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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六十二章 闡明

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2105.魔肉料理の店

 「ここ」

 オリョールが足を止めたのは、肉屋の店先だ。


 両隣と向かいは飲食店で、開け放たれた扉から肉料理の匂いが通路に溢れる。

 向かいの店は、内に向かって開いた扉に小さな黒板が掛けられ、定食の内容を羅列する。


 どの店も、看板は湖南語表記しかない。フリージャーナリストに請われ、呪符使いの青年が読み上げてから共通語訳した。

 「湖水亭は湖の民専用なので、俺たちは入れません」

 「なんだそりゃ? 差別があるのか?」

 バルバツム陸軍の先任軍曹が口をひん曲げたが、呪符使いは落ち着いた声で応じた。

 「湖の民は大量の銅が必要です。緑青(ろくしょう)を調味料としてたくさん使うのです」

 「あの髪、もしかして染めてるんじゃなくて、銅の色?」

 フリージャーナリストが狭い通路を見回した。


 他に道行く者はなく、肉屋の向かいの店は入ってすぐの所に「満席」と書いた立札が置いてある。見える範囲に緑髪の客は居ない。


 呪符使いが呆れる。

 「もしかしなくてもそうですけど、それも調べずに来たんですか?」

 「アーテル領には居ないって、観光案内のサイトで見たから」

 「ランテルナ島には居ますよ」

 「バルバツム人は何もなきゃ、こっちの島へ渡る用なんざないだろうからな」

 先任軍曹が言うと、魔力が発覚した兵士は暗い顔で下を向いた。


 「これ、今朝獲った奴。席空いてたら、十人食わせて欲しいんだけど」

 「あぁ、空いてるよ。モノはなんだ?」

 「()(どく)と、()(しま)

 オリョールが肉屋の店主と湖南語で話し、【慰撫囲(いぶい)】を重ねた【無尽袋】を通路に面したカウンター越しに渡す。


 店主が奥へ引っ込むと、フリージャーナリストがタブレット端末を手に質問を浴びせた。

 「セノドクってさっき教会に居た魔獣ですよね? あれ、毒があるって聞きましたけど、食用になるんですか?」

 オリョールが簡潔に答える。

 「腿肉だけ」

 フリージャーナリストは、ひとつ答える度に矢継早(やつぎばや)に幾つも質問を繰り出す。

 「美味しいんですか? 毒抜きとかするんですか? 島民は魔獣を常食してるんですか?」

 「供給が不安定だから、常食は無理だ。専門店も少ない」


 オリョールが語ったのが、ランテルナ島だけの事情か、ネモラリス共和国の都会のことか、魔装兵ルベルにはわからなかった。

 故郷のアサエート村は、ウーガリ山脈の山奥にあり、食卓には魔獣の肉が頻繁に上った。基地の食事も、駆除した魔獣がよく出る。


 「定食十人前どころじゃなかったな。これ、次の袋と、こっちは報酬だ。次もよろしく頼むよ」

 「わかった」

 肉屋の店主がイイ笑顔で【慰撫囲】を付与した【無尽袋】一枚と、普通の【無尽袋】を数枚、オリョールに手渡す。ネモラリス憂撃隊の指導者は、魔法の袋を無造作に作業服のポケットに捻じ込んだ。

 「ありがと。獲れたらまた来るよ」

 湖水亭の反対隣にある魔肉亭(まにくてい)にさっさと入る。


 扉を押える椅子の上に小さな黒板があり、定食の料理名だけ書いてあった。

 呪符使いが湖南語で音読し、少し考えて共通語で解説する。

 「血魔那狐(ちまなこ)の腿炙り焼き……えー……狐っぽい見た目の魔獣の腿肉を炙り焼きにしたもの」

 「湖西地方まで狩りに行ったんですか?」

 ラズートチク少尉が純粋に驚いた眼をオリョールに向ける。武闘派ゲリラの穏健派指導者は、人の好さそうな魔獣駆除業者の顔で笑い、胸の前でひらひら手を振った。

 「まっさかぁ。流石にそれは無理。俺じゃないよ」

 「でも、これ、湖西地方へ行って生きて帰った人が居るってコトですよね?」

 呪符使いが黒板を指差し、湖南語で言う。


 「俺だって知らないよ。スクートゥムの商人が売りに来たかもしれないし、店長に聞きなよ」

 「あ、そ、そっか。そうですね」

 呪符使いは、フリージャーナリストに肩をつつかれ、早口に遣り取りを共通語訳する。

 「血魔那狐(ちまなこ)は、湖西地方にしか居なくて、俺も図鑑でしか見たコトないんです」



 五人ずつ分かれて席に着くと、フリージャーナリストは質問を再開した。

 「湖西地方ってどんなとこ?」

 「強い魔獣がいっぱい居て、人が住めない土地です。国どころか町や村もありません」

 「えッ? そんなとこで魔獣狩りする人いんの? 何で?」

 「魔獣から採れる素材が高価だからですよ……多分」


 間口は狭いが奥は意外と広く、六人掛け四卓と二人掛け六卓、それにカウンター席があり、半分くらいが埋まる。

 料理はそれしかないらしく、みんな同じ定食で、腿肉の炙り焼きとサラダ、魚肉団子と夏野菜のスープ、拳大のパンがふたつだ。

 フリージャーナリストに雇われた業者四人は彼と同じ卓、オリョールは、アーテル人の司祭、バルバツム人の先任軍曹、兵士、新聞記者と一緒に座る。


 料理はすぐ来たが、隣の卓はオリョールをじっと見詰めるだけで、誰も手を付けなかった。

 フリージャーナリストは動画を撮りつつ、早速、血魔那狐(ちまなこ)の炙り焼きを口に入れる。ルベルも初めてで味の想像がつかないが、匂いは普通に美味しそうだ。


 「弾力があって歯ごたえがしっかりしてて、食べ応えがあるカンジ。味は……初めての味で、似た味も、例えも思いつかないんだけど、肉の味だ。割とあっさりめで、スパイスとよく合って、臭みとかはないな」

 フリージャーナリストはよく噛んで一口飲み下し、タブレット端末に向かって感想を言語化する。


 魔装兵ルベルとラズートチク少尉も、それを聞いて炙り肉を口に入れた。確かに肉の味だが、これまで食べたどの肉とも違う。好みは分かれそうだが、ルベルは不味いとは思わなかった。


 先任軍曹が恐る恐るスープを啜る。

 「スープは普通の魚と野菜だよ」

 オリョールが言うと、司祭と兵士もパンを手に取った。

 星光新聞本社特派員だけが、卓の下で拳を握り、食事に手をつけない。

 司祭は新聞記者を気遣わしげに見守るが、掛ける言葉がみつからないらしく、何か言いかけては言葉を飲み込んで、パンを口に運んだ。


 オリョールは全く気にする素振りもなく、どんどん食べ進める。

 「思ったより癖がなくて食べやすいな」

 「そうですね。命懸けで獲りに行きたいって程じゃないけど、美味しいです」

 ラズートチク少尉に話し掛けられ、ルベルは素直な感想を口にした。


 「川向こうの拠点、どうよ?」

 「修理はちまちま進んでるよ」

 隣の卓の声が耳に入った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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