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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2107.出さない情報

 隣の客が魔肉料理専門店を出ると、フリージャーナリストはタブレット端末の録音を止め、呪符使いの青年に共通語で聞いた。

 「あの人たちがなんて言ってたか、後で録音聞いて翻訳してくれないか?」

 「そう言うの、別に報酬欲しいんですけど」

 「うーん……予算がなぁ」

 フリージャーナリストは頭を掻いた。横目で星光新聞の特派員を窺うが、魔力が発覚したバルバツム人男性は、(しき)りに眼鏡を拭くだけで反応しない。


 「さっき買った缶詰、追加で渡すから、概略だけでもいいかな?」

 「じゃあ、中身と個数に応じてお話します」


 魔装兵ルベルは、呪符使いのちゃっかりした交渉に内心、舌を巻いた。


 「わかった。この地域での常識も説明してもらえると助かるよ」

 フリージャーナリストが早速、リュックサックからコンビーフを一個、卓上に置いて呪符使いの前に押しやった。

 呪符使いは、魔獣駆除業者の少女に湖南語でさっきの商談を再現する。黒髪の少女はパンを頬張ったまま頷いて、コンビーフの缶を袋に片付けた。


 「湖西地方で一攫千金って話でした」

 「え? 強い魔獣がうじゃうじゃ居て、危ないとこって聞いたけど?」

 呪符使いは、血魔那狐(チマナコ)の炙り焼きを口に入れて首を縦に振った。魔獣の肉を噛みしめながら、自分のタブレット端末を操作し、バルバツム人のフリージャーナリストに地図を向ける。



 ラキュス湖が大陸に深く切り込むストラージャ湾。その東はアーテル共和国で、西にはスクートゥム王国がある。

 王国の北端はスヴェート河を境に湖西地方と接する。北岸に広がる広大な荒れ地は、三界の魔物がチヌカルクル・ノチウ大陸へ到達する以前は、幾つもの国が栄えた豊かな土地だったらしい。

 だが、三界の魔物群の最古にして最大の一体との主戦場となり、現在も無人の荒野が広がる。



 「この辺の国は、基本的に湖西地方へ渡るのを禁止しています」

 「でも、さっきの人たちは」

 「現地で何かあっても、救助隊などは派遣されません」

 「自己責任ってヤツか」

 バルバツム陸軍の先任軍曹が、隣の卓から話に加わる。

 魔力が発覚した兵士と司祭、新聞記者も、やっと料理に手をつけた。

 オリョールは逸早(いちはや)く食べ終え、興味なさそうにタブレット端末をいじる。


 「そうなりますね。だから、腕に覚えのある人しか行きませんし、俺たちも無理です」

 「さっきの連中は?」

 「あの人たちは魔法戦士じゃなくて、後方支援とかですね」

 「内容は?」

 軍曹が戦闘糧食のパックを一個、呪符使いに寄越して聞いた。


 「魔獣と戦える強い人が、湖西地方のスヴェート河北岸の遺跡から、まだ使えそうな魔法の道具を拾って来るそうです。あの黒髪の人は【編む葦切(ヨシキリ)】学派で、修理を請け負ってるみたいなコトを言ってました」

 「ほかの連中は、首飾りの鳥が別だったが?」


 ルベルは、バルバツム軍の現場指揮官が、見るべき点をきちんと把握した上で発した質問に驚いた。だが、ラズートチク少尉に(なら)って、黙々と魔獣の肉料理を腹に詰め込む。


 「年配の人は【(あゆ)(トキ)】学派で、古文書や遺跡の調査とかが専門で、金髪の人は【穿(うが)啄木鳥(キツツキ)】学派で土木の専門家です」

 「土木?」

 「北岸に拠点を作る手伝いを求められてました」

 「もう一人の若いヤツは?」

 「徽章(きしょう)がないので学派は不明ですが、一番乗り気でしたね」


 呪符使いは、スクートゥム王国の街でする作業と、北岸へ跳んだ者の活動内容を()(つま)んで語ったが、スクートゥム王国騎士団の協力や、研究機関との遣り取りについては、一言も喋らなかった。


 フリージャーナリストが小さく手を挙げて質問する。

 「その、ナントカ王国ってどんな国?」

 「純粋な魔法文明国で、電気ガス水道、電話やインターネットもないので、渡航はお勧めできません」

 「みなさん、行ったコトあります?」

 「特に用事がありませんからね」

 ラズートチク少尉がしれっと応じ、魔装兵ルベルも魔獣の肉で口いっぱいにして頷いた。


 駆除屋の少女はルベルより腕が立つが、呪符使いの湖南語訳を聞いて呆れた声を出す。

 「そんなカクタケアみたいなコト、するわワケないじゃない」

 「カクタケアとは何だ? 人名か?」

 共通語訳を聞いた先任軍曹が、呪符使いに聞く。

 「アーテルで流行ってる冒険小説の主人公の名前です。戦争が始まってからも新刊が出ていましたよ」

 「でも、湖南語だよね?」

 呪符使いから第一巻の粗筋を聞き、フリージャーナリストが念の為に質問した。期せずしてカクタケアと似た境遇に陥り、ランテルナ島へ渡った三人が項垂(うなだ)れる。

 「新聞には、電子書籍で共通語版を出版予定と書いてありましたが、続報がないので、実際に刊行されたかわかりません」

 「通信途絶で企画が止まってるかもしれないなぁ」

 フリージャーナリストが残念がる。


 「それ、もうバルバツムでも買えますよ」

 これまで一言も喋らなかった兵士が、フォークを置いて口を開いた。皿はすっかり空だ。

 先任軍曹が聞く。

 「買ったのか?」

 「従弟(いとこ)が、アーテルに行くなら任務の参考になるかもしれないって薦めてくれましたが、購入はまだです」

 「えッ? 発売できたんですね」

 呪符使いが驚く。


 ラズートチク少尉が、みんなの皿を見回した。

 「そろそろ行きませんか? 呪符屋や魔法の道具屋などで魔獣との戦闘に使えそうなものを見て回るんですよね?」

 「戦闘糧食と交換可能なら、あの水晶細工が一個欲しい」

 先任軍曹が席を立ちながら言う。

 「では、先に道具屋へ行きましょうか」


 アーテル人の司祭は、キルクルス教団アーテル支部に報告すれば、特別な司祭として、本土に留まれる可能性はある。

 決心がつかないのか、この司祭は、ラニスタ共和国の神学校で学んだせいでそもそも知らないのか、ルベルたちについて来た。


 バルバツム人の二人は、連邦の法律がわからないので、何とも言えない。


 ラズートチク少尉が、オリョールに昼食を奢ってくれた礼を言って店を出る。

 オリョールはみんなのお礼の言葉を愛想よく受けると、何故かそのままついて来た。

☆三界の魔物群の最古にして最大の一体との主戦場……「1663.もう一度学ぶ」参照

☆カクタケア/第一巻の粗筋……「794.異端の冒険者」参照

☆戦争が始まってからも新刊……設定資料集「908.生存した級友」、二十七巻「1123.覆面作家の顔」、外伝「1134.ファンの会合」、カクタケア版の参考書「1656.新しい参考書」「1657.甘~いお願い」参照

☆電子書籍で共通語版を出版……「1483.出版社に依頼」→「1667.駆け足の翻訳」→「2045.呪歌を生配信」参照

☆特別な司祭……「810.魔女を焼く炎」「811.教団と星の標」「0953.怪しい黒い影」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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