表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2166/3523

2114.朝霧通の神殿

 神殿がある朝霧通(あさぎりどおり)は、トラックを停めた量販店から四街区分離れた所だ。


 見える範囲の道路には壊れた部分がなく、瓦礫も見当たらない。

 所々に更地はあるが、駐輪場として利用中の土地もあれば、不動産屋の看板がポツンと立つだけの所や、夏草が生い茂る荒れ地もあった。

 ネモラリス政府軍とネミュス解放軍の戦闘や、星の(しるべ)による爆弾テロに巻き込まれたせいか、首都クレーヴェルを去る資金作りに家と土地を売り払った為か、更地の理由は定かでない。


 道行く人は、平和な頃のゼルノー市より多かった。

 陸の民は少ないが、黒髪のジョールチと茶髪のレノが、じろじろ見られる程ではない。


 すれ違った陸の民で、呪文や呪印のない服装の者は居なかった。

 八月半ばの暑さのせいもあるが、レノのように魔法の品で対策しなければ、夏の陽射し以上にネミュス解放軍の目が厳しいからかもしれない。



 朝霧通は、首都クレーヴェル東地区の内陸部だ。建ち並ぶビルや家々が視界を遮り、ラキュス湖は全く見えない。

 神殿から南へ向かって石造りの立派な水路が走る。水路の石積みにも、歩道の敷石と同じ【魔除け】などの呪文や呪印が刻んであった。流れる水は澄んでキレイだが、水草は茂らず魚も居ない。


 ここのパニセア・ユニ・フローラ神殿は、ゼルノー市の神殿より構えが大きかった。広い前庭には色とりどりの花が咲き、大勢の参拝者の目を楽しませる。

 一番広い花壇は、濃い緑の葉が茂って、まだ花がない。

 近付いてよく見ると、レノもよく知る青ヒナギクの葉だ。秋になれば辺り一面、湖の女神パニセア・ユニ・フローラを象徴する青い花で満たされるだろう。


 子供連れで参拝に訪れる者が多く、様々な髪色をした陸の民も見える。

 到底、二年近く前に激闘が繰り広げられた街とは思えない平和な光景だ。


 アナウンサーのジョールチは、前庭を素通りして神殿の石段を上る。

 レノは花を見るフリで葬儀屋アゴーニの姿を捜した。緑髪のおじさんは、自分の背丈より高い所にある大輪のヒマワリを見上げて、他人のフリをしてくれる。


 レノは安心して石段を駆け上がり、ジョールチに追いついた。

 入口に盛られた【魔力の水晶】をひとつ手に取る。

 ジョールチがこっそり受取り、魔力を満たして返してくれた。彼はずっと、放送局を脱出した時の背広姿だ。裏に呪文と呪印があり、見た目の暑苦しさに反して、本人は涼しい顔で着こなす。


 レノがクルィーロと行った王都ラクリマリスの神殿では、参拝者で通路がギチギチに詰まり、神官と警備員が何人も立って誘導に腐心(ふしん)した。


 この神殿も参拝者は多いが、通路が詰まる程ではない。

 レノとジョールチは、絶えず水音が聞こえる通路をすんなり抜け、祭壇の広間に入れた。

 ラキュス湖を模した水場と岩山の神スツラーシを表す岩、主神フラクシヌスとの繋がりを示す樹木。この神殿に植わるのは、新しい時代の(カシ)ではなく、昔ながらの秦皮(トネリコ)だ。


 そして、もうひとつ。

 水場の中央に見慣れない台座があった。形は入口にある【魔力の水晶】を持った台座に似るが、その上には淡い光を放つ青い宝石が浮く。

 宙に浮いた青い宝石からは、家庭用の蛇口を全開にしたくらいの水が流れ、台座に当たって噴水のように水場へ降り注ぐ。

 ジョールチも初めて目にしたらしく、眼鏡の奥で黒い瞳を大きく見開いて青い宝石を見詰める。


 ……いや、それより、神官と話すんだよな。


 祭壇の広間の壁際で、若い女性神官が老夫婦と何事か話す。

 水場の前には、中年の男性神官が立って、参拝客たちと祈りの(ことば)を唱和する。


 「湖上に雲立ち雨注ぎ、大地を潤す。

  木々は緑に麦実り、地を巡る河は(うみ)へと還る。

  すべて ひとしい ひとつの水よ。

  身の内に水抱(みずいだ)く者みな、日の輪の(もと)にすべて ひとしい 水の同胞(はらから)

  水の命、水の加護、水が結ぶ全ての(えにし)

  我らすべて ひとしい ひとつの水の子。

  水の(えにし)巡り、守り(たま)え、(さきわ)い給え」


 ウシェールィエは、男女どちらでも通用する呼称だ。

 ジョールチはさっき、旧知の神官を「彼」と言った。


 ……じゃあ、こっちのおじさん?


 神官は二人とも緑髪だ。

 もしかすると、他にも居るかもしれず、この男性がウシェールィエではないかもしれない。

 先に祈りを捧げた者が広間を出て、レノたちはたちは水場の正面に出た。間近に立つと、台座に当たった細かい水飛沫(みずしぶき)が顔に掛かる。


 中年の男性神官は祈りの(ことば)を唱えかけたが、口を半開きにして動きを止めた。ひとつ咳払いすると、何事もなかったかのように参拝者と祈りの詞を唱和する。

 レノも、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに祈りを捧げ、【魔力の水晶】を水場に沈めた。

 母の無事な姿と再会できるよう、水の(えにし)が一日も早く繋がることを願う。


 「ちょっとこちらへ」

 入替る人の流れの中で、神官がジョールチの肩を軽く叩いた。

 国営放送のアナウンサーが無言で頷くと、男性神官は女性神官に目配せして交代した。



 本殿を出て、集会所の小会議室へ案内される。

 廊下に誰も居ないのを確認して、ジョールチがレノを紹介した。

 「連れです」

 「こんにちは」

 レノが挨拶すると、中年の男性神官ウシェールィエは、頭のてっぺんから爪先まで無遠慮に眺め、二人を小会議室に招じ入れた。


 「ジョールチさん、ご無事で何よりです。噂は何度か耳に入りましたが、半信半疑だったのですよ」

 緑髪の神官が、黒髪のアナウンサーに微笑を向ける。

 ジョールチは旧知の無事を喜ぶ言葉に続けて聞いた。

 「どんな噂ですか?」

 「あなたが移動放送車でニュースを読んでいると言う噂で、参拝者があなたの声を聞いたと言う場所がバラバラだったので、そんなまさかと思っていたのですよ」

 「そうですか」

 「本局に復帰なさるのですか? 今はネミュス解放軍の管理下にありますが、お望みでしたら、仲介しますよ」


 ウシェールィエ神官は、レノそっちのけでジョールチだけを見て話した。

☆青ヒナギク……「572.別れ難い人々」参照

☆放送局を脱出した時の背広姿……「600.放送局の占拠」→「660.ワゴンを移動」~「663.ない智恵絞る」参照

☆入口に盛られた【魔力の水晶】……「1308.水のはらから」参照

☆レノがクルィーロと行った王都ラクリマリスの神殿……「1275.こんな場所で」「1276.腹の探り合い」、「1307.すべて等しい」~「1309.魔力を捧げる」「1311.はぐれた少年」参照

☆旧知の神官……「1630.首都での予定」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ