2109.異境の商習慣
魔法の道具屋は狭く、呪符使いと駆除屋の少女、先任軍曹と兵士が入っただけでいっぱいだ。フリージャーナリストも扉を潜り、店内がぎゅうぎゅうになる。
魔装兵ルベルたちは、細い通路で先任軍曹の買物が終わるのを待つ。
「バルバツム連邦から来たフリージャーナリストです。お店、取材させてもらっていいですか?」
呪符使いが共通語の依頼を湖南語に訳す。
少女趣味なエプロンドレスに身を包んだ逞しい中年男性は、少し考えて湖南語で答えた。
「何か買ってくれるんなら質問には答えるけど、撮影はお断りよ」
フリージャーナリストは露骨に落胆してみせたが、店主の表情は動かなかった。
諦めて、最初の質問をする。
「魔法のカワイイモノって、具体的にどんな商品があるんですか?」
カウンターだけの狭い店内には、商品がひとつもない。
店主は、エプロンドレスのスカートを摘まんで言った。
「着る人の魔力と用途に応じて、魔法の服を受注生産するのが主な仕事よ」
店主の胸元で、【編む葦切】学派の徽章が揺れる。
「オーダーメイドの服屋さんなんですか?」
「服と服飾雑貨が中心ね。【護りのリボン】とか、必要に応じて着脱しやすい補助防具や、【軽量】の袋、【無尽袋】、帽子や腕環とかも作って売ってるわ」
「えーっと、他にはありますか?」
「一応、他の小物類……【魔力の水晶】とかも販売はするけど、私が作ったものじゃないわ」
「リボンが防具だと?」
先任軍曹が鼻を鳴らす。
フリージャーナリストが丁寧な共通語で質問し直した。
「リボン、見せていただいていいですか? 買える値段だったらひとつ欲しいんですけど」
「バルバツムやアーテルのおカネはダメだし、力なき民が買っても、【魔力の水晶】とかで魔力を外部供給しないと使えないわよ」
「えッ?」
先任軍曹とフリージャーナリストが同時に驚く。
呪符使いが店主より先に共通語で説明した。
「物々交換なんです。でも、【護りのリボン】はそれなりの値段するんで、缶詰じゃ換えてもらえませんよ」
「見てみる? 交換品は【魔力の水晶】だったら五個以上、魔法の傷薬だったら標準量一単位よ」
店主はカウンター背後の棚の抽斗を開け、色とりどりの【護りのリボン】を一本ずつ出した。
カウンターに並べられたのは、力ある言葉の呪文と魔力を巡らせる呪印の刺繍が見事な品だ。【魔除け】【耐暑】【耐熱】【耐寒】【耐衝撃】の五本それぞれ色が違う。
先任軍曹が質問すると、店主は太い指で刺繍をなぞって、ひとつずつ詳しく説明した。
一通り聞いて、先任軍曹が渋面を作る。
「実は、部下に魔力があるとわかったんだ。魔力があっても、魔法で身を守れない者は魔獣に狙われやすいと聞いてな。本国へ帰るまで、護符のような物でもあればと思ったんだが」
店主は、ふたつに分けて括った黒髪の根元を指差した。黒髪だけを見れば、【耐衝撃】の黄色いリボンがよく似合う。
「じゃあ【魔除け】の【護りのリボン】がいいでしょうね。私は髪につけてるけど、腕でもどこでも、巻きやすいとこにつければいいわ」
店主は緑色の【護りのリボン】を手に取った。魔力が発覚した兵士が上官を上目遣いで窺う。
「カネが使えんとなると、渡せるものが戦闘糧食くらいしかないんだが」
「バルバツム軍の人ってコトは、一カ月以上、本土で魔獣と戦ってたのよね?」
「あぁ、まぁ、どうにか生き残ってきた程度だが」
先任軍曹がしどろもどろに応じ、兵士が俯く。
燃料不足の為、アーテル軍とバルバツム軍は、射殺した土魚を速やかに焼却処分できない。魔獣の死骸から発生した新手や、死骸を喰らって強化された魔獣で、両軍と住民に深刻な被害を出した。
現場からは報告が上がった筈だが、どちらの軍も戦い方を変えようとしない。
現場の判断で、魔獣駆除業者の参戦を臨時の傭兵扱いで「許可」する部隊もあるが、正式に傭兵として編入した部隊はないようだ。
ルベルたちがルフス神学校としたような「アーテルの民間人との駆除契約」か、軍と同じ現場で活動する許可を与えるに過ぎない。
後者の場合、駆除屋には報酬が支払われず、魔獣由来の素材を回収して収入に充てる。攻撃が存在の核に当たればタダ働きになるが、業者としては、軍に活動を妨害されない確約の方が重要らしかった。
「魔獣を焼いた炭は、業者が回収する」
「じゃあ、交換できる物は持ってないのね」
「このリボン一本が、戦闘糧食何個分になるかだけでも、教えてくれないか?」
先任軍曹が、カウンターに置いたパックをポンと叩く。
「そう言うのは時価だし、お店によってはそもそも受付けなかったりするから、値付けが難しいんだけど」
「参考までに」
食い下がられた店主は太い眉を下げ、ますます困った顔になったが、根負けして答えた。
「今日の時価で、ウチの参考価格なら、三百個か四百個くらいかしらね。それより、役に立つ情報の方が嵩張らなくて助かるわ」
「何を知りたい? 軍事機密は教えられんが」
先任軍曹がカウンターに身を乗り出し、兵士が不安な面持ちで二人を見る。
フリージャーナリストは、口を挟まず店主を見詰めた。
「例えば、彼、どうなるの?」
店主が、魔力の発覚した兵士に目を向ける。兵士も震える声で上官に聞いた。
「どうなるんでしょう? 何か処分があるんでしょうか? 除隊とか」
「わからん。なんせ前例がない。だが、少なくとも俺は、お前が無事に帰れるようにしたい」
「それは、あなた個人の考え? それとも、バルバツム軍全体の方針?」
店主の質問は、外見からは予想もつかない的確さだ。
「今日はまだ、俺個人の考えだが、上に掛け合って、なるべく悪いコトにならんよう、努力はする」
「じゃあ、本土の人たちみたいに魔力があるってわかった人をこの島に捨てたりしないのね?」
「島に捨てる?」
共通語訳を聞いた兵士が震え上がり、フリージャーナリストが問いを発する。
店主は、狭い通路に詰まったルベルたちに目を遣って説明を始めた。
☆ルベルたちがルフス神学校とした……「1779.神学校の被害」~「1781.成立した契約」参照
☆軍と同じ現場で活動する許可……「2050.信仰より実利」参照




