2113.電話帳で調査
メドヴェージが移動放送局の四トントラックを停めたのは、首都クレーヴェル東地区の量販店だ。
広い駐車場には、数える程しか車がない。燃料不足のせいか、自家用車を持つ力なき陸の民が、クーデターから逃れて首都を脱出したからか。
荷台の扉が開くと、FMクレーヴェルのワゴン車から、アナウンサーのジョールチとDJレーフ、葬儀屋アゴーニ、ソルニャーク隊長が移ってきた。
「レノ店長は、私と一緒に朝霧通にあるパニセア・ユニ・フローラ神殿へ行きましょう」
「えッ? どうしてです?」
レノは、ヤル気に水を差されて声が尖った。
ジョールチは、眼鏡の奥の目に困惑を浮かべたが、いつもの落ち着いた声で説明する。
「まずはこの店の電話帳で、ウハー鮮魚店の所在地と電話番号を控えます」
「ウハー」は「魚スープ」の意で、鮮魚専門店に限らず、魚料理店や干物などの水産加工品を扱う業種では、ありふれた名称だ。
女子大生アーラは、光福三号と取引したウハー鮮魚店の車両ナンバーは記録したが、所在地や電話番号まではわからない。
首都クレーヴェルは、開戦前までは百万人以上が暮らした国内最大の都市だ。
戦争とクーデターでどのくらい人口が減ったか。レーチカ臨時政府もクーデター政権も発表せず、未だにわからない。それでも、レノの地元ゼルノー市とは比べ物にならない大都会には変わりなかった。
ラゾールニクが、量販店の入口を指差して話を引取る。
「公衆電話、多分、店入ってすぐのとこのあれ、三台しかないっぽいよ」
大きな店は大抵、入口の壁沿いに公衆電話を設置する。
電話台の棚には一台につき一組ずつ、電話帳もあるが、開戦以降の二年間で新しいものに交換した可能性はなさそうだ。
平和な頃は、電話局が毎年更新したが、今は物資不足で新聞の発行さえままならない。
「俺とクルィーロ君が端末で撮って、もう一冊は、他のお客さん用に空けとかないと、迷惑だろ?」
「そう……ですね」
「ウハー鮮魚店なんて、各地区に何軒もあると思うから、電話繋がるとこは、行くのやめて電話で問合せればいい」
「あ、そっか」
レノが納得し、薬師アウェッラーナと老漁師アビーエスが、小さく息を呑んで顔を見合わせる。
ラゾールニクは、二人に向き直って続けた。
「電話すんの、写真撮ってからにしてくれます?」
「どうしてですか?」
老漁師アビエースが声を震わせる。
「電話ですぐ当たりが出ればいいんスけど、ダメだったら、次は電話が繋がらなかった店に直接行かなきゃ」
「まぁ、そうなりますね」
「繋がらなかった番号をメモしてもらって、後で行く候補から外すってコトで」
緑髪の兄妹が神妙な面持ちで頷く。
「二人が電話してる間、俺たちは電話帳の写真と道路地図で、店の場所を見てるんで」
首都クレーヴェルとネモラリス島の道路地図は、薬師アウェッラーナが帰還難民センターに居た頃に調達したものと、それとは別にソルニャーク隊長が買ったもので複数ある。
ジョールチが再び口を開いた。
「そんな大人数でできる作業ではありませんから、レノ店長には一緒に来ていただきたいのです」
「どうして、俺なんですか?」
わざわざ力なき民で、戦力にならないレノを指名した理由がわからない。
行き先が食料品店や飲食店ならわかるが、解放軍に協力する神官が居るらしい湖の女神の神殿だ。
身の安全の為なら、湖の民の誰か、今なら葬儀屋アゴーニと一緒の方がいい。
「ウシェールィエ神官を全く知らない力なき民の目で、彼の言動を確認して、後でどんな印象を受けたか、教えていただきたいのです」
「私が行きましょうか?」
パドールリクが小さく手を挙げたが、ジョールチは申し訳なさそうに断った。
「あなたは、クレーヴェルでお勤めでしたから、もしかすると向こうが覚えているかもしれません」
星の道義勇軍の三人は、キルクルス教徒だ。万一を考えると、フラクシヌス教の神殿に連れてゆくのは極力避けたい。
……人の観察だったら、ソルニャーク隊長の方が向いてるんだけどな。
隠れキルクルス教徒狩りが鳴りを潜めたとは言え、何があるかわからない。女の子たちも、少人数で行動させたくなかった。
「わかりました。神官の何に気を付けて見ればいいですか?」
「先入観を与えるとよくありませんので、何も知らない状態で、普通に接して下さい」
「ふつー……」
よくわからないコトを頼まれて、何も知らないフリで「普通」にするのは難しい気がした。だが、引受けた以上、行くしかない。
「では、私たちはこの店で日用品の買出しをします」
「買物したら、駐車場代三時間分タダんなるってよ」
パドールリクが言うと、メドヴェージが駐車場の看板を親指で示した。料金に関する部分だけ、ペンキが新しい。
「念の為にちょっと離れてついてって、普通にお祈りしとくぞ」
葬儀屋アゴーニの申し出が有難い。レノとジョールチは揃って礼を言った。
「じゃあ、私たちもお買物するから、お兄ちゃん、気を付けてね」
「うん」
ピナに言われ、レノは複雑な思いで頷いた。
メドヴェージが運転席からクレーヴェルの道路地図を下ろす。
「その神殿ってのは遠いのか?」
「いえ、すぐ近くですよ。ここからでしたら、街区三つか四つ西です」
ジョールチが凡その方向を指差し、ピナとティスがホッとする。
「帽子被ってればきっと大丈夫よ」
「そうだな」
レノは、蔓草細工の帽子を被り直した。
鍔のすぐ上に【耐暑】のリボンを巻いて【魔力の水晶】を取り付けたものだ。
魔力が切れるまでは、頭だけに留まらず、身体全体が涼しい。魔力を使い果たしても、日射しと隠れキルクルス教徒の疑いからは、守ってくれるだろう。
ピナが聞く。
「その神官さんって、ジョールチさんのお知り合いなんですよね? 手土産とか持って行かなくていいですか?」
「今回はよしましょう」
ジョールチは少し声を落として答えると、量販店の駐車場を出た。
「ご安全に~」
クルィーロとメドヴェージの声に背中を押され、レノも首都クレーヴェル東地区の神殿に向かった。
☆女子大生アーラは(中略)鮮魚店の車両ナンバーは記録……「1620.学生らの脱出」「1621.得た手掛かり」参照
☆首都クレーヴェルとネモラリス島の道路地図は(中略)複数ある
薬師アウェッラーナが調達……「641.地図を買いに」参照
ソルニャーク隊長が買ったもの……「647.初めての本屋」参照
☆解放軍に協力する神官/ウシェールィエ神官……「1629.支配者の命令」「1630.首都での予定」参照




