2104.異邦人の訪問
魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、アーテル共和国アルブム市での魔獣駆除作業後、バルバツム人たちをランテルナ島へ案内した。
オリョールの罠で魔力が発覚した者と、力なき民だが自ら同行を申し出た者だ。
前者は、聖アルブム教会の司祭、星光新聞バルバツム連邦本社の国際部特派員、バルバツム陸軍兵。司祭は、教会に聖職者の衣を置いて、平服だ。
魔力発覚直後は、泣き叫ぶなど激しい反応を見せたが、鎮花茶の芳香で落ち着きを取り戻した。だが、【跳躍】でカルダフストヴォー市の西門前へ移動すると、この世の終わりを目撃したような絶望を全身から滲ませ、一言も喋らなくなった。
後者は、バルバツム人のフリージャーナリストと、魔力が発覚した兵の所属部隊を率いる先任軍曹の階級章を付けた現場指揮官だ。
二人は門の外から市内を興味津々で窺い、フリージャーナリストは釣人が糸を垂らす廃港や門内を頻りに撮影する。
フリージャーナリストに通訳兼護衛として雇われた呪符使いの青年と魔獣駆除業者の少女だけでなく、駆除屋に扮したネモラリス憂撃隊の指導者オリョールまでついて来た。
ルベルたちは、何も知らないマコデス人の魔獣駆除業者のフリで通す。
……何でついて来るんだ?
オリョールの目的が不明で不安だが、顔に出すワケにはゆかない。ルベルは喋るとボロが出る気がして、無言で通すと決めた。
駆除屋の少女と呪符使いの青年は、ランテルナ島出身らしい。
情報料として先任軍曹から受け取った戦闘糧食を【無尽袋】に押し込むと、迷いのない足取りで、カルダフストヴォー市を囲む防壁の内側へ入った。
「さっきの防壁もそうだけど、石畳まで一枚ずつ彫刻してあって、凄くキレイな街だよね」
フリージャーナリストが、共通語で呪符使いに話し掛けた。手には動画撮影アプリを起動したタブレット端末を握る。
地上のカルダフストヴォー市を歩く人々は、視界に入る限り、力ある陸の民か、緑髪が鮮やかな湖の民だ。いずれも、呪文や呪印が染めや刺繍、織りなど様々な技法で入れられた魔法の服を身に纏う。
「刺繍も凝ってて彩り豊かで凄くキレイだ。これ、作業服にも入ってるけど、なんかそう言う伝統とか?」
「いえ、防禦の術ですよ」
呪符使いの青年が共通語で応じると、先任軍曹が食いついた。
「あんたの作業服にはないな」
「今朝、別の部隊に説明しましたが、俺は力なき民の呪符使いです。魔法の服を着ても効力を発動させられません。魔力は【水晶】などで外部供給できますが、すぐ使い切るので却って危険です」
「成程。では、後方支援なのだな」
単なる布の服を着た六人は、八月半ばの陽射しに炙られて汗だくだ。
ラズートチク少尉が階段を指差す。
「みなさん、暑いでしょう。地下街へ降りませんか?」
「あの、私は光の導き教会へ行きたいのですが」
聖アルブム教会の司祭が、消え入りそうな湖南語で言い、頬を伝う汗をハンカチで拭った。
呪符使いの青年が、わざわざ共通語で答える。
「バスは、平日の朝八時と夕方六時に一往復ずつしかありません」
「えぇッ? この島、そんな田舎なんだ?」
フリージャーナリストが周囲を見回す。タイル張りの低いビルが立ち並ぶちょっとした地方都市だ。
「戦争の影響で、燃料不足なのです」
「あッ……」
今はもう昼前だ。
オリョールが鼻で笑い、呪符使いの説明に付け加える。
「星の標の連中もそう言ってたけど、あそこは島産まれの力なき民の為にあるんだ。門前払いされてここへ戻って、ホームレスしてる奴がゴロゴロ居るぞ」
「なッ……」
司祭が絶句して足を止める。
バス停は無人だ。
暑さを避けて地下街へ降りたか、薬草採りで街の外へ出たか。僅かでも呪文を覚えて働き口をみつけた者は、ルベルの知る限り、ほんの数人だ。
ラズートチク少尉が促す。
「お昼を食べながら話しましょう」
地下街への階段は一段ずつすべて、壁や天井のタイル、通路に敷き詰められた煉瓦にもひとつひとつ呪文や呪印が施され、通行人の魔力で様々な防護の術を発動し続ける。
「あ、涼しい! エアコンあるんだ?」
「いえ、これも魔法です」
フリージャーナリストは、嬉々として動画を撮って呪符使いにあれこれ質問するが、星光新聞の特派員は、宙の一点を見詰めて機械的に足を動かす。
地下街チェルノクニージニクの通路には、今日も商品が溢れ、通行人はすれ違うのもやっとだ。
先任軍曹とフリージャーナリストは物珍しげに商品を眺め、店頭で足を止めては呪符使いに共通語で次々質問を浴びせるが、魔力が発覚した三人は、足下だけを見て歩く。
昼食の仕込みが佳境に入り、たくさんの飲食店から漂う料理の臭いが入り混じって、空腹の胃を刺激する。
「折角だし、あんたたちの地元じゃ絶対食えない料理、行ってみる?」
オリョールがにやりと唇を歪め、親指で細い通路を示す。大人が二人並んで歩けるかどうかの狭さで、商品棚などは見当たらない。看板は全て壁面の頭より高い位置に取り付けられ、大通りより歩きやすそうだ。
……こんな通路あったんだな。
魔装兵ルベルは、ラズートチク少尉と組んでアーテル領内での作戦行動に携わって一年以上経つが、この通路の存在に気付かなかった。
万一に備え、地下街チェルノクニージニクの地理をすべて頭に叩き込むくらいでなければ、密偵の任務は務まらないのだろうが、ルベルにはまだその余裕がなかった。
「ゲテモノの類か?」
先任軍曹が軽い調子で聞くと、魔力が発覚した三人は、露骨にイヤな顔をした。
フリージャーナリストが、上着のポケットを押えて聞く。
「高かったりしませんか? あんまり持ち合わせがないし、物々交換だと、さっきスーパーで買った食料品くらいしかないんですけど」
「商品卸すから、俺の奢りにしとくよ」
「えッ? いいんですか?」
フリージャーナリストが顔を綻ばせ、いそいそついてゆく。
呪符使いが湖南語訳すると、駆除屋の少女も二人に続いた。
新聞記者が質問の声を絞り出す。
「何の料理なのですか?」
「共通語でなんていうかわからない」
オリョールは振り向いて肩越しに言うと、さっさと奥へ進んだ。
上官が歩き出すと、兵士も置き去りを恐れるように歩みを速め、司祭と新聞記者も、のろのろ動き始める。
少尉とルベルは、彼らが迷子にならないよう、すぐ後ろについて行った。
☆オリョールの罠で魔力が発覚……「2053.拾わせたモノ」「2054.派遣先の常識」参照
☆今朝、別の部隊に説明……「2040.異邦人の記者」~「2046.差異を埋める」参照
☆さっきスーパーで買った食料品……「2049.生命より信仰」参照




