苦しめられているのです」

 「それホント、みんな困ってるんですよね」

 「現在は選挙権がない子供たちは勿論(もちろん)、あなたのように若い有権者は、魔法生物の兵器化研究が始まった当時、まだ子供でした。選択の権利さえなかったあなた方若い世代に、一体どんな罪と責任があると言うのでしょう」

 「俺もそれ、凄く理不尽だと思います」

 レノの一言に我が意を得たりと、ウシェールィエ神官が熱弁を揮う。


 「キルクルス教圏の国々が有難がる民主主義などと言うモノは、所詮、この程度のものなのですよ」

 「それで、ラキュス・ネーニア家の手に権力を取り戻すんですか? 湖の民の人たちはいいかもしれませんけど、俺たち、力なき陸の民はどうなるんです?」

 レノが聞くと、ウシェールィエ神官の目に同情が満ちた。

☆ネミュス解放軍による政権奪取宣言……「599.政権奪取勃発」~「601.解放軍の声明」参照

☆クリペウス政権の中枢が早々にレーチカ市へ移った……「636.予期せぬ再会」参照


☆議員宿舎襲撃事件

 計画……「0273.調理に紛れて」参照

 実行……「0277.深夜の脱出行」参照

 行方不明……「378.この歌を作る」「425.政治ニュース」「429.諜報員に託す」「440.経済的な攻撃」「529.引継ぎがない」参照


☆国内でどんなに情報統制しても……「0244.慈善のバザー」「525.眠れない夜に」「575.二カ国の新聞」参照

☆議員の殺害は(中略)民意をも殺したに等しい……「525.眠れない夜に」参照

☆レーチカ臨時政府を正統と看做し(中略)十把一絡げで経済制裁の対象……「1743.神政と民主制」「1792.多角的な視点」「1842.武器禁輸措置」「1879.失政の責任は」参照

☆現在は選挙権がない子供たち(中略)どんな罪と責任がある……「752.世俗との距離」「752.世俗との距離」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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