2110.売れない品物
「去年の秋頃、本土に魔獣が増えてからずっと、魔力が発覚した人たちが、それ以前とは比べ物にならないくらい大勢、ランテルナ島へ渡ってくるようになったのよ」
「どうして急増したか、原因をご存知ですか?」
フリージャーナリストが、年季の入ったカウンターに手をついて聞く。
厳つい体格で女装する店主は、記者の肩越しに魔装兵ルベルを見て答えた。
「私が直接見たワケじゃないけど、家の前とかで駆除屋さんに【魔力の水晶】を握らされて、魔力があるって隣近所に知れ渡ったせいで本土に居られなくなったみたいね」
魔獣駆除業者に扮したルベルは、背後の空気が緊張するのを肌で感じた。つい先程、同じく駆除屋に扮したネモラリス憂撃隊の指導者オリョールが、聖アルブム教会の司祭たちに【水晶】を握らせたばかりだ。
駆除作業の場は周辺住民を避難させた為、アーテル軍とバルバツム軍の関係者しか居なかったが、魔力の発覚した司祭は教会に戻り難いだろう。
一人だけ魔力がわかった兵士も、この先どうなるかわからない。
星光新聞バルバツム本社の国際部特派員は、魔法で救助されたことすら自分の中で折り合いがつかないらしく、このままでは自殺しかねなかった。
フリージャーナリストが重ねて質問する。
「噂になってるんですか?」
「本人たちが、就職活動でウチに来た時、身の上話をしてゆくのよ」
「就職活動?」
魔力の発覚した兵士が不穏な声を出し、隣に立つ上官を窺う。
魔法の服飾雑貨店の店主は、カウンターに両手をついて身を乗り出す先任軍曹に目を向けた。
「あら、一カ月以上も本土で魔獣駆除してて、一回も見てないの? 地元の人に聞いたりとかもナシ?」
「今日、初めてだ。駆除屋の言い分はわからんでもないが、アーテル人は」
「星の標に捕まったら火炙りにされるから、着の身着のままで島へ逃げて来て、おカネとか持ち出せなかった人は、初日からホームレスよ」
ルベルの背後で、聖アルブム教会の司祭と星光新聞の特派員が息を呑む。
「見たとこ、人を雇っていないようだが?」
「ウチは【編む葦切】学派の専門知識がないと、店番も無理だからよ」
「店番すらできないって?」
「魔術知識どころか、魔法文明圏の常識も何ひとつ知らない人なんて、危なくて雇えないわ」
「えぇッ?」
キルクルス教徒たちが驚きを漏らす。
代表で、フリージャーナリストが聞いた。
「どう危ないんですか?」
「情報料」
店主がゴツい掌を差し出す。
フリージャーナリストは、リュックからコンビーフの缶を出して、分厚い掌に乗せた。
「今、一番売れてるのは補助防具なんだけど、お客さんの魔力の強さや学派、用途、他の道具との組合せとか色々見極めて売らないと、最悪、魔力不足で失効して魔獣に食べられちゃうからよ」
共通語訳を聞いた先任軍曹が声を裏返らせる。
「客が欲しがっても、マズいモンは売らねぇってのか?」
「えぇ、そうよ。それにね。ひとつずつ手作業で刺繍して、仕上げに呪文を唱えて魔力を籠めて術を起動して、ひとつ作るだけでも凄く手間と時間が掛かるの。専用の糸も、鱗蜘蛛の糸とか魔獣由来の素材が必要だったりするし、工業製品みたいに大量生産大量消費ってワケにはゆかないのよ」
「そう言うものなんですか」
フリージャーナリストが感心する。
「さっきも言ったけど、使う人と道具の相性や、他の道具との組合せ、使い方によっては、急に失効したりして危険なの。ついこの間も【不可視の盾】の手袋が欲しいって素人さんが来たけど、断ったわよ」
「みえずのたて? 手袋?」
先任軍曹が、通訳した呪符使いを見て首を捻る。呪符使いは自分で答えた。
「防禦の術が掛かった手袋で、一度だけ攻撃を防ぎます。かなり訓練しなければ使いこなせません。素人は、盾の存在に安心して逃げ遅れて、却って危険です」
「成程な」
先任軍曹が頷いて、店主に先を促す。
「交換品の目利きだって、一朝一夕で身につくものじゃないし」
「物々交換だとそうなりますね。交換レートとかどうなってるんですか?」
フリージャーナリストが納得顔で質問する。
「その時々で必要とする物や、物の時価が変動するから、決まった値段はないけど、大体の目安として、さっき言った【魔力の水晶】や魔法の傷薬を標準価格として提示するお店が多いわね」
「魔法の傷薬って、どんな効果で、どこで手に入るんです?」
「体表の浅い傷を治すお薬よ。例えば、割れた爪に朝塗れば、翌日の昼過ぎには完治するわね。この街の薬屋さんなら、どこでも扱ってるわ」
先任軍曹が聞く。
「標準価格の薬自体を買う時はどうするんだ?」
「薬屋さんは大体、欲しい薬の素材と交換ってとこが多いわね。他の薬の素材でもいいけど、買う量より多く渡すの」
「傷薬の素材ってのは?」
「植物油と薬草よ」
フリージャーナリストが勢い込んで聞く。
「植物油って、種類は何ですか? 専用の特殊な油があるんですか?」
「普通の植物油よ。胡麻、菜種、大豆、オリーブ……植物が原料なら種類は何でもいいの。だから、ネモラリス共和国は、そう言う普通の食材まで、魔法薬の素材扱いで制裁の禁輸対象にされて輸入が止まったから、何の罪もない庶民が食糧不足で困ってるわ」
呪符使いが共通語訳すると、バルバツム人たちの顔色が変わった。
フリージャーナリストがひとつ咳払いして質問する。
「薬草の種類は何ですか?」
「ここらじゃありふれた薬草で、俺でも目利きできます。でも、今はこの街の近くにはありませんね」
呪符使いは、湖南語訳せず、自分で答えた。
「何で? 気候変動のせいとか?」
「本土から流れて来た人が採り尽くしたからです」
「あ、あぁ……生活費の足しに……雇ってあげないんですか?」
フリージャーナリストが店主に聞いた。
「最低限、魔獣由来の素材の特性や危険性を頭に叩き込んで、危ない素材から自力で身を守れる人じゃないと、怖くて雇えないわ」
「危ない素材?」
それには、通路で待つオリョールが答えた。
「俺がさっき魔獣の肉を売りに行ったろ? 他の魔物が涌くのと、死んだ魔獣の呪いを防ぐ専用の袋が必要だ。素手で触ったら爛れるのとか、色々ヤバいのが多いからな」
「成程。そいつぁ素人お断りだな」
先任軍曹が頷き、兵士が怯えた目で女装の店主を見る。
「島に来たアーテル人って、生きてゆけるんですか?」
「そんなのその人次第よ。自分の魔力と折り合いつけて、【操水】の術とか習って掃除のバイト始めた人も居れば、万引を繰返して居なくなった人もいるし」
「そうか。有難う。出直して、また来る」
先任軍曹は部下の肩を叩いて、カウンターを離れた。
☆つい先程(中略)司祭たちに【水晶】を握らせたばかり……「2052.魔獣と部外者」参照
☆駆除屋の言い分……「2053.拾わせたモノ」「2054.派遣先の常識」参照
☆星光新聞バルバツム本社の国際部特派員……「2049.生命より信仰」参照
☆就職活動でウチに来た時、身の上話……「1794.あちらの不幸」~「1796.生存の選択肢」参照
☆さっき言った【魔力の水晶】や魔法の傷薬を標準価格として提示……「2109.異境の商習慣」参照
☆普通の食材まで、魔法薬の素材扱いで制裁の禁輸対象……「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」参照
☆俺がさっき魔獣の肉を売りに行った……「2105.魔肉料理の店」参照
☆本土から流れて来た人が採り尽くした/【操水】の術とか習って掃除のバイト始めた人……「1983.吹っ切れた者」参照
☆万引を繰返して居なくなった人……「1900.情報と引換え」参照




