0215.外部に伝える
「えーっと、それじゃあ、新しい店名は……『見落とされた者』……で、どうかな?」
パン屋の青年レノが、みんなを見回す。
彼の妹たちが、小さな声で何度も繰り返した。
「プラエテルミッサ……」
兄は小さい妹に力強く頷いてみせた。
「うん。プラエテルミッサ。俺たち、まだ生きてんのに役所に見落とされたせいで、立入制限区域に取り残されただろ」
妹だけでなく、大人たちも小さく首肯する。
レノは、陸の民の女性と湖の民に顔を向け、理由の説明を続けた。
「それに……パンだけじゃなくって、アミエーラさんの蔓草細工とアウェッラーナさんの傷薬も売るワケだし、パン屋の椿屋を名乗るのは、ちょっと厚かましいかなって」
「はははっ! 違いねぇッ!」
メドヴェージが手を打って笑う。
みんなに笑いが広がり、ファーキルもつられて笑みがこぼれた。
「では、決まりだな。揺れては作業し難いだろう。みんなで看板を作って、完成したら出発しよう」
ソルニャーク隊長の言葉で、手分けして作業に取り掛かった。
パン屋の姉がコピー用紙に文字を書く。
隊長とファーキルは南北の見張りに立ち、それ以外の者が鋏で文字を切り抜く。
モーフと呼ばれた少年は、緑色の養生テープを土台の段ボールの縁に貼って補強した。
湖の民の少女アウェッラーナが、別の段ボールに「傷薬作ります。容器と植物油はご用意下さい」と書いた紙を貼る。
アミエーラと呼ばれた金髪の女性は、「蔓草細工。交換品は応相談」の看板を同じように作った。
北側には特に異状はない。
ファーキルは手元の端末に目を遣った。充電は六割。微妙なところだが、ブラウザを起ち上げる。
SNSにログインし、昨夜まとめたテキストと、写真を投稿した。
投稿の内容は、北ザカート市の様子。
破壊し尽くされた市内は、街を南北に貫く国道だけが瓦礫を撤去された。
他は全く手つかずで、生存者どころか、生き物の気配すら感じられない。
瓦礫の影には雑妖が犇めき、国道以外の場所に足を踏み入れるのは危険だ。
その後、避難民と出逢った。
彼らは東岸のゼルノー市から逃げて来た。
トラックで生存者を拾いながら、安全そうな場所を探して避難生活を送る。
車体には【魔除け】が掛かり、魔物や雑妖に対してなら、全く無防備ではないらしい。
魔法使いは、陸の民の男性と湖の民の少女が一人ずつ。
二人とも、ゼルノー市以外を知らないらしく、【跳躍】で避難できなかった。
食糧は、彼らが避難時に持ち出せた非常食と、ラキュス湖で獲った魚がある。
自分も焼魚を分け与えられ、トラックに乗せてもらえた。
昨夜は、ザカート隧道内で安全に過ごした。
距離が遠く個人の識別はできないが、坂の下からトラックと共に写した写真も、最後に投稿した。
写真の説明文として、情報がなく、彼らもこれからどうするか決めかねる旨、付け加える。
――よかった。旅人さん、生きてた。
――夜を無事に越せたのか。スゲエ!
即座に「真実を探す旅人」の無事を喜ぶレスが付き、画像とテキストが共有されて拡散される。
ファーキルは、レスには目を通さず、記事と写真の投稿を終えてすぐ、タブレット端末の電源を落とした。
充電が三割を切る。
ファーキルはソーラーパネルを精一杯、陽の光にかざした。
……いつまで生きてられるかわかんないから、充電溜まったら、次はさっきの動画をUPしよう。
看板作りが終わり、急いでトラックに乗り込む。
「あ、あの、俺……助手席、いいですか? 見張りくらいならできるんで……」
ファーキルは思い切って、運転手に声を掛けた。
運転手のメドヴェージは、無言で湖の民に顔を向け、首を傾げてみせる。
薬師アウェッラーナは、少し考えて了承した。
「よく考えたら、明るい内なら、魔法使いでなくても大丈夫でしょうから」
ファーキルは、シートベルトを締めてすぐ端末と太陽光の充電器をダッシュボードに置いた。
幸い、今から向かうのは南だ。運転席の日当たりはよかった。
「あぁ、充電したかったのか」
運転手のメドヴェージが、合点がいったと笑ってエンジンを掛ける。
ファーキルは、車窓の左を流れる森に注意を払いながら、次の投稿文を練った。
今はラクリマリス領にいる。取敢えず、南の街へ行くと決まった。
ラクリマリスでは、難民の扱いが不明で不安を感じる。
最悪、最寄りのモールニヤ市の検問で引っ掛かり、ネモラリス領の街に送り返されてしまうかもしれない。
ネモラリス領の最寄りの街ガルデーニヤ市は、避難民がぎゅうぎゅうで、子供や女性の人身売買や、口減らしと【魔力の水晶】目当ての殺人も横行する……との噂を耳にした。
それなら、ダメ元でラクリマリスで難民申請して、アミトスチグマの難民キャンプに行くのがいいのではないか。
少なくとも、ラクリマリスには空襲がない。人の暮らしがある。
パン屋と薬師と細工師が同乗するので、ザカート隧道近くの森で、薬草などの素材を集めた。
商品を作って売りながら、当面の目的地として、グロム港を目指す。
子供たちが、行商の歌と看板を作った。
みんな、何か役割を持って、できることをできる限り頑張っている。
……他に何か、伝えることあったかな……?
SNS上の人々は、誰もが互いの素性を知らない。
そんなファーキルが、生存報告をしただけで、喜んでくれた人が居る。
どこの誰だか知らないが、ネットで繋がった人々は、報告を待っていてくれた。
ちゃんと読めば、トラックの一行がこれからどうすべきか、提案のレスを付けてくれた人が、少なからず居るだろう。
危険情報や支援情報のリンクを貼ってくれた人も居ることだろう。
今は、それらの真偽を確かめたり、ウイルスのチェックをする余力がないのが悔しい。
今は、こちらの状況の確実な伝達に専念すると決め、ファーキルは頭の中で更に文章を練った。




