2111.報告する予定
一行は、郭公の看板が掛かる魔法の服飾雑貨店から、地下街チェルノクニージニクの広い通路へ出た。
バルバツム陸軍の先任軍曹が、呪符使いに共通語で聞く。
「あんた、薬草の目利きができるっつったが、本土には生えてねぇのか?」
「そこら中の道端や空地に生えていますが、今は土魚が居るので危険です」
「明日もう一回、この街へ来て、薬屋とあの店に行って、傷薬とリボン、それに水晶細工を手に入れたい」
「ホントになりふり構わないんだな」
オリョールがニヤニヤ笑う。
先任軍曹は表情を動かさずに応じた。
「預かった部下は、なるべく生きて親許へ帰したい。化け物の餌なんざ論外だ」
魔力の発覚したバルバツム兵が、都市迷彩の袖で目許を拭う。
一行は、地上の街カルダフストヴォーの南門に出た。
バスは夕方の便までまだ二時間以上ある。オリョールは、バスターミナルまではついて来なかった。
「イグニカーンス市からここまでは、路線バスでも来られます。運賃は現金のみで、紙幣ではお釣りが出ません」
呪符使いが時刻表の傍らに立って説明すると、フリージャーナリストはタブレット端末で写真を撮り、テキストでメモした。操作の速さは魔装兵ルベルの数倍だ。
……これが、科学文明圏の人の能力なのか。
バルバツム連邦陸軍の先任軍曹が、一行を見回して宣言する。
「今から聖アルブム教会へ戻り、我々はスーパーマーケットで油を購入。君らは別行動で付近の薬草を採ってくれないか? 勿論、謝礼は出す」
「また戦闘糧食ですか?」
指示を受けた呪符使いが確認する。
「他の物がよければ、スーパーで買って渡そう。何がいい?」
呪符使いが湖南語訳すると、魔獣駆除業者の少女は、あれこれ交換品の候補を挙げた。
ラズートチク少尉が、今日の雇い主であるフリージャーナリストに聞く。
「アルブム市までお送りしたところで解散ですか?」
「諸君らには、駐屯地で証言してもらいたい」
先任軍曹が改まった口調で言った。
話に割り込まれたフリージャーナリストが微妙な顔で軍人を見る。
「今朝の魔獣討伐の様子は、動画で記録してある。それに加え、記者二人が撮影したデータをコピーさせて欲しい」
「それって、無償提供ってコトですか? 軍にとって都合悪いコトだったら消去されたりしません?」
フリージャーナリストが露骨にイヤな顔をする。
星光新聞バルバツム本社の特派員も、渋い顔だ。
バルバツム兵が上官と報道人に視線を泳がせる。
先任軍曹は、顔色ひとつ変えずに応じた。
「それは、司令官の判断になる」
「買物してる間、ホテルに荷物置きに戻っていいですか?」
「構わん。聖アルブム教会の前で落ち合おう。俺がまだ戻ってなけりゃ、通信車の中で待ってくれ」
「了解」
フリージャーナリストは不敵に笑って敬礼した。特派員もぎこちなく頷いて了承する。
先任軍曹は、平服姿の司祭に向き直った。
「司祭様にも証言をお願いしたいのですが、ご同行願えますか?」
言葉遣いこそ丁寧だが、それが却って有無を言わさぬ圧力を持つ。聖アルブム教会の司祭は、すっかり諦めた顔で言った。
「私は、何をお話すればよいのでしょう?」
「まず一点目。昨秋から続く魔獣の急増にアーテル政府とキルクルス教団がどう対応して来たか。二点目、ラキュス湖周辺地域での魔獣や魔法使いに関する常識。三点目はアーテル共和国内での星の標の活動状況。最後に今朝ご覧になられた魔獣駆除の様子。質問には可能な限りお答えいただきたく存じます」
先任軍曹は、先程までの砕けた様子とは打って変わって、畏まった態度を崩さない。年配の司祭は、顔を強張らせて顎を引いた。
話がまとまり、本土の聖アルブム教会前へ跳んだ。
バルバツム陸軍兵とアーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の隊員は、数人の見張りを残して、兵員輸送車と通信車輌に分乗して待機する。
通信車輌から歓声が上がった。
歩哨が、忽然と姿を現した一行に自動小銃の銃口を向ける。
「待て! 俺だ」
「指揮官殿……し、失礼しました!」
「構わん。それより、ちゃんとメシ食ったか?」
「はい。交替で、先程、全員の食事が終わりました」
教会の庭は、ルベルたちがランテルナ島へ跳ぶ直前に施した【簡易結界】が、まだ有効だ。誰かが解除しない限り、明日の昼前頃までは効果が持続する。
それでも、庭に足を踏み入れた兵士は居ないようだ。
魔力が発覚した兵士は、同僚を怯えた目で見るが、歩哨たちは特に反応しなかった。
「俺は今からそこのスーパーで買物する」
歩哨の顔が歪む。「何をのんきな」との言葉を寸前で飲み込んだのが、ありありと窺えた。
現場指揮官の先任軍曹は、部下の態度に構わず続ける。
「ランテルナ島には、化け物を寄せ付けない補助防具の店があった」
「えッ? あ、そ、その、それは、我々にも使えるのでしょうか?」
「使える物もあったが、別売の魔力を外部供給する道具も必要だ。しかも、現金やクレカが使えん」
「えぇッ? では、徴発ですか?」
歩哨が不安な声を出し、魔獣駆除業者の少女を見た。
共通語が不得手な彼女は、相棒の呪符使いが湖南語訳する声に耳を傾ける。
影はかなり長くなったが、それでも八月半ばの午後は、力なき民にとって暑さが厳しいらしく、みんな汗だくだ。
「いや、物々交換だ。それ用の物品をスーパーで調達する。俺のポケットマネーでな」
先任軍曹は部下の疑問に先回りして答えを与えた。
「薬草を入れる袋……四十五リットルのゴミ袋とかがあれば下さい」
先任軍曹が、呪符使いに頷いた。
「ところで、あいつらはさっきから何を騒いどるんだ?」
「交代で、魔女が蜘蛛の化け物を倒す動画を閲覧しています」
ラズートチク少尉は、苦笑しただけで何も言わない。
先任軍曹は、魔力が発覚した兵士と司祭を通信車輌に乗せ、呪符使いたちを促してスーパーに向かう。
魔装兵ルベルと少尉は、報道人たちを連れてフリージャーナリストが宿泊するホテルに【跳躍】した。
※ アーテルに派遣されたバルバツム陸軍の司令官……「1981.間接的な情報」参照
☆今朝の魔獣討伐の様子……「2050.信仰より実利」~「2052.魔獣と部外者」参照




