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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2113.電話帳で調査

 メドヴェージが移動放送局の四トントラックを停めたのは、首都クレーヴェル東地区の量販店だ。

 広い駐車場には、数える程しか車がない。燃料不足のせいか、自家用車を持つ力なき陸の民が、クーデターから逃れて首都を脱出したからか。


 荷台の扉が開くと、FMクレーヴェルのワゴン車から、アナウンサーのジョールチとDJレーフ、葬儀屋アゴーニ、ソルニャーク隊長が移ってきた。

 「レノ店長は、私と一緒に朝霧通(あさぎりどおり)にあるパニセア・ユニ・フローラ神殿へ行きましょう」

 「えッ? どうしてです?」

 レノは、ヤル気に水を差されて声が尖った。


 ジョールチは、眼鏡の奥の目に困惑を浮かべたが、いつもの落ち着いた声で説明する。

 「まずはこの店の電話帳で、ウハー鮮魚店の所在地と電話番号を控えます」



 「ウハー」は「魚スープ」の意で、鮮魚専門店に限らず、魚料理店や干物などの水産加工品を扱う業種では、ありふれた名称だ。

 女子大生アーラは、光福三号と取引したウハー鮮魚店の車両ナンバーは記録したが、所在地や電話番号まではわからない。


 首都クレーヴェルは、開戦前までは百万人以上が暮らした国内最大の都市だ。

 戦争とクーデターでどのくらい人口が減ったか。レーチカ臨時政府もクーデター政権も発表せず、未だにわからない。それでも、レノの地元ゼルノー市とは比べ物にならない大都会には変わりなかった。



 ラゾールニクが、量販店の入口を指差して話を引取る。

 「公衆電話、多分、店入ってすぐのとこのあれ、三台しかないっぽいよ」


 大きな店は大抵、入口の壁沿いに公衆電話を設置する。

 電話台の棚には一台につき一組ずつ、電話帳もあるが、開戦以降の二年間で新しいものに交換した可能性はなさそうだ。

 平和な頃は、電話局が毎年更新したが、今は物資不足で新聞の発行さえままならない。


 「俺とクルィーロ君が端末で撮って、もう一冊は、他のお客さん用に空けとかないと、迷惑だろ?」

 「そう……ですね」

 「ウハー鮮魚店なんて、各地区に何軒もあると思うから、電話繋がるとこは、行くのやめて電話で問合せればいい」

 「あ、そっか」

 レノが納得し、薬師(くすし)アウェッラーナと老漁師アビーエスが、小さく息を呑んで顔を見合わせる。


 ラゾールニクは、二人に向き直って続けた。

 「電話すんの、写真撮ってからにしてくれます?」

 「どうしてですか?」

 老漁師アビエースが声を震わせる。

 「電話ですぐ当たりが出ればいいんスけど、ダメだったら、次は電話が繋がらなかった店に直接行かなきゃ」

 「まぁ、そうなりますね」

 「繋がらなかった番号をメモしてもらって、後で行く候補から外すってコトで」

 緑髪の兄妹(きょうだい)が神妙な面持ちで頷く。

 「二人が電話してる間、俺たちは電話帳の写真と道路地図で、店の場所を見てるんで」


 首都クレーヴェルとネモラリス島の道路地図は、薬師(くすし)アウェッラーナが帰還難民センターに居た頃に調達したものと、それとは別にソルニャーク隊長が買ったもので複数ある。


 ジョールチが再び口を開いた。

 「そんな大人数でできる作業ではありませんから、レノ店長には一緒に来ていただきたいのです」

 「どうして、俺なんですか?」


 わざわざ力なき民で、戦力にならないレノを指名した理由がわからない。

 行き先が食料品店や飲食店ならわかるが、解放軍に協力する神官が居るらしい湖の女神の神殿だ。

 身の安全の為なら、湖の民の誰か、今なら葬儀屋アゴーニと一緒の方がいい。


 「ウシェールィエ神官を全く知らない力なき民の目で、彼の言動を確認して、後でどんな印象を受けたか、教えていただきたいのです」

 「私が行きましょうか?」

 パドールリクが小さく手を挙げたが、ジョールチは申し訳なさそうに断った。

 「あなたは、クレーヴェルでお勤めでしたから、もしかすると向こうが覚えているかもしれません」


 星の道義勇軍の三人は、キルクルス教徒だ。万一を考えると、フラクシヌス教の神殿に連れてゆくのは極力避けたい。


 ……人の観察だったら、ソルニャーク隊長の方が向いてるんだけどな。


 隠れキルクルス教徒狩りが鳴りを潜めたとは言え、何があるかわからない。女の子たちも、少人数で行動させたくなかった。

 「わかりました。神官の何に気を付けて見ればいいですか?」

 「先入観を与えるとよくありませんので、何も知らない状態で、普通に接して下さい」

 「ふつー……」


 よくわからないコトを頼まれて、何も知らないフリで「普通」にするのは難しい気がした。だが、引受けた以上、行くしかない。


 「では、私たちはこの店で日用品の買出しをします」

 「買物したら、駐車場代三時間分タダんなるってよ」

 パドールリクが言うと、メドヴェージが駐車場の看板を親指で示した。料金に関する部分だけ、ペンキが新しい。


 「念の為にちょっと離れてついてって、普通にお祈りしとくぞ」

 葬儀屋アゴーニの申し出が有難い。レノとジョールチは揃って礼を言った。


 「じゃあ、私たちもお買物するから、お兄ちゃん、気を付けてね」

 「うん」

 ピナに言われ、レノは複雑な思いで頷いた。


 メドヴェージが運転席からクレーヴェルの道路地図を下ろす。

 「その神殿ってのは遠いのか?」

 「いえ、すぐ近くですよ。ここからでしたら、街区三つか四つ西です」

 ジョールチが(およ)その方向を指差し、ピナとティスがホッとする。

 「帽子被ってればきっと大丈夫よ」

 「そうだな」

 レノは、蔓草(つるくさ)細工の帽子を被り直した。


 鍔のすぐ上に【耐暑】のリボンを巻いて【魔力の水晶】を取り付けたものだ。

 魔力が切れるまでは、頭だけに留まらず、身体全体が涼しい。魔力を使い果たしても、日射しと隠れキルクルス教徒の疑いからは、守ってくれるだろう。


 ピナが聞く。

 「その神官さんって、ジョールチさんのお知り合いなんですよね? 手土産とか持って行かなくていいですか?」

 「今回はよしましょう」

 ジョールチは少し声を落として答えると、量販店の駐車場を出た。


 「ご安全に~」

 クルィーロとメドヴェージの声に背中を押され、レノも首都クレーヴェル東地区の神殿に向かった。

☆女子大生アーラは(中略)鮮魚店の車両ナンバーは記録……「1620.学生らの脱出」「1621.得た手掛かり」参照


☆首都クレーヴェルとネモラリス島の道路地図は(中略)複数ある

 薬師(くすし)アウェッラーナが調達……「641.地図を買いに」参照

 ソルニャーク隊長が買ったもの……「647.初めての本屋」参照


☆解放軍に協力する神官/ウシェールィエ神官……「1629.支配者の命令」「1630.首都での予定」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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