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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2108.つかない決心

 ラズートチク少尉は、魔肉料理専門店がある細い通りから、大通りへ戻った。

 昼食の時間帯が終わって、通路から飲食店の看板がなくなった分、歩きやすい。


 「我々も最近、マコデスから出稼ぎに来たばかりで不案内ですが、看板くらいは読めますよ」

 「いい店知ってたら、教えてくれないか?」

 魔装兵ルベルが、地元民らしき魔獣駆除業者に湖南語で聞くと、黒髪の少女は大柄な余所者を見上げた。

 「何屋さん? 美味しいとこ?」

 「安くて美味しいとこ。それと、この人たち、今夜から島に泊まるんなら、なるべく安い宿も先に決めた方がいいんじゃないかな?」

 「素泊まりの安いとこは、本土から来た人で埋まってるよ。あの人たち、宿代どのくらい持ってるの?」

 黒髪の少女が、肩越しにちらりと振り向く。


 呪符使いの共通語訳を聞いて、バルバツム陸軍の先任軍曹は苦笑した。

 「流石に無断外泊まではできん。今でさえ、懲罰モノなんだからな」

 力ある民だと発覚した兵士が安堵した顔で上官を見る。

 先任軍曹は、足を止めた部下の肩をそっと押して歩かせた。


 「魔力の有無がわかる水晶細工を一個手に入れて、ついでに魔法使いの暮らしをコイツにちょっと見せて、身の振り方のヒントを仕入れたら、すぐアルブム市へ戻りたい」

 「司祭様、どうします?」

 フリージャーナリストが聞くと、聖アルブム教会の司祭は表情を失った顔を足元に向けた。


 聖職者の衣を脱ぎ、平服で来た彼は、魔力が発覚するほんの数時間前より十歳は老けて見える。

 半世紀の内乱時代に生まれ、ラニスタ共和国に疎開して神学を学んだと言うことは、五十代半ばか六十代前半だろう。

 この歳で、文化や生活習慣、何もかもが異なる地で、自身の魔力と向き合って魔法使いとして、生き方を百八十度変えるのは、心理的な負担があまりにも大きい。

 聖職者としての地位と職、そして、キルクルス教の信仰と、これまでの暮らしのすべてを捨て、穢れた力を持って()しき(わざ)を用いる存在として生きてゆかなければならないのだ。


 「しばらく……考えさせて下さい」

 年配の司祭がようやく絞り出した声は、震えて掠れ、地下街チェルノクニージニクの喧騒に紛れた。

 フリージャーナリストが明るい声を出す。

 「もし、司祭様さえよかったら、今夜は取敢えず本土へ戻って、俺と同じホテルに泊まりませんか?」

 「宿代が」

 「この辺の常識を教えて下さい。それに、宿泊費用は後で経費につけとくんで大丈夫です」


 「今日中に身の振り方を何もかも決めるなんざ無理だ。記者さん、あんたもだ。一緒に派遣された奴に知らせとかねぇと、行方不明で捜索隊でも出されたら、会社に余分な迷惑が掛かるぞ」

 先任軍曹が言うと、星光新聞バルバツム本社の国際部特派員は、顔を強張らせて足を止めた。大きく息を吐いて首を縦に振ると、再び歩きだす。



 「あ、ここ、呪符屋ですね」

 ラズートチク少尉が看板を指差す。小鳥がペンを咥えた意匠だ。

 先任軍曹が呪符使いに向き直る。

 「呪符ってのは、どうやって使うんだ?」

 「大抵のものは、それに書いてある呪文を唱えると、籠められた魔力が開放されて、その術が発動します。力なき民でも使えますし、魔法使いなら、自前の魔力を上乗せして威力を上げられます」

 「呪文を覚えて咄嗟の状況でトチらず唱える……か。訓練期間が足りんな」

 「攻撃や防禦の呪符は値上がりしてます」

 「却下だ。道具屋へ行こう」

 先任軍曹の決断は早かった。


 ラズートチク少尉はさっさと呪符屋を離れ、看板を見上げて歩く。

 オリョールが苦笑した。

 「日没までに本土へ戻りたいんなら、知ってる店へ案内した方が早いだろ」

 「あんまり買わないし、行きつけって程じゃないんで、値引きとかは期待しないで下さいよ」

 呪符使いが先頭へ出て案内する。



 二十分ばかり歩く間にも、通りすがりにみつけた魔法の服屋、魔法薬専門店、素材屋などに寄り道する。

 フリージャーナリストが瞳を輝かせて質問を連発し、呪符使いは共通語で簡潔に説明した。その一部始終をタブレット端末で動画に収める。


 魔肉亭から三十分あまりで、細い通路の奥にある道具屋に着いた。

 扉に掛かる看板には店名がなく、鳥の巣に郭公(カッコウ)が居る意匠の木彫だけだ。

 駆除屋の少女が扉を開けたが、飴色のカウンターには誰も居なかった。商品も見当たらない。カウンターの背後に天井まで届く棚はあるが、抽斗(ひきだし)や扉が閉まって、中身は一切わからなかった。

 「ごめんくださーい」

 「はーい。ちょっと待ってー」

 少女がカウンターから身を乗り出して声を掛けると、男性の声が応答した。


 奥の扉から姿を現したのは、レースやフリルたっぷりのエプロンドレスで、筋肉質な身体を包んだ黒髪の中年男性だ。


 「あらー、もしかして、随分お待たせしちゃったかしらー?」

 「いえ、今来たところです。あの人が【魔力の水晶】欲しいそうなんですけど」

 呪符使いが、戸口で呆然と突っ立つ先任軍曹を掌で示す。

 「あらぁ、初めましてー。ウチはこんなカンジの魔法のカワイイモノ屋さんなんですけど、どの大きさの【水晶】がご入用かしら?」

 「えッ? あ、あぁ、魔力の有無を判定できればいい。なるべく安い物を」

 先任軍曹は、共通語訳を聞いてカウンターの前で背嚢を下ろし、戦闘糧食(レーション)を一パック出した。


 店内は狭く、五人も入ればいっぱいだ。


 「あら、もしかしてバルバツム連邦軍の人? こんなとこ来て大丈夫?」

 筋肉質な女装店主が、先任軍曹の肩に着いた記章(ワッペン)を見て心配する。

 「キルクルス教徒には売れないってのか?」

 「私は気にしないけど、後で返品しに来ても、応じられないわよ」

 「それはないから、安心して売って欲しい。これで交換できないか?」

 「何かワケありみたいね」

 「相談に乗ってくれるのか?」

 「魔法の道具で何とかなるコトならね」

 呪符使いは、ほぼ同時通訳をやってのけた。


 「おい。ちょっと来い」

 先任軍曹は、魔力が発覚した部下を隣に立たせた。

☆聖アルブム教会の司祭/ラニスタ共和国に疎開して神学を学んだ……「2054.派遣先の常識」参照


バルバツム連邦の記章

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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