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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十一章 南は

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0215.外部に伝える

 「えーっと、それじゃあ、新しい店名は……『見落とされた者(プラエテルミッサ)』……で、どうかな?」

 パン屋の青年レノが、みんなを見回す。

 彼の妹たちが、小さな声で何度も繰り返した。


 「プラエテルミッサ……」


 兄は小さい妹に力強く頷いてみせた。

 「うん。プラエテルミッサ(みおとされたもの)。俺たち、まだ生きてんのに役所に見落とされたせいで、立入制限区域に取り残されただろ」

 妹だけでなく、大人たちも小さく首肯する。


 レノは、陸の民の女性と湖の民に顔を向け、理由の説明を続けた。

 「それに……パンだけじゃなくって、アミエーラさんの蔓草(つるくさ)細工とアウェッラーナさんの傷薬も売るワケだし、パン屋の椿屋を名乗るのは、ちょっと厚かましいかなって」

 「はははっ! 違いねぇッ!」

 メドヴェージが手を打って笑う。

 みんなに笑いが広がり、ファーキルもつられて笑みがこぼれた。


 「では、決まりだな。揺れては作業し(にく)いだろう。みんなで看板を作って、完成したら出発しよう」

 ソルニャーク隊長の言葉で、手分けして作業に取り掛かった。



 パン屋の姉がコピー用紙に文字を書く。

 隊長とファーキルは南北の見張りに立ち、それ以外の者が(ハサミ)で文字を切り抜く。

 モーフと呼ばれた少年は、緑色の養生(ようじょう)テープを土台の段ボールの縁に貼って補強した。


 湖の民の少女アウェッラーナが、別の段ボールに「傷薬作ります。容器と植物油はご用意下さい」と書いた紙を貼る。

 アミエーラと呼ばれた金髪の女性は、「蔓草細工。交換品は応相談」の看板を同じように作った。


 北側には特に異状はない。

 ファーキルは手元の端末に目を遣った。充電は六割。微妙なところだが、ブラウザを起ち上げる。

 SNSにログインし、昨夜まとめたテキストと、写真を投稿した。



 投稿の内容は、北ザカート市の様子。

 破壊し尽くされた市内は、街を南北に貫く国道だけが瓦礫を撤去された。

 他は全く手つかずで、生存者どころか、生き物の気配すら感じられない。

 瓦礫の影には雑妖が(ひし)めき、国道以外の場所に足を踏み入れるのは危険だ。


 その後、避難民と出逢った。

 彼らは東岸のゼルノー市から逃げて来た。

 トラックで生存者を拾いながら、安全そうな場所を探して避難生活を送る。

 車体には【魔除け】が掛かり、魔物や雑妖に対してなら、全く無防備ではないらしい。


 魔法使いは、陸の民の男性と湖の民の少女が一人ずつ。

 二人とも、ゼルノー市以外を知らないらしく、【跳躍】で避難できなかった。

 食糧は、彼らが避難時に持ち出せた非常食と、ラキュス湖で獲った魚がある。

 自分も焼魚を分け与えられ、トラックに乗せてもらえた。

 昨夜は、ザカート隧道(トンネル)内で安全に過ごした。



 距離が遠く個人の識別はできないが、坂の下からトラックと共に写した写真も、最後に投稿した。

 写真の説明文(キャプション)として、情報がなく、彼らもこれからどうするか決めかねる旨、付け加える。


 ――よかった。旅人さん、生きてた。

 ――夜を無事に越せたのか。スゲエ!


 即座に「真実を探す旅人」の無事を喜ぶレスが付き、画像とテキストが共有されて拡散される。

 ファーキルは、レスには目を通さず、記事と写真の投稿を終えてすぐ、タブレット端末の電源を落とした。


 充電が三割を切る。

 ファーキルはソーラーパネルを精一杯、陽の光にかざした。


 ……いつまで生きてられるかわかんないから、充電溜まったら、次はさっきの動画をUPしよう。



 看板作りが終わり、急いでトラックに乗り込む。

 「あ、あの、俺……助手席、いいですか? 見張りくらいならできるんで……」

 ファーキルは思い切って、運転手に声を掛けた。


 運転手のメドヴェージは、無言で湖の民に顔を向け、首を傾げてみせる。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、少し考えて了承した。

 「よく考えたら、明るい内なら、魔法使いでなくても大丈夫でしょうから」


 ファーキルは、シートベルトを締めてすぐ端末と太陽光の充電器をダッシュボードに置いた。

 幸い、今から向かうのは南だ。運転席の日当たりはよかった。

 「あぁ、充電したかったのか」

 運転手のメドヴェージが、合点がいったと笑ってエンジンを掛ける。

 ファーキルは、車窓の左を流れる森に注意を払いながら、次の投稿文を練った。


 挿絵(By みてみん)


 今はラクリマリス領にいる。取敢えず、南の街へ行くと決まった。

 ラクリマリスでは、難民の扱いが不明で不安を感じる。

 最悪、最寄りのモールニヤ市の検問で引っ掛かり、ネモラリス領の街に送り返されてしまうかもしれない。


 ネモラリス領の最寄りの街ガルデーニヤ市は、避難民がぎゅうぎゅうで、子供や女性の人身売買や、口減らしと【魔力の水晶】目当ての殺人も横行する……との噂を耳にした。

 それなら、ダメ元でラクリマリスで難民申請して、アミトスチグマの難民キャンプに行くのがいいのではないか。

 少なくとも、ラクリマリスには空襲がない。人の暮らしがある。


 パン屋と薬師(くすし)と細工師が同乗するので、ザカート隧道(トンネル)近くの森で、薬草などの素材を集めた。

 商品を作って売りながら、当面の目的地として、グロム港を目指す。

 子供たちが、行商の歌と看板を作った。

 みんな、何か役割を持って、できることをできる限り頑張っている。



 ……他に何か、伝えることあったかな……?


 SNS上の人々は、誰もが互いの素性(すじょう)を知らない。

 そんなファーキルが、生存報告をしただけで、喜んでくれた人が居る。

 どこの誰だか知らないが、ネットで繋がった人々は、報告を待っていてくれた。


 ちゃんと読めば、トラックの一行がこれからどうすべきか、提案のレスを付けてくれた人が、少なからず居るだろう。

 危険情報や支援情報のリンクを貼ってくれた人も居ることだろう。


 今は、それらの真偽を確かめたり、ウイルスのチェックをする余力がないのが悔しい。

 今は、こちらの状況の確実な伝達に専念すると決め、ファーキルは頭の中で更に文章を練った。

☆立入制限区域に取り残された……「0146.警察署の痕跡」「0147.霊性の鳩の本」参照

☆北ザカート市の様子……「0188.真実を伝える」「0189.北ザカート市」参照

☆坂の下からトラックと共に写した写真……「0197.廃墟の来訪者」「0198.親切な人たち」参照

☆ガルデーニヤ市……「0199.嘘と本当の話」参照

☆アミトスチグマの難民キャンプ……「0196.森を駆ける道」「0204.難民キャンプ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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