2102.偏向した報道
「でも、星光新聞の記事って、何も知らない人が読んだら、ネモラリス政府の弾圧のせいで自治区の復興が進まないって、勘違いする人が出ませんか?」
針子のアミエーラが、歌手ニプトラ・ネウマエとよく似た端正な顔を曇らせる。
タイゲタが画面を切替えた。ポータルサイトの記事下に共通語のコメントが大量に表示される。
理性的な文章も、スラング交じりや誤字だらけの乱れた文章も、論旨は概ね同じだ。
曰く、「ネモラリス政府による宗教弾圧を許すな」「ネミュス解放軍は、リストヴァー自治区に謝罪して賠償せよ」「国連軍がネミュス解放軍を制圧すればよい」など、レーチカ臨時政府とネミュス解放軍双方を糾弾するものだ。
ネモラリス共和国のフラクシヌス教徒に対する憎悪を綴ったコメントも多い。
「盛大に勘違いされちゃってますね」
エレクトラが顔を引き攣らせた。
ファーキルが、別のサイトを表示させて言う。
「共通語圏の世論をそっち方向へ誘導する為にその部分だけ切取ったんじゃないかな?」
「えぇ? 肝腎な部分言わずに騙すなんて、嘘吐くより酷いじゃない」
アルキオーネが眦を吊り上げる。
「ラゾールニクさんは多分、それに対抗する為に記事を書いたんだと思うよ」
ファーキルが、画面上の矢印で記事の下を指し示した。
バルバツム連邦のポータルサイトでは、記事本文の下に複数の新聞と雑誌、紙媒体を持たないウェブ専門媒体や、フリージャーナリストの特別寄稿記事などが、関連記事に並ぶ。
共通語の記事は、リストヴァー自治区の明るい話題を伝えるものが少なかった。
数少ない明るい話題は、子供が学習環境を取り戻せたこと、半世紀の内乱中やその後の混乱期に産まれ、学ぶ機会を得られなかった大人に学び直しの場が用意されたことだ。
キルクルス教は学問を重んじる為、信徒は教育に関する話題を好む傾向が強い。各社がこぞって出すのは、広告収入目当てのアクセス稼ぎなのだろう。
他は、ネモラリス共和国に対する経済制裁発動後も、星界の使者からの寄付が自治区への人道支援として継続する件だ。
「キルクルス教徒にとって、都合のいい話題ばかりなんですね」
「そりゃそうよ。星光新聞の読者はキルクルス教徒なんだから」
難しい顔で呟いたサロートカは、アルキオーネの一言で眉間の皺を消した。
「あ、そっか」
「だがな、それをわかった上でニュースを縦覧するのと、何の疑問もなく、これが情報のすべてだと思い込んで見るのとでは、情報の受け止め方が違ってくるのだよ」
ラクエウス議員が言うと、針子の少女は何か考える顔で宙を見詰めた。
アステローペが不安な声を出す。
「でも、ニュースは毎日いっぱい出ますし、私たちは一生掛かっても全部読めませんよ?」
「そうだ。それでよいのだよ」
「えッ? 何がいいんです?」
「君が今言った通りだ。世の中には無数の情報が溢れておる。到底、そのすべてを把握しきれるものではない。それを理解し、読んだニュースが事実のある一面を切り取ったもので、他の面は見せていないことを頭の片隅にいつも置いておくことが、大切なのだよ」
アステローペは、難しい顔で固まった。
針子のアミエーラが、ふたつの画面を見比べて言う。
「ニュースが見せる一面だけが、その物事の全部じゃないから、自分で他の面も調べた方がいいってコトですか?」
「その通りだ。それができなくても、物事の一面だけを見てすべてを決めつけないよう、心掛けるだけでもいい」
若者たちは、老議員の言葉を噛みしめるように頷いた。
星光新聞など、キルクルス教圏の報道機関は、魔獣による送電線や電話線の破損で、停電や通信途絶が発生しやすい件も伝える。
電線を齧った「羽矢尾鼠」がどのような魔獣か、また、魔物と魔獣の違いや存在の核についても、湖南経済新聞特派員による解説が載る。
関連項目のリンクにユアキャストの動画があった。
ファーキルがリンクを開くと、ラゾールニクが撮った「魔装兵が魔獣を駆除する様子」を捉えた映像だ。呪文以外の会話が共通語の為、湖南語の字幕がある。
コメント欄が開放してあり、共通語の書き込みが殺到して、公開からたった二日で三千件を超えた。
〈この字幕、何語?〉
〈字幕ないとこ何言ってんの?〉
〈森でうにょうにょしてるの、もしかして全部、蛇?〉
〈CGじゃね?〉
〈服の刺繍スゲー〉
〈民族衣装?〉
〈キルクルス教徒の自治区で魔法ぶっ放すとか最悪じゃね?〉
〈え? これ、魔法? 悪しき業?〉
〈自治区の意味ねーじゃん〉
〈おいおいお前ら、自治区の人が化け物のエサになってもいいのかよ〉
疑問が大半だが、今のところラゾールニクの回答はない。他の閲覧者があてずっぽうで付けた回答も極僅かだ。
〈魔獣、セノドクってヤツじゃね?〉
新着のコメントには別の動画のリンクがあった。ファーキルが開く。
どこかの教会だ。
礼拝堂の扉が開け放たれ、会衆席の間を背に無数の蛇を生やした魔獣が闊歩するのが見える。
中庭に一人立つのは、魔獣駆除業者らしき男性だ。後ろ姿で、顔立ちなどはわからない。
力ある言葉で何事か唱えると、小さな光が魔獣の身に吸い込まれた。背の毒が動きを止め、一呼吸置いて膨張したかと思うと、灰になって散った。
何の術かわかる者は、ここには居ない。
動画の説明文によると、撮影と投稿は同一人物で、バルバツム連邦在住のフリージャーナリストだ。連邦陸軍の派兵に伴って渡航し、アーテル共和国で現在も取材を続ける。
撮影場所は聖アルブム教会だ。
「ユアキャストに載ってるってコトは、無事に帰国してバルバツムからアップしたってコトよね?」
タイゲタが呟くと、エレクトラが首を傾げた。
「ラゾールニクさんみたいにジゴペタルム共和国のホテルから通ってるかも?」
「あー、今、アーテルじゃネット繋がり難いから」
こちらのコメント欄にも、先程同様、共通語のコメントが大量に付く。
数千件のコメントにすべて返信するのは流石に無理らしい。撮影した記者クアエシートルは代表的な質問を拾い上げ、回答を新規のコメントとして投稿し、コメント欄の一番上に固定表示してあった。
魔法を使って魔獣を倒すことの是非を巡る議論が、撮影者のクアエシートルそっちのけで繰り広げられる。
「命より信仰が大事って感覚、わかんないわ」
信仰を捨てて来たアルキオーネが、呆れた声を出した。
☆魔獣による送電線や電話線の破損で、停電や通信途絶が発生しやすい件……「2064.脆弱な通信網」「2065.交通も食料も」、前からずっと「410.ネットの普及」参照
☆セノドク/どこかの教会……「2051.選び難い二択」「2052.魔獣と部外者」参照
☆アルブム教会……「2050.信仰より実利」~「2052.魔獣と部外者」参照
☆ジゴペタルム共和国のホテルから通ってる……「2098.農作業と魔獣」参照




