2107.出さない情報
隣の客が魔肉料理専門店を出ると、フリージャーナリストはタブレット端末の録音を止め、呪符使いの青年に共通語で聞いた。
「あの人たちがなんて言ってたか、後で録音聞いて翻訳してくれないか?」
「そう言うの、別に報酬欲しいんですけど」
「うーん……予算がなぁ」
フリージャーナリストは頭を掻いた。横目で星光新聞の特派員を窺うが、魔力が発覚したバルバツム人男性は、頻りに眼鏡を拭くだけで反応しない。
「さっき買った缶詰、追加で渡すから、概略だけでもいいかな?」
「じゃあ、中身と個数に応じてお話します」
魔装兵ルベルは、呪符使いのちゃっかりした交渉に内心、舌を巻いた。
「わかった。この地域での常識も説明してもらえると助かるよ」
フリージャーナリストが早速、リュックサックからコンビーフを一個、卓上に置いて呪符使いの前に押しやった。
呪符使いは、魔獣駆除業者の少女に湖南語でさっきの商談を再現する。黒髪の少女はパンを頬張ったまま頷いて、コンビーフの缶を袋に片付けた。
「湖西地方で一攫千金って話でした」
「え? 強い魔獣がうじゃうじゃ居て、危ないとこって聞いたけど?」
呪符使いは、血魔那狐の炙り焼きを口に入れて首を縦に振った。魔獣の肉を噛みしめながら、自分のタブレット端末を操作し、バルバツム人のフリージャーナリストに地図を向ける。
ラキュス湖が大陸に深く切り込むストラージャ湾。その東はアーテル共和国で、西にはスクートゥム王国がある。
王国の北端はスヴェート河を境に湖西地方と接する。北岸に広がる広大な荒れ地は、三界の魔物がチヌカルクル・ノチウ大陸へ到達する以前は、幾つもの国が栄えた豊かな土地だったらしい。
だが、三界の魔物群の最古にして最大の一体との主戦場となり、現在も無人の荒野が広がる。
「この辺の国は、基本的に湖西地方へ渡るのを禁止しています」
「でも、さっきの人たちは」
「現地で何かあっても、救助隊などは派遣されません」
「自己責任ってヤツか」
バルバツム陸軍の先任軍曹が、隣の卓から話に加わる。
魔力が発覚した兵士と司祭、新聞記者も、やっと料理に手をつけた。
オリョールは逸早く食べ終え、興味なさそうにタブレット端末をいじる。
「そうなりますね。だから、腕に覚えのある人しか行きませんし、俺たちも無理です」
「さっきの連中は?」
「あの人たちは魔法戦士じゃなくて、後方支援とかですね」
「内容は?」
軍曹が戦闘糧食のパックを一個、呪符使いに寄越して聞いた。
「魔獣と戦える強い人が、湖西地方のスヴェート河北岸の遺跡から、まだ使えそうな魔法の道具を拾って来るそうです。あの黒髪の人は【編む葦切】学派で、修理を請け負ってるみたいなコトを言ってました」
「ほかの連中は、首飾りの鳥が別だったが?」
ルベルは、バルバツム軍の現場指揮官が、見るべき点をきちんと把握した上で発した質問に驚いた。だが、ラズートチク少尉に倣って、黙々と魔獣の肉料理を腹に詰め込む。
「年配の人は【歩む鴇】学派で、古文書や遺跡の調査とかが専門で、金髪の人は【穿つ啄木鳥】学派で土木の専門家です」
「土木?」
「北岸に拠点を作る手伝いを求められてました」
「もう一人の若いヤツは?」
「徽章がないので学派は不明ですが、一番乗り気でしたね」
呪符使いは、スクートゥム王国の街でする作業と、北岸へ跳んだ者の活動内容を掻い摘んで語ったが、スクートゥム王国騎士団の協力や、研究機関との遣り取りについては、一言も喋らなかった。
フリージャーナリストが小さく手を挙げて質問する。
「その、ナントカ王国ってどんな国?」
「純粋な魔法文明国で、電気ガス水道、電話やインターネットもないので、渡航はお勧めできません」
「みなさん、行ったコトあります?」
「特に用事がありませんからね」
ラズートチク少尉がしれっと応じ、魔装兵ルベルも魔獣の肉で口いっぱいにして頷いた。
駆除屋の少女はルベルより腕が立つが、呪符使いの湖南語訳を聞いて呆れた声を出す。
「そんなカクタケアみたいなコト、するわワケないじゃない」
「カクタケアとは何だ? 人名か?」
共通語訳を聞いた先任軍曹が、呪符使いに聞く。
「アーテルで流行ってる冒険小説の主人公の名前です。戦争が始まってからも新刊が出ていましたよ」
「でも、湖南語だよね?」
呪符使いから第一巻の粗筋を聞き、フリージャーナリストが念の為に質問した。期せずしてカクタケアと似た境遇に陥り、ランテルナ島へ渡った三人が項垂れる。
「新聞には、電子書籍で共通語版を出版予定と書いてありましたが、続報がないので、実際に刊行されたかわかりません」
「通信途絶で企画が止まってるかもしれないなぁ」
フリージャーナリストが残念がる。
「それ、もうバルバツムでも買えますよ」
これまで一言も喋らなかった兵士が、フォークを置いて口を開いた。皿はすっかり空だ。
先任軍曹が聞く。
「買ったのか?」
「従弟が、アーテルに行くなら任務の参考になるかもしれないって薦めてくれましたが、購入はまだです」
「えッ? 発売できたんですね」
呪符使いが驚く。
ラズートチク少尉が、みんなの皿を見回した。
「そろそろ行きませんか? 呪符屋や魔法の道具屋などで魔獣との戦闘に使えそうなものを見て回るんですよね?」
「戦闘糧食と交換可能なら、あの水晶細工が一個欲しい」
先任軍曹が席を立ちながら言う。
「では、先に道具屋へ行きましょうか」
アーテル人の司祭は、キルクルス教団アーテル支部に報告すれば、特別な司祭として、本土に留まれる可能性はある。
決心がつかないのか、この司祭は、ラニスタ共和国の神学校で学んだせいでそもそも知らないのか、ルベルたちについて来た。
バルバツム人の二人は、連邦の法律がわからないので、何とも言えない。
ラズートチク少尉が、オリョールに昼食を奢ってくれた礼を言って店を出る。
オリョールはみんなのお礼の言葉を愛想よく受けると、何故かそのままついて来た。




